第139話 Rー16 説明とテストマッチ

「一年前、井上風花も未帰還者の一人だったんだ。でも、なんとか現実へ戻ってきたんだが、体が自分のものでなく藤代優のものだったんだ」

「ええ!?」

「そしてもう一つ重要な話がある」

「なんだ?」

「他言無用でお願いする」

「内容次第だ」

「当時の両ゲームタイトルの未帰還者は何人か知っているかい?」

「ええと……三千だっけ?」


 花田は記憶を手繰り寄せて答える。

 それに鏡花は首を振り、指を2本立てる。


「二千か?」

「二万だ」

「二万!? 待て、万はいってなかったはず」


 ──初めは二万だったか? いや、三千と報道されていたはず。初めからそうだったはずだし、増えてもいなかったはず。警察が世間を混乱をさせないために隠蔽した? いや、そんなことはない。そんなことをしたらすぐにバレるはず。


 花田は思考をめぐらす。認識では三千人のはず。万は超えたとは聞いていない。


「病院で今も眠っているのは三千人だ。そして


 その言葉に花田は顔をしかめる。


「言ってる意味がさっぱりわからん」


 初めから三千人。だが、鏡花が言うには二万人。

 これはどういう意味か?


「今まで見たこと聞いたことで察しはつかないかい?」


 花田は腕を組み考える。


 今までのことというと田園調布からの中国製の人工補助脳、デバイスによるプリテンド問題。そこに中国が関わってること。そしてプリテンドを使った攻撃。この前はモーニングプリペア。ここまで共通していることというと。


「……プリテンド?」


 というかプリテンドしか思い当たらない。


「半分正解」

「半分?」

「元々中国は約二万人をプリテンドにする予定だった。それを我々……いや、葵達は阻止し、そして三千人が眠ったのさ」

「なるほど。それで一万七千人は?」

「残った三千人と共に一度ゲーム世界にね」

「待て! その三千人がゲーム世界に囚われて眠っているなら、一万七千人は目覚めているよな? でも……」


 一万七千人も一度ゲーム世界に囚われていたというなら、その間は? 眠っていたなら問題視されている。だがニュースにもなっていない。


「現実の一万七千人は……モーニング・プリペアを知ってるだろ? あれに似たようなものがあって──」

「まさか! ……やはりか!」


 鏡花の言葉を遮って花田は声を上げる。


 アイリス社事件の後から一時期アルクの様子がおかしかった。その時はVRMMOPPGの、危険性を感じてのことと呑み込んでいたが、どこか引っかかっていた。

 それがここで当て嵌まった。


「プリテンドではありません! と思って下さい」


 そこへ葵が注意するように言う。


「だが残念なことに井上風花だけが藤代優の体に入ってしまったんだ。そして藤代優の魂は今もゲーム世界に閉じ込められているのさ」


 鏡花が肩を竦めて言う。


「魂ってどういうことだ? VRMMOは脳とゲームを繋げるもので魂がゲーム世界に入るわけではないだろ? あくまでそのように感じるだけで本人の魂は体に残ったままだろ? そこにどうして他人の魂が入るんだ?」

「本来はvalueと答えたいのだが、分かり易くするため魂と使っている。実際、魂で遜色はないのだけどね。それで魂を保存することによってプリテンド化防いだのさ」

「魂を保存って、どういうことだ? そんなことできるのかよ」


 非科学的すぎて花田の頭は話に追いついていかない。


「ハイペリオンを知っているかい?」

「都市伝説の? 確か高次元の存在とかの?」


 重力エネルギーの多次元への影響やらの実験の際にあらわれたとか。

 また超弦理論の収縮証明実験で四次元の扉が開いてやってきたとか。

 とにかく科学実験によって、やってきた存在だと言われている。


「そう。彼女の力によって魂を保存。そして元の肉体に戻したのさ」

「いまいち分からんが。まあ、いい。で、そのハイペリオンで魂を保存してプリテンド化を防いだ。でも、井上風花の魂だけが藤代優の体に入って、藤代優の魂はゲーム世界と」

「そうだ。よく理解できた。私は嬉しいよ」


 鏡花は子供を褒めるように述べた。

 しかし、花田は半眼で鮫岡に、


「こいつの言ってることは本当か?」

「本当だよ」


 次に花田は葵に目を向ける。


「鏡花さんの言うことに


 花田は一度目を瞑って思案する。

 そして、


「言ってることは分かった。ならハイペリオンはどこだ?」

「彼女はきまぐれでね」

 と鏡花は両手の平を上に向ける。

「私も対面したことはないんだよ」

「会ったこともないのに信じるのかよ」

「この変身を見ても信じられないのかい?」


 鏡花はガラス窓へ体を向ける。つられて花田もガラス窓を見る。


 ガラスの向こうには、いつの間にか実験室に戻ってきた変身した井上風花ことアリスと娘のアルクがいる。


「これもハイペリオンの力なのか?」

「そうだ」


 そして鏡花はマイクで実験室の二人に言葉をかける。


「さて説明も終わったので予定通りにテストマッチを始めようか」

「テストマッチ!?」


 花田が聞いていないぞと鏡花に視線を投げる。


「あなたは娘さんが戦えないと言っていたね。これを見てもそう言えるのかな?」


 アルクは木製の片手剣を。

 井上風花もといアリスは銃を一丁。腰部に木製の短剣を装備。


「アリスの方、銃だぞ」

「ペイント銃だ。殺傷能力はない。では二人に共、所定の位置に着いて」


 アルクとアリスは実験室の中央で相対する。二人の距離は三メートル。


「始め!」


 鏡花の声で二人は動いた。

 アリスは離れるため後方へ、アルクは詰め寄るように前方へ飛ぶ。


 そのスピードと跳躍は人の域を超えていた。

 まるでトラックに弾かれたようなバックステップができるだろうか?

 助走もなしに一瞬で三メートルの距離を詰めれるだろうか?


 否。人の域では不可能だ。

 さらに驚くことが展開される。


 アリスはペイント弾を放つ。

 それをアルク剣技でなんなく防ぐ。

 次にアリスは左へサイドステップしつつ、再度ペイント弾を連発する。

 またしてもアルクは剣で防ぎ、巧みなステップで防ぎきれない弾は回避し、アリスとの距離を詰める。そして剣を右からの袈裟斬りに振るう。

 だが、アリスは腰部から木製の短剣を逆手持ちで抜き取り剣撃を防ぐ。


 ここまでほんの瞬き一つのこと。

 もし鏡花の号と共に瞬きしていたなら見逃していただろう。


「……早送りしてないか?」

 花田がモニターを見てぽつりと呟いた。


「いいや。怪しむなら窓ガラスから実験室を覗くと良い」


 鏡花が窓ガラスを指すので花田は移動して窓ガラスから実験室を見下ろす。

 そこでは二人が高速で攻防を続けている。早送りでもなく、リアルタイムのことであると再認識させられる。


 アリスは距離を取ろうと動き回り、そしてペイント弾を的確に放つ。それをアルクは木製の剣でペイント弾を弾いたり、回避行動を取る。


 次第に分かったことがある。


「手を抜いている?」

「どうして?」

「いや、なんというか……倒そうと思えば、アルクはいつでもアリスを倒せることができていないか?」

 互角……ではなく、アルクがアリスを追い詰め、ここでという所で一拍のチャンスを与えているように花田には見える。


 アルクが木製の剣でペイント弾を悠々と防ぐ。

 そしてアリスはまた距離を取る。それをアルクは目で追う。


「ほら」


 やはりアルクはアリスに距離を取らせるため一拍ほどのチャンスを与えている。


  ◯ ◯ ◯


「さて、データも取れただろうし、そろそろ終わりにしょうか。鮫岡君」

「了解」


 鮫岡はマイクをオンにして、「終了」と告げる。


 その声で実験室の二人はテストマッチをやめる。


 鏡花は鮫岡からマイクを借り、


「二人とも体を動かしてどうだった? 何か違和感は?」

『違和感はないわ。通りにやったわ』


 とアルク。多少の疲れは見えど、肩で息をするくらいである。


『し、しんどいわ。最初の三メートルがきつい。せめて五メートルにしてよ。それと私、2丁拳銃だから」


 対してアリスは膝に手をついて、お疲れのようだ。


『五メートルでも2丁拳銃でも同じよ』

『む、何よ。ならやってみる?』

『構わないわ。なんなら3丁でもいいわよ』

『どうやって3丁目を使うんだよ!』

「まあまあ二人とも、テストなんだから」


  ◯ ◯ ◯


 帰りの車、花田親子は無言だった。音は駆動音とワイパーの音、そして外からの雨音のみ。

 優こと風花は別件があり居残り。車中は親子のみ。運転は自動操縦。

 父・花田は何かを話そうと試みるも言葉が生まれない。娘のアルクはというと口を固く結び、腕を組んでいる。


 来る前は晴天だったのに、今はどんよりとした曇天。


 花田は娘の件ではなく、別の角度から攻めようと、


「優……じゃなくて井上風花だっけ。お前は別人だって、いつから知ってた?」

「優がゲーム世界から帰還してすぐ」

「そっか。それでお前は調べて……鏡花達に行き着いたんだな」

「まあね」

「何で言わなかった?」

「言ったら信じてくれる?」


 その問いに花田は一拍置き、


「難しいな」

「でしょ?」

「でも危険なことはやめてくれ!」

「……」

「返事は?」


 花田はトーンを上げて再度聞く。


「変身した私はパパより強いわ」

「それでも危険なことはするな!」

「…………」


 アルクは返事をしなかった。ただ顔を逸らして窓からの景色を見る。黒いヴェールに包まれた世界、そこに涙が降り注いでいる。

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