第262話 Pー14 説得

「手を貸せと言っても、私はいち学生よ。何ができるっていうのよ」

「でも、私が来る前に敵を倒してたじゃない」


 と、優は先の件を告げる。


「おや? 倒したのかい?」

「うん。すごかったよ。前後を挟まれていたのにだよ」


 優が鏡花に説明する。


「あれは……というか貴女が来てくれなかったら捕まってたわ」

「そうかな?」

「そうよ」


 雫は間髪入れずに否定する。

 自分を課題評価して欲しくなかった。


 あれは本当に奇跡のようなまぐれだ。


 雫は人生で人を殴るような喧嘩はしたことはないし、事件に巻き込まれるようなことはなかった。


 あるのはゲームの中。


 ゲームと現実は別。

 ゲーム内で強くなれば、現実でも強くなるわけではない。そんなものは幻想だ。


 けれど、先の戦闘では雫は自身でも驚くくらい俊敏に動いた。


「水泳選手はフルダイブ型VRゲームをしないのを知っているかな?」


 鏡花がふいにそんなことを言った。


「え?」

「VRゲーム内で練習すると足を攣りやすくなったり、心拍のコントロールが下手になるんだよ」

「はあ」


 だからなんだと雫は思う。


「ゲーム内と現実とでは動かす筋力が違うということさ。だからイメトレ感覚でVRゲームしても、さして効果はないと言われている。せいぜい場の空気や経験程度だね」

「えーと、つまり私がゲーム内で強くても現実では弱いということですよね」


 なら、誘うのはお門違いではないだろうか。


「だが、経験は得られる。先の戦闘がそうではないかい? 経験があるからこそ立ち回りが上手だった」

「そうですね」

「大事なのは経験さ。例え筋肉を鍛えても反応が悪ければ弱い。ただマッチョなボディービルダーがプロの格闘家に勝てないという理屈さ」

「それで手伝えと」


 雫は馬鹿馬鹿しいと首を振る。


「何も敵と戦えなんて言っていない。あくまで、人質救出の手伝いをしろってことさ。君だって、友人を救いたいだろ。さっき潜入したのだって、友人を説得するためなんだろ?」

「なんで知っているの?」


 雫が友人説得のために潜入したことは言っていない。

 そもそも潜入開始は今日の夕方に決めたこと。誰にも話してはいない。


「ちょっとしたネットワークさ」

 鏡花は笑った。


「警察は動くんでしょ?」

 雫は九条に聞く。


「だから、おいそれと動けないんだって。中国からの圧で事件を揉み消しを謀る奴らだよ」


 九条は肩を竦めてコーヒーを飲む。


「このままだとZ.I.Tが出てくるかもね」


 Z.I.T。人質を無視して、敵を倒すことのみに特化した部隊。


 国外からは非難されているが、かつて日本東北地方で発生した北朝鮮強奪・拉致事件で、自衛隊や警察が世論を恐れたため、何もしなかったという出来事から国内ではZ.I.Tの存在はという風潮がある。


「おかしいでしょ? 警察は動かないけどZ.I.Tは動くだなんて」

のでは?」


 鏡花はほくそ笑んだ。


 雫は下唇を噛んだ。そして握り拳を作る。


「選択肢は2つ。我々と共に奴らを潰すか、何もせずにここでZ.I.Tが彼らを潰すのを待つのか」

「もう一つあるでしょ」

「もう一つ?」

「あんた達が馬鹿どもを倒して、私はここで待つ」


 それは勝手すぎる話であった。


 自分は何もしない。自分は動かない。鏡花達が勝手に動いて、勝手に人を助けて、自分は友人と再会する。


 身勝手極まりない。


「それは無理だ」

「どうしてよ? 私がいなくても平気でしょ?」

「いいや。今回の作戦は君が要だからね」

「私が?」


 それに鏡花は強く頷き返す。


  ◯ ◯ ◯


 作戦内容は陽動班が敵を惹き寄せ、その隙再度潜入、迎撃班が敵中枢を攻撃、救出班が人質を助けに向かう。


 えらくシンプルだった。


 雫は相手の裏の裏をかいた作戦とかを想像していたからこの作戦を聞いた時、拍子抜けであった。


 しかも自身の役割もまた救出班ということだった。


「それ私ではなくてもよくない?」

「どうかな? いきなり警察でないものが助けに来たら疑うだろ?」

「それは……そうですけど」

「やはり見知った顔があると彼らも安心するだろうし。何よりも監視役が君の友人だ」

「紗栄子が?」

「そうだ」


 つまり監視役である紗栄子の説得もまた雫の仕事ということか。


「分かるね。君が説得できなければ、人質は助からない。そうなれば作戦はパーだ」

「……一つ聞いて良い?」

「何かな?」

「あんた達の目的は中国工作員とかを倒すことなんでしょ? 別に人質を助ける必要はないのでは?」


 その質問に鏡花は溜め息をつく。


「君は私達をなんだと思ってるんだい?」

「本当ですねー」


 と、優もまたやれやれと首を振る。


「違うの?」

「違うとも。で、どうする? 手伝うかい?」


 雫は逡巡した。

 そして意を決して答える。


「分かった。やるよ。やればいいんでしょ」

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