第16話 Rー1 田園調布発砲殺人事件

 田園調布と言えば東京屈指の高級住宅街で知られる。その高級住宅街の一角ならぬ一軒で田宮信子82歳が自宅キッチンで頭部を銃で撃たれ殺害された。


 花田悟、蒔田慎司は遅れて現場に到着した。


 リビングのドアを開けると辺り一面にガラスが散らばり、鑑識が五名も動きリビングの破片を採取している。そのガラスの破片の元はリビングのガラステーブルだったのだろう。テーブルは脚とテーブル枠を残し無惨に床に転がっている。


 その他、高級家財にアンティーク、大型テレビが破壊されていた。


「こっちだ」


 二人に声をかけたのは飯島班長だった。

 飯島班長がいるのはキッチンで。二人はリビング、ダイニングと渡りキッチンへと進んだ。ダイニングの方も争った形跡かカップや皿が割れ、コーヒーやケーキが床に飛び散っている。


 それを踏まないよう気を付けて班長の元へ近づく。

 キッチンには庭に面した東側の窓ガラスに丸い穴が。その穴は銃弾でぶち抜かれてできた跡だろう。


「これはすごいな」


 と、花田が言うと班長は、


「もっとすごいぞ」


 と、言い二人に仏さんの顔を見せるように鑑識に顎で合図する。

 鑑識は青いシートを取り、仏の顔を露にさせた。


「こいつはまた」

「なんですこれ?」


 ガイシャの顔は血まみれだった。額、左目の下、鼻に銃弾の跡がある。右側頭部は頭部の一部が弾け損失している。ただ、問題は、


「なんで無表情なんだ?」


 おかしいと花田は直感で感じた。しかし、いきなり銃撃を受けたなら感情を露にする前に殺られているものだろう。


「そこじゃないだろ」


 班長に言われ、もう一度よく観察してみる。そして、


「血の量が少ない?」


 穴から確かに血は流れてはいるがその量が少ない。


「そうだ。まだ解剖してないからなんとも言えないがどうやら仏さんはサイボーグ化してたらしい」

「サイボーグってあの?」

「ああ。今から第一発見者の奥さんに話を聞きに行くところだ」


 班長に連れられて2階寝室に向かった。寝室というよりホテルのスウィートルームであった。部屋には第一発見者の田宮加奈がソファーにうろたえて座っていた。歳は五十代後半だろう。整形もしくは化粧で隠しているのか皺としみが全く見受けられない。服装は高級な紅のドレス風ワンピース。

 班長が挨拶してから、


「住宅警備サービスから電話を受けて、訪ねて来られたのですね」

「はい。住宅警備サービスが家の窓ガラスのセンサーから警報があったと。それで住宅警備サービスが家の方に電話を。そのとき電話では義母ははが出てうっかり窓ガラスを割ってしまったと、それで係りの方は今日でなくて後日でも構わないと住宅警備サービスに答えたんです。でも、一応私の方にも連絡する決まりになっていて。それで係りの方の代わりに私が家に伺ったんです。そしたら……」


 現場を思い出したのか顔を歪め、こうべを垂れる。


「一緒に暮らしてないのですか?」

「ほんの少し前までは一緒に暮らしていたのですが手術後、義母が一人で暮らすと言って。それで」

「手術後に別居ですか?」


 普通は逆じゃないのかと花田は考えた。


「手術といってもサイボーグ化のことで病気とかではないんです」

「具体的にはいつ頃ですか?」

「ええと、2年ほど前だったかしら」


 田宮加奈は眉間に皺を寄せて答える。


「どこをサイボーグされたので?」

「始めは足だったかしら。次に腕で、えっと……心臓。そう人工コルセットとかも。……目と耳もやってたような。あ、違うわ最初は人工補助脳だったかしら」

「なるほどそれで一人暮らしを」

「ええ。もう一人でも平気と言って。もちろん私は反対いたしましたわ」

「ここ最近はお会いになりましたか?」


 始まったと花田は心の中で呟いた。


「この前は四月の頭でした。末の息子の入社式の話で」

「その時、変わった様子は?」


 田宮加奈は首を振った。首元のネックレスも揺れる。


「いいえ。至って元気でした」

「誰かとトラブルを起こしたとかの相談は?」


 また首を振る。


「そういった話は一度もありません」

「誰かに恨まれることは?」

「義理母は温厚な人ですし、人に恨まれるということは」

「何か金品や貴重品の類いは盗まれてはいませんでしたか?」

「いいえ。他の部屋も伺いましたが何もられていませんでした。ただリビングの家財は壊されていましたが」


 花田は壊された高級家財、アンティークを思い出す。あれ一つでいったいいくらなのか。物盗りが壊すだろうか? なら物盗りの線は薄いと花田は考えた。

 班長は困ったなと頭を掻いた。

 そこで蒔田が手を挙げた。


「自分からいいですか?」

「はい。どうぞ」


 田宮加奈は頷いた。


「サイボーグ化に踏み切ったのは?」

「え?」

「いや、ほら。お年寄りの人って機械と嫌がるでしょ。それに自分の手足を切断してまで機械を取り付けるって普通の人でも抵抗ありません?」

「ええ。実は最初はそういうの渋ってたんですよ。でも人工補助脳にしてからは踏ん切りがついたのか、次々とサイボーグ化していきました」

「どうして人工補助脳に?」


 蒔田は尋ねる。蒔田以外はそれにはなんとなく検討がついていた。野暮な質問だなと花田は思った。しかし、田宮加奈は一瞬緊張の面持ちをし、歯切れ悪く告げる。


「……痴呆が進行していて。それで、です。はい」


  ○ ○ ○


 捜査本部は田園調布警察署に置かれた。


「すごい大勢ですね」


 蒔田が感心して言った。部屋には何十人と警官がところ狭しに詰め寄っている。


「組対も来てますよ」


 組対とは組織犯罪対策課。ヤクザ絡みを担当としている部署。人相にんそうは皆、泣く子も黙る強面。家宅捜査のときなどはどっちがヤクザだといわんばかりの迫力である。

 その強面の警察が部屋の一部を陣取っている。


「そりゃあ、発砲事件だからな。組絡みが濃厚だろう」

「ほら、もうすぐ始まるぞ席につけ」


 飯島班長に言われ二人は席に着く。

 参事官、署長、管理官が部屋に入いる。


「課長じゃないんですか?」


 参事官を見て蒔田が小声で花田に聞く。


「目黒の方に言ったんだろ」

「実は参事官、田園調布に親戚がいるって話も聞くがな」


 班長がこっそりと二人に教える。

 参事官、署長、管理官が座り、皆はだまって席に着く。

 そして捜査会議が始まった。

 参事官がマイクを持ちプリントを読み上げる。


「四月二十日午後15時頃、第一発見者田宮加奈さんの通報により被害者田宮信子さんの遺体が自宅キッチンで発見。被害者は右側頭部にスナイパーライフル、その他にも額、左目の下、鼻にも銃弾の跡が見られる。犯行現場から何者かと争った形跡が見られる。以上のことから犯人は部屋のなかにいた人物と外にいた人物ということになる」


 そして、参事官は部屋の中にいる警官たちに向け尋ねる。


「客人が誰か判明したか?」


 それに班長が返答する。


「まだわかっておりません」


 参事官は渋い顔をする。重要参考人はど

う見てもその客人だと参事官は考えていた。いや、この場にいる全員がそう考えている。そして外からの狙撃は仲間だろうと。


「指紋、毛髪、繊維、ゲソ痕からは? 争った形跡があるなら血痕、皮膚片はあったんだろ?」


 眼鏡の鑑識が答える。


「どれも警察のデータベースにヒットしません」

「近くの監視カメラから不審人物は映ってたか?」

「いいえ」

「近隣住民の中で被害者に恨みを持つものはいたか?」


 という質問には所轄の年配刑事が答える。


「いいえ。今のところ怨恨の線は薄いかと」

「次、スナイパーの狙撃地は判明したか?」


 太った鑑識が説明を始める。


「500メートル先のビルに薬莢があったことから、そこのビルが狙撃ポイントであると考えられます」

「そのビルの監視カメラには何か写ってたか?」


 参事官は期待を込めて聞く。


「いいえ。そのビルは廃ビルでカメラはありません。近隣のカメラにも何も」

「あーもう。組の動きはどうだ?」


 苛立ってきたのか参事官の声が荒くなる。

 強面の組対が、


「組の動きは今のところ何も。今は弾から使用された拳銃、ライフルを特定中です。そこから使用された拳銃を所持しているだろう組を特定予定です」


 参事官はしかめっ面で頭を撫で回す。


「被害者に恨みをもっているのではなく、家族に対して恨みを持ってやつは?」


 班長が答える。


「その線は濃厚かと」


 やっと捜査が進みそうな話があり、参事官は元気づく。


「ガイシャの亡き旦那は一代で成り上がったIT起業家でふたくせもある人物だったようで恨みもそうとう買っていた可用性があります。さらに跡を継いだ長男も悪いうわさもあるようですし。次男も業界ではグレーな人物らしいです」

「よし。旦那、息子たちに恨みをもつ怪しいやつをとことん調べろ。それと念のために家族、関係者のアリバイもしらみ潰しに調べろ」


  ○ ○ ○


 捜査会議の後、飯島班長が捜査一課の面々に指令を出す。


「花田と蒔田は科捜研に話を聞きに行け」

「まだだったんですか? あれ? 科捜研? 監察医による司法解剖の報告ではなく?」


 花田は疑問の顔を浮かべる。


「解剖のあとに科捜研が調べたんだ。今回はただのご遺体ではないからな。最新のサイボーグ絡みだ」

「わかりました」


  ○ ○ ○


は銃撃だ」


 科捜研の研究員、塚本はなぜか複雑な顔をして断言する。


 花田と蒔田は科捜研に訪れていた。白い部屋から入って右側の壁には大型モニター。モニターには田宮信子の頭部、胸部、肘から手先、膝から足のレントゲン画像が映し出されている。レントゲン画像には骨とは違う形のものが。それがサイボーグ部分なのだろう。


 そのモニターに向かい合うように椅子が二つ。その椅子に二人は座っていた。塚本はモニターの横に立ち説明を。彼の前には机があり、その上にパソコンがあってデータをモニター画面に映す。


 そして塚本は伸ばし棒をモニターに映し出された頭蓋骨に指し、死因が銃撃と今さっき二人に告げたのだった。死因が銃撃によるものは誰にでもわかる。花田も蒔田、いや警察関係者全員そうだろう。塚本は続けて、


「ただ、だな」


 花田は次に折れた頸骨を指す。


「動きが止まったのは?」


 おかしな言葉を聞き、花田は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をする。


「ああ。おかしいだろ。わかるよ。言ってる俺自身がわけわかんねえからな」

「銃撃を受けて死んだんですよね?」


 蒔田が不安げに確認を取る。


「ああ。先にキッチンで右側頭部を食らってな。その後、リビングで三発。つまりリビングで額を撃たれた前には死んでたな」

「ちょっと意味わかんないんすけど」


 蒔田が引きつった笑みを浮かべて聞く。


「塚本さん。俺もあんたが何を言ってるのか理解できません。キッチンで顔面に三発、右側頭部にスナイパーライフルの一発でしょ」

「いいや違うね。まず初めは右側頭部のスナイパーライフルによる銃撃だ。弾丸はキッチンの窓ガラスをぶち破り仏さんの頭を貫通し壁にめり込んだ。そしてリビングで顔面三発。弾は9㎜弾。拳銃の弾だな。薬莢とかすかな硝煙反応がリビングで発見されている」

「犯人が薬莢をキッチンからリビングに移動させたとか?」


 蒔田が投げるような仕草をする。


「それは無理があるな。だが、確実に仏さんが止まったのは脛椎の骨折だ」

「どうして脛椎と?」

「キッチンで脛椎を曲げられ見つかってる。見つかったのがキッチンだろ。そもそも脛椎折られて生きてるやつなんているか?」

「完璧に折れてなかった。スナイパーライフルの衝撃で脛椎が折れたのでは? 順番はまず始めにリビングで拳銃による被害」


 そこで花田は額を撃たれたならその時点で亡くなっているのではないかと頭をよぎった。しかし、今は続けて、


「……その後にキッチンでスナイパーライフル。というか塚本さん、あんたライフル銃で頭貫通して生きてるやつなんかいますか?」

「だからいったろ。キッチンで撃たれて亡くなったって」


 塚本は頭をかき一度、大きく息を吐いてから、パソコンを操作する。モニター画面が一面、頭頂部のレントゲン画像に変わる。


「まずこれを見ろ」


 頭蓋骨は左右側頭部、額、左目の下、鼻に穴がある。左右側頭部のうち左側から大きなヒビが走っている。


「額のヒビをよく見てみろ。頭頂部に向かって走ってるだろ。これが側頭部の横に走るヒビと交差し止まるんだ」


 塚本は伸ばし棒を使い、頭蓋骨の交差しているヒビを指す。


「そうか」


 花田が理解したのか手を打った。


「どういうことですか?」


 蒔田はまだわかっていないらしい。


「額からのヒビが先なら止まらずに奥まで行き、側頭部のヒビは右に向かわない」


 花田が蒔田に説明する。


「あ、そっか」

「そういうことだ若いの。つまり、最初の一撃はキッチンだろ。そして、リビングで撃たれ、そして最後はキッチンにて脛椎の骨折」

「そうですか。……ってそんなわけないでしょ。だって頭貫通して生きてたってことですよ。ありえませんよ」

「だーかーら、何度も言ってるだろスナイパーライフルで、止まったのは脛椎の骨折だって」

「なんですかそれ。ゾンビにでもなったんですか」

「この場合はリビングデッドの方がネーミングがしっくりこないか?」

「いいや。ゾンビでもリビングデッドでもない。そうでしょ?」


 花田は確信を持って言う。それに塚本は笑って応える。ようやく話が先に進むという顔だ。


「人工補助脳」

「先輩それは……」

「脳が死んでも人工補助脳は生きていて体を動かしたんだ」

「ありえませんよ。人工補助脳はメモリー役ですよ。確かガイシャはボケが進行していて人工補助脳を取り付けたんでしょ」

「だが護身術のデータがあるぞ。柔術に合気道、CQCも」


 塚本はパソコン画面を見て言う。


「だからって死して動くなんて、そんなの」

「ま、憶測以下の妄想だな」

「でも塚本さんはその可能性を考慮していると」


 塚本はどうだろうなと手の平を上に向ける。


「人工補助脳でそうまでできる根拠でもあるのですか?」


 塚本はパソコンを操作しモニターの画像を二つの人工補助脳の画面にする。左は破損したもの。右は一切傷のないもの。


「左はガイシャの破損した人工補助脳。J・シェヘラザード社製、ドリームステーション内蔵のミア・ナータ。右がその破損してない人工補助脳ミア・ナータだ」

「ドリームステーションってあのVRMMOの?」

「ああ。今、若者に流行りのな。で、このミア・ナータには不明な点がある」

「どのような?」


 塚本は首を振る。


「わからん。お手上げだ」


 と、言葉通り手を上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る