第137話 Rー14 シフトチェンジ
ファーストフード店が並ぶ大通りから少し離れた一角に聳え建つコンクリートのビル。そこは大通りからの賑やかさも光も届かず、ひっそりと建っている。
そのビル3階のオフィスルームには女性が三人、いや女性二人と一体がいると言うべきだろう。
一人は鏡花。ソファーに座り寛いでいる。
もう一人は胡桃で鏡花の後ろに従者として立っている。
そして一体は窓際の席に座り、タブレットを操作している。
言葉はない。そして音もない。
時折、鏡花がコーヒーを飲む時の音のみ。
その静寂を消すように警察省外事課総合情報統括委員会に所属する九条が入室した。
「回収終了したよ」
「ごくろう」
分かっていたのか、鏡花は早い返事をする。
九条がソファーに座ると胡桃がテーブルにコーヒーの入ったカップを置く。
「ありがと」と言い、胡桃は砂糖とミルクを入れてコーヒーを飲む。
「先の報告によると花田さんも参加したらしいね」
花田さんとは娘の
「ええ、彼も途中というか終盤に参加しましたよ。娘が参加していると知ったら血相を変えて『俺も出動する』ってうるさくて」
胡桃は困った顔をした。
「もしかしてまずった?」
「いや、いずれはバレることだし。いいタイミングだと思うよ。それで彼は納得したのかい?」
「してませんよ。たぶん明日あたりうるさそうですよ。嫌だな職場が一緒だと」
「でも姫月の前ではうるさく言わないだろう」
姫月にはこちら側のことは秘密としている。それゆえバレるようなことはしないはず。
「でもなー」
胡桃はソファーの背もたれにだらしなくもたれる。
「そっちには何か言ってこなかった?」
鏡花達にも花田が文句の一つは言ってそうだ。
「説明しろって言うから、答えたうえで娘さんの意志を尊重するって告げたら、ふざけるなと返してきたね」
と、そこでスマホから着信音が鳴った。
鏡花は画面を見て、
「おや噂するとなんとやら」
相手は花田のようだ。
鏡花は通話をタップし、
「もしもし、ご苦労様ようで──」
『娘をこれ以上関わらせるな!』
胡桃に聞こえるほどの怒号だった。
鏡花は顔をしかめて、
「んんっ! ちょっと鼓膜が潰れるではないか?」
そしてスマホを耳から離して言う。
『娘を関わらせるな!』
今度は声を抑えて花田は言った。
「なるべく危ないことには関わらせないように──」
『なるべくじゃない。あいつはただの女子高生だ。絶対危険なことをさせるな!』
「とは言ってもね。彼女は率先してやりたがるから」
『作戦を伝えなくてもいいし、指示もしなくていいんだ。なんなら娘とはもう連絡をするな』
「そんなことをすると向こうから馬鹿をしちゃうよ?」
『どういうことだ?』
「元々彼女は計画に関わる予定ではなかったんだよ。それがすごいことにアクティブに動き回って、さらに私達にコンタクトを取ってきたんだよ。いやあ実に優秀な娘さんだね」
『……娘から?』
胡桃は鏡花に手の平を向ける。
それはスマホを貸せということだろう。
鏡花はスマホを胡桃に渡す。
「そうだよ。こっちは手伝ってなんて頼んでないんだよ」
『胡桃か?』
「はい胡桃ちゃんでーす。おつでーす」
『おい! 鏡花に──』
「まだ分かんないの? 娘さんは暴走してたんだよ。それをこっちでセーブしてんだからさ」
『セーブってなんだ? あいつをこれ以上──』
「そんなに関わらせなくないなら首輪でも付けろっつーの。それにあんた、親でしょ? 親なら説教でもして関わらせるなよ」
『うっ』
痛いとこを突かれて花田はどもる。
「それが出来ないんでしょ? あの子は強い想いを持っているって分かってるんでしょ? だからこっちに連絡したんでしょ?」
『…………』
花田は黙った。
なぜなら実際にそうであるから。
鏡花に連絡したのは娘を止めることができそうにないから鏡花達にこれ以上娘が関わらないように頼むため。
「逆に娘さんの動きを監視するのに丁度いいと思わない?」
『逆に……か。でも俺は……』
「私達だって死者は求めていないわ」
『ならなおさら──』
「見せたいものがある」
その言葉は胡桃からスマホを取った鏡花の言葉で遮られる。
『は?』
「それを見てから判断してもらいたい」
『見せたいもの? 何だ?』
「明後日休みだろう? その日に指定された場所に来てくれ。場所は後でメールで送る」
と鏡花は一方的に通話を切った。
「見せるって、もしかしてアレを見せるんですか?」
今まで黙っていた葵が口を開いて尋ねる。
「うむ。そうだ」
と言って鏡花はカップを持ち、コーヒーを一口飲む。
「そうだって、そんな急に」
「いつかは見せる予定だったんだから。それにリアクターの調整もするんだし、ついでだと思えばいいだろ?」
「む、むう」
葵は人間らしく不貞腐れる。
◯ ◯ ◯
2日後、花田は郊外の研究所にいた。そこは先日鏡花にメールで指定された深山家グループの研究所であった。
その研究所にある部屋に花田はいた。その部屋は隣の体育館ほどの広くて高い実験室を高い位置から覗くようにできた部屋であった。
実験室側に面した壁は一面とはいかないが大きな窓ガラスでできていた。そしてその窓ガラスに面して左右にテーブルと椅子。その上に各々パソコンが2台。そしてモニターが各々三つ。
左側のテーブルには鮫岡、右側のテーブルには葵がパソコンを操作している。
窓ガラスも特殊性で分厚く、ガラスに映像を流すことも可能。
「ここは何の研究所だ?」
この部屋に辿り着くまで見知った顔しか花田は見ていない。
例え深山グループの研究所で鏡花の一言で実験所を一つ貸し切ったとしても人が少なすぎる研究所だ。
「まあ、見てると分かるよ」
そして時間が来て、実験所から人が入ってきた。すると鮫岡側の窓ガラスに映像が映し出される。実験室側からのカメラによる映像。
その映像に映し出されたのは娘のアルクだった。
花田は映像を見て窓ガラスに近付き、そして向こう側の実験室を見下ろす。鏡花に振り向いて、
「どうしてアルクが!?」
「いいから黙って見てるといい」
「そうだよ。危険なことではないんだから」
と鮫岡もパソコンを操作して答える。
アルクは謎のピンのある全身黒いピッタリスーツを着ていた。それとヘッドフォンに頭にはフレーム状のヘルメット。
鮫岡がマイクをオンにして、
「いつでもいいよ」
『了解』
どこか高揚感のある声でアルクは
『ハートフルピュアチェーンジ! マジカルバトルモーーード!』
アルクは声高に発声し、1回転して左手は腰に右手は横向きのチョキにして目の前にというポーズをとる。
するとアルクの体が白く発光する。そしてそれは次第に輝きを増す。
「な、なんだ!? これは!?」
花田は少し顔を背け右手で光を遮り、指の隙間から細めた目で実験室を窺う。
光はすぐに和らぎ、シルエットが浮かび上がる。
しかし、現れたシルエットは──。
「な、なんだこれは?」
そこにいたのは謎の全身スーツを着たアルクではなく、赤を基調とした服の上に軽微な鎧を着込んだ金髪ポニーテールの女性がいた。
「アイリス社のVRMMORPGアヴァロンを知っているだろう?」
花田もそれは知っている。それはアルクがはまっていたゲーム名だ。いや、それだけではない。アヴァロンはタイタンというタイトルのゲームと共に大勢のプレイヤーを閉じ込めるという事件を生み出したことで有名である。
さらにその両ゲームタイトル開発のアイリス社は下請けや関わった人物はあれど中枢が掴めないゴーストカンパニーであった。この事件は当時社会問題となり、それは一年以上経った今でも未解決である。
「あれはアヴァロン時のアバターだ」
「アバ……? 娘はどこにいった!?」
「あれが変身した娘さんだよ」
「な!?」
驚愕した花田は左側の窓ガラスに映し出されたアルクを見る。
「へん……しん」
それは本当に変身であった。娘の面影は何一つない。まるっきり別人だ。
花田が驚くなか、鮫岡は葵に、
「問題はあった?」
「いいえ。オールグリーンです」
鮫岡はマイクをオンにして、
「あー、アルク君、聞こえるかい。こっちでは異常はなかったけど、そっちの調子はどうだい?」
「問題ありませーん」
と明るく言ってアルクは手を振る。
花田は鮫岡からマイクを奪い取り、
「アルク? アルクなのか?」
『ん? んん!? …………そ、その声はパパ?』
「そうだ。何だその姿は?」
『ギィヤアアアアアア! 何でパパがいるのよー!』
「あっ、メンタルに動揺が」と葵が呟く。
しかし、今はそんなことはどうでもいい。
「それにハートフルなんだ? チェンジ? ええと、マジカルなんたらとは?」
『イヤアアアアアア!』
「それにあのポーズも何だ?」
『ヤーメーテー! ヤーメーテー! イーヤー! 言わないでー!』
アルクは赤面して耳を塞ぎしゃがむ。
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