第261話 Pー13 遭遇

 2つの影は学生だった。前方が男と後方が女。


 ただ様子がおかしい。


 別におかしい表情やポーズをしているわけではない。

 逆に


 まるで人形のように。


「あ、あのう……」


 雫はおずおずと声をかける。


 しかし、相手は無言で一歩踏み出す。

 それに雫は肩を縮める。


 前と後ろを塞がれ、雫は困った。

 前方の男は細く背も低い。

 後方の女は背が高く、肩幅が広い。


 動くなら前であろうか。

 けれど逃げ切れるだろうか。前の男と揉み合っている時に後ろのから羽交締めされたら?


 ここは大人しく捕まるべきだろうか。

 逡巡している間にも前後は狭まってくる。

 狭まれば狭まるほど難易度は上がる。


 大きな地響きがあった。

 その瞬間、前方の男の左脚が崩れた。


 雫は反射的に駆けた。

 そして男に体当たり。男は後ろへと転ぶ。


 このまま男を越えて前方に逃げ切ろうとしたが後ろの女が雫の髪を掴んだ。


 雫はすぐに裏拳で女の鼻を叩いた。

 それでも女は雫の髪を離さなかった。


 だから雫は瞬時にボディへとアッパーを入れる。


 女が崩れてやっと髪を離したら、男が立ち上がり、雫に襲いかかる。


 それに雫は回し蹴りで対応。


 が、男は腕で雫の足技を防いだ。そして足を掴み、捻りをい──。


 そこで男は倒れた。

 男の後ろから少女の姿が見えた。その手には銃のようなものが。


 その少女が「屈んで!」と言う。


 雫はとっさに屈んだ。


 少女はトリガーを引く。

 雫の頭上を風が切る。


 すると後ろから人が倒れる音が聞こえた。

 振り向くと女が倒れている。


「殺したの?」


 雫は少女に聞く。


「テーザー銃。殺してない。こっち」


 少女は振り返り、雫が来た道へ駆ける。

 雫は少女の背を追う。


「一体どうなってるの? それにどうして貴女がここに?」


 雫は少女に聞いた。


「説明はあと」


 少女は藤代優だった。


  ◯


 あのあと雫と優は大学近くのマンションの一室に逃げた。


 そこは深山鏡花が借りたマンションの一室であった。


 部屋には鏡花、そして見知らぬパンツスーツの女性が1人いた。


「彼女は九条君だ」

「よろしくね」


 九条と呼ばれた女性は明るく言い、雫に手を振る。


「どうも」

「好きなとこに座りたまえ」


 そう言われて、雫はテーブルの端の方に座る。


「もっとこっちきなよー」


 九条は雫を手招きする。


「それより、どうして貴女がここに? それにここにいる皆さんは何なんですか?」


 キッチンにいた胡桃がトレイを持って現れた。

 そして各々の前にコーヒーカップを置く。


「どうぞ」

「……どうも」


 雫は胡桃に会釈する。


「ここにいるのは私の全員味方だよ」


 鏡花が話し始める。


「皆、プリテンド問題。そしてゲーム世界に囚われたプレイヤーを助けようと動いているんだよ」

「前に話していたやつですよね」


 都市伝説めいた荒唐無稽な話として雫は認識している。

 けれど今はどこか信じかけている自身もいた。


「今回の件もそれと?」

「まあね。ただ、今回は複雑でね」


 そして鏡花はコーヒーを飲む。

 カップを置くのを雫は待った。


 その待っている間がじれったかった。

 早く答えが知りたかったのだ。


 一体、大学で何が起こっているのか。そして友人達は無事なのか。


「まず中国には不良学生を守り、都合の悪い知識や情報から遠ざけようとする組織」


 鏡花が人差し指を立てる。


「そしてプリテンド計画部隊」

 次に中指を立てる。


「最後に現地潜入及び工作部隊」

 薬指を立てる。


「3つの隊が暗躍しているってことですね」

「うむ。そしてこの部隊がどうも噛み合ってないらしくてね。それでこのような事態になった。いや、ひとつ部隊が計画のために他の隊を利用しているとも言えるがね」

「で、具体的に何が起こってるんですか?」

「ものすごくかいつまんで説明すると──」


 そこで九条が割って入る。


「中国当局は出来の悪いドラ息子が日本で犯罪を冒してもそれを揉み消したいわけ。というかそれだけ。それを現地の悪い奴が利用して、プリテンド部隊をけしかけたの。『本国からの命だ』てね。で、プリテンド部隊は大学での立て籠もり計画を実施。どう? 分かった?」

「つまり現地工作部隊みたいなのが今の事態を作ったと?」

「そう。プリテンド部隊をけしかけてね」

「そのプリテンドは立て籠もり……というか、その立て籠もりは何ですか? すみれが……すみれは私の友達なんですけど、その、今日立て籠もりがあると聞いたのですけど、嘘だったと言ってました。そして捕まったかも」


 最後は小さく俯いて雫は告げる。


「それね。途中までは立て籠もる気まんまんだったんだけど。不穏分子がいるから、罠を張ったんだよ。そして不穏分子を人質に立て籠もる。これが奴らの計画よ」

「なら、早く警察に!」

「私、警察官なんだけど」

「えっ!?」

「正確には警察庁外事課総合情報統轄委員会のものだけどね」


 雫の知識では警察庁はキャリア組だったはず。さらに外事課といえばテロとかスパイとかを防ぐところのはず。


「なら!」

 雫は身を乗り出す。


「まあまあ、落ち着きなさい」


 九条は手を前に出して、雫に落ち着くようにと告げる。


「そうだよ。警視庁ではなく警察庁が知っているということがどういうことか分かるね?」

「……はい。警察庁の外事課はテロとスパイを捜査するところですよね?」

「うむ。すでにこの件は警視庁も警察庁も知っている。けれど中国当局の圧によって警視庁は動けず」

「そんな!」

「だから警察庁が動いてる」


 鏡花は雫を安心させるように言う。


「そうですか……でも、ならなんでここに?」


 ここは捜査本部でも作戦本部でもない。

 いるのは富豪令嬢とその御付き、高校生。


「それは私達が独自に動いているんだよ」

「どうして?」


 意味がわからなかった。

 事件や問題は国に任せればいいはず。


「今の日本は弱い。だから、尻を叩かないといけない」

「……危険思想ですよ。自分達は特別でこの国を変えると?」


 雫は嘲笑めいた笑みを鏡花に向ける。


「現に特別だしね」


 しかし、鏡花はものともしなかった。


 余裕の笑みを返され、雫はむっとした。


 確かに鏡花は令嬢。しかも政界に影響を与える深山家。さらにゲーム世界に囚われたという当事者。これほど特別な人間はいるだろうか。


「このままなら警察はグダグダで何も出来ず、被害を大きくさせるだけだろう。が、我々はこの問題を解決させるために動く。どうだい? 君は?」


 雫は問われて、「私は?」と言い、戸惑う。


「そう。手を貸しくれるかい?」

「私にどうしろと?」


 いち学生。そんなに自分に何をしろというのか。雫は鏡花の誘いの意図が分からなかった。

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