第138話 Rー15 変身と井上風花
「で、これは何なんだ?」
場所は実験室に移り、花田は鏡花に問いかける。
「これは通称テスタメントと呼ばれる。ゲーム内のアバターをこの現実世界、いや三次元世界に顕現させること」
と言って鏡花はアルクの体を紹介する。
アルクは落ち着きを戻したが父、花田悟に目を合わせようとしない。
「最悪」
ぽつりとアルクは呟く。
「変身なのか?」
「いいや、変身とは少し違う。体が変化したわけではなく入れ替わったというべきだろう。でも、まあ変身と言っても構わないがな」
「入れ替わった? じゃあ元の体は?」
「別次元にあるよ。わかりやすく説明するなら別次元のアバターと現実世界の体が入れ替わったということだ」
「…………」
花田はしかめ面で黙る。なんとか鏡花の言うことを理解しようとするも──。
「どういうことだ?」
頭にいくつものクエスチョンマークが飛び交う。
「ゲームのアバターに変身するって理解すればいい」
と鮫岡が代わりに答える。
「なるほど──なわけないだろう? 意味不明だ。どうしてゲームのキャラクターに変身すんだよ。コスプレじゃないんだろ? ガチの肉体変身だろ?」
「詳しく説明すると虚数の実数化について説明しないといけないけど理解できないだろ? それに四次元や魂の実数化とかも分からないだろ?」
「きょ、きょすう? 四次元に魂?」
「う〜ん。つまりわかりやすく説明するなら虚数世界の自分をゲームキャラクター化にさせて、それを実数世界である現実に持ってくるってこと」
「要はゲームキャラクターになるってことよ」
とアルクが言う。
「魔法みたいだな。どうしてそんなことが可能なんだ?」
「アルク君は……ゲーム世界に囚われていたからアバターがあって、それを脳内のデバイスとリアクターを使った変換器で現実の体と虚数の体を入れ替えたんだよ」
「……理論はさっぱりだがデバイスがあるから変身したということだな?」
鏡花は息を吐き、
「まあ、そういうことだ」
花田はアルクへと目を向ける。
「やはり手術して──」
「嫌!」
父親の言葉を遮ってアルクははっきりと口にした。
「そうだね。今は無理に手術をしない方がいいかもね」
と鏡花が言うと鮫岡も、
「今、色々と面倒だからね」
「面倒?」
「プリテンドの件で世間は右に左にとてんやわんやではないか。無理にやると後遺症も残るというしね」
世間にプリテンド件が公表され、中国製のデバイスを脳に埋め込んだ人たちが病院へ取り外し手術を求めて殺到しているとか。
しかも取り外し手術には危険がつきものであった。デバイスは人工補助脳と違い、簡単に取り外しができると思われるが、デバイスもVRMMO体験が可能な分、取り外しには危険性が高かったのだ。
それゆえ安易に取り外しをすると後遺症が残るとか。
「じゃあ、このまま放置しろって? そんなことしてたらプリテンドになった時、どうする?」
アルクがプリテンドになれば、誰がアルクを撃つのか。
花田は自分が娘のアルクの額を撃つイメージをしてしまった。
大きく
「やはり──」
「感染経路も分かってるし、ワクチンもできている」
花田の言葉を遮り、鏡花が答える。
しかし、それに花田は言い返す。
「でも人格融合したら? もうどうしようもできないだろ?」
人格融合。
それはファントム型プリテンドが持つ恐ろしい問題点。
人工補助脳の場合はコアがある。コアが脳を乗っ取り体を動かす。ゆえにそのコアさえ取り除けば解決の見込みはある。
けれどデバイス型は違う。送られたデータを元に本人の意思を操作する。
初めは無意識下に。次第に意識野へと。そして徐々にデバイスは別人格を生み出して育てる。最後にはその別人格を本人格と解け合わせる。
その頃にはもう
「デバイスだって一朝一夕で別人格を生み出して本人格と融合なんて出来ないんだよ。人工補助脳とは違い長い期間が必要なんだよ」
「その期間は?」
鏡花は鮫岡に目配せする。
「年齢、境遇によってまちまちだけど基本的に融合までには一年は要すると考えられる」
「年齢、境遇。……最短は?」
鮫岡は一度目を瞑って、息を吐く。そして、
「10代半ば、精神的に問題のある家庭環境、そして学校での問題がある子ならば最短で一ヶ月足らずで乗っ取られるね」
「一ヶ月!」
基本は一年。しかし、少しでも心に負担がかかる環境であれば短縮され、最悪の状況であれば一ヶ月足らずでプリテンド化してしまう。
花田の不安を感じ取り鏡花は、
「でも今はさっき言ったようにワクチンがあるし、感染経路さえ守れば問題はない」
「本当にか?」
「それでも気がかりなら、ネットを禁止すればいい」
花田は大きく
「……それはズレていなか? 根本的な解決にもなっていないし、それに問題は──」
「プリテンドだ。それを無くすため我々は動かなくてはいけない」
「具体的に?」
花田は眉間に皺を寄せて聞く。
「まずは中国側の問題をどうにかしないとね」
そして鏡花は花田からアルクへ視線を向ける。
「体の調子はどうだい? 剣を取り出せるかい?」
「はい」
と言ってアルクは剣を顕現させて柄を握る。
「なんだそれは?」
花田が驚きの声を上げる。
「見てわかるでしょ。剣よ」
驚く父に対してどこか辟易の態度で答えるアルク。
「いや、だからどこから出した? 何も持ってなかっただろ?」
「説明が面倒だけど。……分かり易くいうならゲームでは端末があって、そこに個人用の武器、アイテムを収納・整理ができるの。普段は鞘に収めているのだけどね」
「は? え?」
「いいかな? アルク君、剣を取り出して疲労はあるかい?」
「父の態度が鬱陶しいのもあるけど、まあ、少しは疲労があるかな?」
「ふむ」
顎を撫で鏡花は葵に目を配る。
「慣れでしょうね」
「待て待て。もしかしてアルクを戦わせようとしてないか? こんな古代武器で?」
花田の質問に鏡花達は苦笑した。
「なんだ?」
「花田、君の気持ちも分かるよ。私も初めて見た時はさすがに戦力にもならないと思ったよ」
鮫岡が花田の心中を察して
「さて、そろそろ出ようか。アルク君、彼女を呼んできてくれ」
「はーい」
「おい! 何話を進めているんだ」
「まあまあ落ち着け、花田。この後を見てから判断しなよ」
鮫岡が花田の前に出て
アルクは変身を解除せずに実験室を出る。花田達は先程のモニタールームに戻る。
「何が始まるんだ?」
「まあ、見ていたまえ」と鏡花が答える。
少し待つと謎のピンのある全身ピッタリとした黒スーツを着た女の子が実験室に入ってきた。
「あれは? 優?」
「そうだ。次は彼女の番だ」
鮫岡がマイクをオンにして、
「いつでもいーよ」
『分かりましたー』
実験室のユウが手を振って答える。
そしてアルクと同じように光り輝き、変身する。唯一の違いは言葉もポーズもなかったこと。
「マジカルなんたらやポーズはいいのか?」
「あれは娘さんのお遊びだよ」
光は和らぎ、シルエットが浮かび上がる。
長い茶髪の女の子。
スーツにプロテクターを嵌めた姿。
それはメルヘンやファンタジーからかけ離れたSFのような未来的なスタイルであった。
「アルクと……なんか違くないか?」
優の変身姿を見て花田は疑問の声を出す。
「ゲームが違うからね。彼女はタイタンのプレイヤーなんだよ」
タイタン。
それはアイリス社が開発したVRMMOPPGソフトのタイトルだ。
アヴァロンと共に大勢のプレイヤーを意識不明にさせた。
「どうだい? 体に異変はあるかい?」
『ありませーん』
実験室からの音声がスピーカー越しに聞こえる。
「あれ? 声質変わってる?」
花田が首を傾げる。
「そうだよ。なんたって彼女は藤代優ではないのだから」
「え?」
鏡花は鮫岡の席に近づく。
それに鮫岡は椅子ごと左へ移動し、マイクの前を開ける。
「アリス君、どうだい久々のアバターは?」
『う〜ん。アバターですからねえ、懐かしいといえば懐かしいですけど、ここは早く自分の肉体に戻りたいですねえ』
花田は二人の会話を聞いて訝しむ。
「鏡花、ちょっと待て。藤代優ではない……とは? アバター名が変わったってことか?」
『おや、その声はアルクのお父さん?』
「ああ。彼も来ている」
『だからアルク、ちょっと複雑な顔してたんだね』
「これから君の正体について話すがいいかね」
『まあ、タイミング的には今でしょうね。いいですよ』
「ありがとう。君はアルク君を呼びに行ってくれ」
『了解です』
と言って彼女は実験室を出て行った。
鏡花は花田に向き、
「ということで話すが彼女は藤代優ではなく井上風花。アバター名はアリス」
「え? ええと藤代優はどこに?」
「初めから藤代優はいないよ。いるのは藤代優体に入った井上風花だ」
「え? 待て? は? んん? どういうことだ?」
花田は情報処理が出来ず頭を抱える。
「つまりだ、藤代優の体に井上風花が入っていて、変身後の姿は井上風花がタイタンで使用していたアバターだ」
「ど、どうして優の体にその井上風花というやつが入っているんだ?」
「未帰還者の話は知っているだろ?」
花田は頷く。
「あれで風花の魂は優の肉体に入ってしまったのさ」
「…………た、魂?」
ますます混乱する花田であった。
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