第260話 Pー12 潜入

 陽が沈んだ頃、すみれと雫は大学の旧講堂に向かっていた。


 なるべく人に見つからないように道ではなく茂みのあるところを腰を低くして進んでいる。


「ねえ? どうする気?」


 後ろから雫が前を歩くすみれに問う。


「どう? 馬鹿な真似はやめろって説得するの」

「立て籠もりだっけ? それだったら職員に言うとかさ……」

「無駄よ。すでに教職員にも奴らの手先がいるの。前に部室棟が押さえられた時があったでしょ? それに今までの留学部の悪さを大学は知ってて知らんぷりよ」


 それはすみれ達が部室棟に立て籠もった事件。そして留学部の悪さは有名。


「奴らとことこん自分達にとって邪魔な者を排除しているのよ」

「だからって……」

「これはね、チャンスなのよ」

「チャ、チャンス?」


 雫は眉を顰める。


「そう。奴らは立て籠もりを計画しているの。それを阻止し、かつ大学内の隠蔽した証拠を見つけるの。そうしたら、もう留学部は好き勝手できないわ。もしかしたら日本から追い出せるかもしらない」


 すみれは力説する。


「合図が来たら、行くわよ。雫は講堂に隣接されている建物に裏から入って。紗栄子は三階の倉庫代わりになってる部屋にいるらしいわ」

「私が?」

「私達は顔がバレてるからね。雫は顔バレしてないから平気よ」

「でも勉強会で」


 勉強会に顔出した時、彼らに問い詰められた。

 ということは雫も顔バレしているのではないか。


「それだけなら問題ないわ。内部については話すね」


 そしてすみれは旧講堂の内部について語り始める。


 旧講堂は一階はロビーがあり、外に設置されるバリケードとなる椅子やテーブルが準備されている。そして扉をくぐると雛壇型の大広間。そしてロビーから大回りして裏部屋が一つ。隣接する建物に続く道はロビーに入ってすぐに右手に折れて奥にある。


 建物に入ると一階は元食堂。食堂にあった椅子とテーブルはバリケードに使われている。


 二階と三階は旧文化サークルの部室であったが、今は倉庫代わり。

 その倉庫には立て籠もり用の水や食料、服、医療などが置かれているらしい。


「今はバリケードを作るためにロビーに置かれている椅子とテーブルを外に移動させようとしているの」

「バリケードの邪魔をすればいいんじゃない? そして警察にでも通報するとか?」


 それにすみれは首を横に振る。


「見つかってもすぐにバリケードができるように速攻で動くらしいの。人数も多いしね。せいぜい多少遅延させるくらいね」

「そっか」

「合図が出たら邪魔をする。その隙に雫は裏口から建物に入って」

「裏口?」

「当たり前でしょ。正面から入って建物には入らないし。三階まで行けると思えないわ」

「でも裏口は大丈夫なの?」


 相手も立て籠もり以上、出入り口は警戒しているのではないか。


「裏口がもっとも警戒が薄まる時に合図を送るって」

「で、私は三階に。すみれは?」


 その問いになぜかすみれは得意げな顔をする。


「何?」

「ふふーん。聞いて驚かないでよ。実は相手の立て籠もりを利用して私達が立て篭もるの」

「はあー!?」

「ちょっと、馬鹿。声が大きい」


 雫はすみれに口を塞がれる。


「だって、立て籠もりって!」

「本気で立て籠もるわけではないわよ。あくまで警察が動くまでよ」

「大丈夫なの?」

「任せなさいよ。こっちは経験者なんだから」


 経験者というが失敗している。


 雫は不安しかなかったが、あくまで自分は紗栄子を説得させるだけ。


  ◯


 夜の帳が下りた頃、すみれのスマホにメッセージが届く。


「合図よ! 雫は裏から」

「う、うん」


 雫は茂みを出て、旧講堂の裏に回る。

 その時、旧講堂から怒声と物が崩れる音が聞こえ、視界には煙が見えた。


 ──大丈夫なの? あれ?


 裏に回った雫は足を止める。

 なぜなら──。


 旧講堂に隣接する建物の裏手には地下へと続く階段がある。

 その階段は建物の裏手に沿って長く、そして深い。


 ──これを下りろってこと?


 地下の話は聞いていない。


 迷っていても仕方がないので、雫は階段を下りる。

 そして非常口の階段を見つけた。


 雫は非常口のドアノブを回すと鍵がかかっていなく、すんなりと動いた。


 そしてドアを引いて開ける。


 ドアを入るとすぐに階段があり、雫は慎重に足を階段に乗せてのぼり始める。


 上の階が一階。なら三階へはあと二階ぶん上らないといけない。


 二階へ近づいた時、人のきびきびした声が聞こえた。


 逆に三階へ辿り着くと人の声は聞こえなかった。


 ──本当に紗栄子はいるの?


 不思議に思った。それは不安からのものだろうか。


 三階のドアノブを掴んだまま雫は迷う。

 今なら引き返せる。

 そんな言葉が雫の頭に現れた。


 ──でも、ここまで来たんだ。


 雫はゆっくりとドアノブを回す。


 そしてドアを引き、中へ。

 まずは頭を出して中を様子見。


 電灯は点いているが、人の気配がない。


 雫はゆっくりと三階内に入り、ドアを閉める。


 そしてまず近くの部屋を確認。

 ドアに耳を立てて、人の気配があるかを調べる。

 音はなかった。


 人はいないようだ。

 ここでふと気になった。

 もし人がいたらどうなるのかと。


 それは紗栄子か。しかし、他にも人がいるはず。

 そしてもし他の人にバレたらどうなるのか?


 私は彼らにはノーマークらしいが。それでも怪しまれるだろう。

 それにどう説得すべきか。


 雫はドアを開ける。

 部屋の中はもぬけの殻。なにもなかった。

 そして次に隣の部屋を調べる。

 けれど同じで何もない。さらにその隣も、またその隣も


 ──なんで? 立て籠もり用の食料とか置いているんじゃ?


 だけど何もない。

 嫌いなほど部屋はすっからかん。


 ──おかしい。おかしすぎる。


 そもそも立て籠もりが嘘だとしたら。

 なら、なんのために。


 実際にここへ来る前に旧講堂正面で衝突があった。煙も見えた。


 あれは本当だろう。じゃあ、相手の目的は?


 ──もしかして敵をおびき寄せる罠だとしたら。


 すみれに連絡をしようとした時、すみれから着信がきた。


「ねえ? 誰も──」

『罠よ! 逃げ……きゃあぁ!』


 通話の向こうでスマホが落ちたらしい音と、その後でスマホの壊された音が聞こえて通話は切れた。


 雫は戻ろうとした。その時、先程までなかった人の影が現れた。雫を挟むように2つ。

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