第20話 Rー5 科警研
「最近おかしいことはあるか?」
朝食の後にタイミングを計って、花田は娘に聞いた。今日は早く登校しないのか朝食の時間がいつもと同じように被ったのだ。
「何、私疑われてるの?」
「ん? 疑う?」
娘の返しに花田は眉を歪める。
「田園調布の事件じゃないの?」
「え?」
「昨日、警察が来てたよ」
「いや、そっちじゃなくて。クリオネ・デバイスで、……なんだ、その、頭が痛いとかそういうのはないか?」
「ないよ。別に。何、急に?」
娘はあっさりと答える。
「おかしいことあったらすぐ言えよ」
心配して告げたのだが娘からの返事はなかった。娘は黙ってテレビのニュース番組に視線を向ける。
○ ○ ○
科警研は警察庁の附属機関で専門研究員が集まった部署である。科捜研のように各都道府県にあるわけでなく千葉にのみある機関。普段は鑑識と科捜研で事足りているのでめったなことがない限り足を踏み入れることはない。
「自分初めてですよ。花田さんは来たことは?」
玄関をくぐり、廊下を進みながら蒔田が浮き足だって花田に聞く。
「前に一度な」
廊下を進みエレベーターホール近づいたとき、エレベーターホールに見知った顔がいた。背が高く細い体にノンフレーム眼鏡。背はぴっしりと伸び、口は横に結ばれている。いかにも真面目くさそうである。
「よう。金本、久しぶり」
「ああ」
金本は花田を一瞥して素っ気ない対応をした。
「こいつ。新しい相棒」
花田は隣の蒔田を親指を向ける。
「どうも蒔田です」
「そうか」
「こいつ大学時代の友人でな。こう見えて公安なんだぜ」
金本が何も語ろうとしないので花田は蒔田に無愛想な知人を紹介する。
「公安ですか。すごいですね」
エレベーターが降りてきてドアが開いた。三人は乗り込み、金本は五階、花田は三階のボタンを押した。
「お前、今何の山だ?」
「公安の捜査情報を言えるとでも」
「まあ、そうだわな。でもVRMMOだろ?」
金本は眉一つ動かさない。
「あの件まだ解決しないのか?」
「……着いたぞ」
と、金本が言うとすぐにドアが開いた。
「じゃあな。今度、酒でも飲もうや」
花田たちは目的の三階に降りた。
「公安に知り合いいたんですね」
三階廊下を歩きながら蒔田が聞く。
「ああ。それと今から会う奴も大学の同期だ」
生物第六研究室と書かれたフレームが嵌められたドアの前に花田は立ち止まった。生物第六研究室はシンギュラリティの年に作られAI、サイボーグ、ロボット工学を専門とする研究室である。
花田がドアをノックすると部屋から入りたまえと返事がきた。ドアを開け二人は部屋の中に入る。
部屋には三人の白衣を着た人物が椅子に座っていた。一人は小柄な女性で腰まで伸びている黒髪。残りの二人は男性で一人は猫背ぎみで背の高い男。もう一人は小太りの男。
部屋は壁際に機械がぎっしりと並び壁には計測数値を表示する機械が。部屋に入って左側には大小様々なスクリーンが。部屋中央にはテーブルが二つ。一つには二人の男がいるテーブルで上にはパソコンとプリント、専門書が置かれている。もう一つのテーブルには女性が。そしてテーブルの上には生首が。
「それってガイシャの!」
蒔田が声を上げ、その生首を指差した。
「3Dプリンターで作った模造品の頭だよ」
小柄な女性研究員が模造品の頭をぺちぺち叩き答えた。しかし、模造品といっても精巧にできている。白髪染めをした黒髪の老人の生首。その生首は右側頭部の一部が欠け、額、左目の下、鼻に穴がある。何も知らずに見たら本物の生首と見間違えて驚くだろう。
「やあ、花田久しぶりだな」
「おう。こいつは蒔田だ。で、蒔田、こいつがさっき言ってたもう一人の同期だ」
「鮫岡寧々だ。よろしくな新人くん」
「よろしくお願いします。本当に花田さんと同期なんですか?」
「飛び級しているからね」
「それでも3つ違いだろ」
「3つ!」
蒔田はまじまじと鮫岡を見つめる。3つ違いでも30前半ぐらい。しかし、目の前の女性は十代後半か二十代前半に見える。
「君、そんなに熱い視線を向けないでくれたまえ」
「す、すみません」
蒔田は慌てて頭を下げた。
「それとこいつ、こう見えてサイバーフォースセンター出身なんだよ」
「こう見えてとは失礼だね」
「サイバーフォースセンターってあの警察庁のやつですよね」
「ああ。それなのにAIだのロボットだのでこっちに飛ばされたんだよ」
鮫岡は自虐的に笑った。
花田は近くの椅子をテーブルに寄せ、座った。蒔田も同じく椅子に座った。
「で、結果は?」
「はいよ」
と、言って鮫岡はUSBメモリーをテーブルに置く。
「内容は?」
「何が知りたい?」
質問を質問で返された。
面倒くさいと思いながら花田はこらえ、大きく息を吐いて質問する。
「ガイシャのミア・ナータの中身に怪しい点はあったか?」
「ああ。有ったともよ。人工補助脳に繋げたらパソコンが一つポイになったよ」
「え? 生きてるんですか?」
蒔田が驚いて聞いた。
「生きてはいない。ただ繋げるとひどい目に会ったってことさ。パソコンのプログラムがぐちゃぐちゃでこっちの
「ウイルスではなくて?」
「もちろんウイルスだろうあれは。でもイメージとしては酸だ。手を突っ込めると溶けてしまうってな」
「それじゃあパソコンも溶けてやられたのか?」
「だから先に言ったろ。一つやられたって。プログラムがパーさ。予備だから良かったものだけどな」
「恐ろしいものですよ」
今まで黙ってた猫背の男性研究員が答える。
「汲み取った瞬間にパーですよ」
猫背の男は両手を上げる。隣の小太りの弟はそれに頷く。
「それじゃあ中身は分からなかったのか?」
「例え酸でもきちんと準備すれば問題はない」
「で、何があった?」
その質問に鮫岡は笑みを浮かべる。
「中枢には行動データみたいなものがあったよ」
「まじかよ。そんなものがあるのかよ」
「花田さんそれじゃあガイシャは……」
興奮する蒔田の顔の前に花田は待ったと手を向ける。
「それでガイシャは動けるのか?」
「動けるよ」
「頭を銃弾でぶち抜かれてもか?」
「可能だ」
「死んでいてもか?」
「エネルギーがあれば動くだろう」
鮫岡の叩けば鳴るような言葉に花田は胸を捕まれた気分になる。
「だけど立証するのは難しいだろうねえ」
「どうして?」
「そりゃあ、まずは無傷のこれを手に入れないと。もちろんリアクター付きのロボットを使って実験してみるってのもありだが。それだとこちらが手心加えたってことで立証にもならんだろう」
鮫岡は3Dプリンターで作ったガイシャの頭をまるでボールのように上に投げてキャッチする。
「手に入れて、かつもう一度じっくりと調べないとね」
「行動データには具体的にはどのようなものが?」
「優先順位は一に護身。二はVRMMOとなっている」
「VRMMO? なんで?」
護身はわかるが、どうして遊ぶことが行動データとしてあるのか?
「キャッシュがあるんだよ」
「キャッシュってネットのあれか?」
「そうだ。キャッシュからミア・ナータの中枢はそのVRMMOからデータをダウンロードしてたと推測される」
「もしかして、SF映画とかで見る遠隔操作されるってやつですか?」
蒔田が顔を引きつかせて無理に笑う。
「そんなこと本当に可能なのか?」
「普通は無理だ。植物人間か無意識状態でもちょっと難しいな」
鮫岡が手の上の模造品の頭を見つめながら言う。
「……だがこのミア・ナータにまだまだ不明な点が多い。無傷で手に入れば……」
「それなら礼状を取って……」
その蒔田の発言を遮り、鮫岡は言う。
「どういう礼状? 怪しい点があるっていっても証明が難しいのに」
「確かに事件に関わっていようが重要参考人ではないからな」
○ ○ ○
科警研のあと、班長に連絡を取るとすぐに一課長に替わった。
「帰ったらデータを持って刑事部長室にこい」
「了解」
と答えるも、どこかおかしいと花田は感じた。
○ ○ ○
刑事部長室には刑事部長、参事官、管理官、一課長、そして花田の知らない男がいた。
「科警研からのデータは?」
部屋に入ると刑事部長に問われ花田はUSBメモリーを手渡す。
そして男が刑事部長に近づき、刑事部長はUSBメモリーを男を見ずに差し向ける。男は一礼してUSBメモリーを受ける。
「今回の件は公安が引き継ぐことになった」
ということはこの見知らぬ男は公安の人間ということだろう。
「下がれ」
そして一課長、花田、蒔田は部屋を出た。
「これどういうことですか?」
部屋を出てすぐに蒔田が一課長に問う。
一課長は何も言わずに廊下を歩く。
「一課長!」
「蒔田、よせ」
「花田さんはどう思いますか?」
問われた花田は息を吐いたのち、
「警察にも色んな部署があるだろ。それと同じだ。餅屋は餅屋だ。これは公安案件だ。なら専門の公安が引き継ぐのは当然だ」
「納得いきませんよ」
蒔田の声が廊下に木霊する。
「捜査員全員そうだ」
花田も苛立ちを込めて呟いた。
○ ○ ○
廊下で三人は係長に鉢合わせになった。
「課長! 江戸川の河川敷で殺人事件です」
「何! ガイシャは?」
「身元は免許証から松本大樹と判明。胸を刃物で一突きされ亡くなった模様。第一発見者は散歩中の主婦だそうです」
「……松本大樹」
花田はガイシャの名前を反芻した。どこかで聞いた名前だ。
○ ○ ○
花田と蒔田は江戸川河川敷の遺体を見て驚いた。
仏は田園調布事件で関わった松本弁護士だったのだ。
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