第78話 Mー8 バナナボート

 ユウとアリスはちょうどいいポイントにパラソル、シート、チェア、簡易テーブルを設置。


「さてと、それじゃあバナナボートの受付にいきましょう」


 アリスがテンション高めに言う。バナナボートが相当楽しみのようだ。


「御立ち台の隣にあるあれかな? あのテント」


 御立ち台の隣のテントには受付と書かれている。テント内にテーブルが置かれ、受付担当らしき人もいる。


「そうね。さあ、行くわよ」


 アリスはユウの腕を引っ張って受付テントに進む。


  ○ ○ ○


「バナナボートの受付ってここであってる?」


 アリスはテーブルを挟んで向こうにいるキャップにパーカーを羽織った女性に尋ねる。


「はい。こちらです。バナナボートに挑戦ですね」


 挑戦というワードにユウは引っ掛かった。尋ねようとしたがアリスが、


「そう、それ!」


 担当の女性は端末を操作して、


「受付完了しました。港から船に乗ってください。港はここから西へ進んだところにあります」

「わかったわ」


  ○ ○ ○


 ビーチの西側は岩場になっていて、その向こうに桟橋があった。桟橋周辺には人が列をなしていた。列最後尾の近くにバナナボートのプラカードを持ったイベントスタッフのNPCが立っていた。


「ここに並べってことよね」

「そうだね」

「でもここにいるのって私たちを除いて全員NPCでしょ。わざわざ並ばせる?」

「寂しくさせないためかな?」


 プレイヤーはユウとアリスの二人だけ。二人だけがビーチで遊ぶなんて寂しいものであろう。


「まあ、いいわ。バナナボートに乗れるんだったら」


 列が少しずつ動き、桟橋へと移動する。そして黄色いボートが見えてきた。


「いよいよね」


 小型船がロープで結びつけられた人を乗せたバナナボート連れだって沖へと移動する。


 バナナボートは小型船よりも少し大きく五人乗り。乗客はみなヘルメットも安全防具もなしに乗る。


「なあ、安全装備もなしに乗ってるけど大丈夫なのか?」

 ユウはアリスに問う。

「ゲーム世界だし死にはしないでしょ」


 そして二人の番がやってきた。


「次の方どうぞ」


 呼ばれて二人は桟橋を渡り、バナナボートまで近づく。そこでユウはイベントスタッフの正体に気づいた。


「あれ? 葵!」

「ホントだ! アンタこんなとこで何してるのよ?」


 メイドの葵がイベントスタッフをしていて二人は驚いた。


「今はビーチイベントのスタッフをしております」

「色々やってるのねえ」


 アリスはある意味感心したように言う。


「まあ、いいわ。バナナボート乗っていいのね?」

「その前に説明をさせていただきます」


 ユウとアリスは頷いた。


「まずこのバナナボートに乗ってスタート地点に向かいます。そしてスタートランプが点灯されましたら発進し、コースを巡回します」


 葵が端末を操作すると空中にマップが投影される。コースはジグザグに書かれた&の形。


「コース内には輪があり、そこを通過するとポイントの獲得となります。基本は船が牽引してコースを走行しますが、バナナボートの傾きによって船の動きが変わります。攻略ポイントとして、よりバナナボートをコースに逸らせないことが重要となります。バナナボートのその他にも……」

「ちょっと待ってポイント!?」


 ユウが話の途中に割って入る。


「はい。ボートレースですので」

「挑戦って言ってたのはこのことだったのか」

「話を戻します。通過以外にもタイムや姿勢、落下回数もポイントに反映されます」

「スピードは?」


 次にアリスが質問をする。


「スピードは徐々に速くなっていきます。ただし落下した場合は、そこからスタート時と同じ速度となります」

「うん、なんか俄然がぜん燃えてきたわ」

「プレイヤーの安全のためバナナボートにはわたくしも参加させていただきます」

「もう乗っていいのよね」


 アリスはもう待ちきれないといった様子。


「どうぞ」


 アリスは先に乗ろうとする。それにユウと葵は声を出した。


『え!?』

「どうしたの二人とも?」

「いや、君が一番前なの?」

「もちろん。分かってるよね。絶対一番前だからね」

「でも……」

「アリス様、そのお召し物が水着ですのでその……」


 そこでアリス二人の言いたいことに気づいた。バナナボートはレース用で四つん這いの体勢になって乗るタイプである。アリスが一番前ならユウはその次となり、それはアリスのヒップがユウの眼前にくるということである。


「え!? でも、……そうだ! 葵が私の後ろにくればいいじゃない」

「!? 私がですか?」

「そうよ! それならなんの問題もないわ」

「でもそれだと俺の前に、その……」

「大丈夫よ。葵はNPCなんだし」


 アリスはユウの肩を掴み、ウインクをする。しかし、葵見ると当人は顔を赤らめ、あわあわと狼狽えている。


「なんか人間らしい反応ね」


 と、アリスがぽつりと言うと葵は慌てて気を引き締め、


「で、ではお乗りくださいませ」

 と、アリスをバナナボートへと誘導させ

る。

 アリスが一番前にそして真ん中に葵が最後尾はユウがバナナボートに乗る。


 アリスはたかだかNPCだと言うが葵は人とそっくりの姿をしていてさらに美女でもあり、黒のTーバックのお尻を眼前に向けられているのだ。これで意識するなという方が無理がある。


  ○ ○ ○


 青い海原に白い船が走る。その船に紐で牽引されバナナボートが海面を滑る。船は高速で動いているので必死でしがみついていないと振りほどかされてしまう。波は強くはないがあるだけでまるで大きな段差を越えたかのように下からの振動がくる。


「うっひゃー」


 アリスが黄色い悲鳴を上げる。

 ユウの方はというと目のやり場に困っていた。


 船がカーブを曲がると牽引されているバナナボートは大きく傾く。なんとか回りきってアリスは右拳を空に上げる。


「イッケイケー!」


 しかし、回りきって安心していたところに波に正面からぶつかり、バナナボートが縦に揺れる。


「キャー!」


 アリスがバランスを崩して、アリスの尻が

 葵の顔を押す。そして連鎖するように、その葵の尻がユウの顔に。


「むっ!」

「す、すみません」


 葵が顔を赤らめて後ろのユウに謝る。


「き、気にしないで」

「キャー!」


 また大きな揺れでアリスがバランスを崩す。そして先程と同じ様に葵の尻がユウの顔に。


「アーリース!」


  ○ ○ ○


「いやー楽しかったわ」


 アリスは満足気に言う。

 なんとかゴールして今はビーチにいた。


「あのね。先頭にいるんだからバランスを……」

「? 楽しくなかった?」

「……」


 ないとは言い切れなかった。うれしいハプニングがあった分、否定はできない。


「遊んでポイントも稼げるんだから最高よね」

「あ、そういえばポイントっていくらだったんだろ」


 ユウとアリスは端末を取り出し、ポイント獲得履歴を見る。


『バナナボートレース 12位(12位中) 順位ポイント500 参加ポイント300』


「低っ! 最下位じゃん!」

「ホント! 何でよ!?」

「ねえアリス、レース中にきちんと輪っか通過した?」

「あ!?」


 ユウは額に手を当て、ため息を吐いた。


「先頭なんだからさぁ」

「いやいや、引っ張られるだけなんだし運転なんてできないでしょ」

「確かバナナボートの傾きやらで船の動きが変わるんじゃあなかったけ?」

「……まあ、過ぎたことはしかたないわ。それとも、もう一回行く?」

「ちょっと休憩しよ」

「そうだね。あれ? 葵は?」


 ビーチまで一緒に来ていたのだが、葵の姿がなかった。


「本当だ。どこか行ったのかな。まあ、NPCだしね。……NPC」


 ユウはどこか自分に言い聞かせるように言った。あれはNPCなんだからと。


  ○ ○ ○


 その葵はというとロザリーが店主を務める売り場に今し方、戻ってきたところ。


「……お疲れ様です」


 ロザリーからではなく葵の方から気のない挨拶がかけられた。


「あ、うん。お疲れ」


 ロザリーは目線を葵から外して答える。

 葵は脱力したように奥の椅子に座り、テーブルに肘をつき、両手で顔を覆う。


「……」

「……」

「ねえ、波、きつくありませんでしたか?」

「いや、いや、あれ、普通だからね。問題はプレイヤーのアリスだからね」


 そう。ロザリーは何もしていなかった。何も。


「あああぁぁぁぁぁ!」


 思い出したのか恥ずかしくて葵が叫んだ。

 ロザリーは慰めるように葵の肩を叩いた。

 そこへ、


「でも葵の方も間違っていますわよ」


 声の主はマルテだった。


「アンタ、受付は?」

「プレイヤーは波打ちぎわで遊んでおりますので」

「そう。てっか葵の方にもってどういうこと?」

「そうです。私に何か不手際が?」

「これを忘れてるではありませんか」


 マルテが虚空から出したのはルージュの水着であった。それを葵へと渡す。


「えーと、モノキニですか?」


 前面部分が上の胸下から臍を覆うように下へと繋がったもの。ただしモノキニとは違いレース部分が多い。


「葵が今着ている水着の上に着るものです」

「判った。もしかして葵の着ているのってアンダーだったんだ」


 理解したとロザリーが手を叩く。


「嘘! 私、アンダーでうろついていたってことなの?」


 ショックで葵の顔色が青くなったと思ったら恥ずかしさで赤くなる。


「いえいえ、アンダーではありません。それも込みで水着なのです。ただ普通は上にそういった水着を着るものなのです」

「だから、それをアンダーっていうんでしょう!」

「葵、落ち着いて下さい。元々ゲーム内にはアンダーなんてありませんよ。そのTバックはプレイヤーが入浴の際に使用するためのものですよ」

「そうなの?」

「はい」


 葵はほっと胸を撫で下ろす。そして装着をタップしてルージュの水着を着る。


「どうです?」


 体を回転させマルテたちに感想を聞く。


「似合ってますわ」

「後ろは面積小さいんだ。Tバックが見えてる」

「もう!」

「そういう仕様ですので」

「レースがあるからこれはこれでセクシーね」

「他の水着にしますー」

「他もこういうのしか残ってませんわ」

「もう! どうしてこんな水着しかないのですか?」


 マルテはロザリーの方へ顔を向ける。


「ん? 私? どういうこと?」

「ロザリーが水着コンテストをと仰っておりましたので」

「ああ! あったね。本来は各プレイヤーたちの水着コンテストを考えていたのよね。ま、今はパーになったけど」


 本来はアヴァロン、タイタンそれぞれ一つずつ大きな島に集めてのイベントであった。それが数名のプレイヤーを小さいリゾートアイランドに集めさせたものとなった。それゆえ大掛かりなリゾートイベントは白紙となったのだ。


「ちょっと待ってください。ならなぜこんな水着が?」

「桜用として」


 桜とは運営側が用意したものの呼称。主に人数稼ぎと賑やかしとして。


「誰が着る予定だったのですか?」


 ロザリーはそっぽを向き、頬を掻く。


「……誰とは決まってないけどぉ」

「まさか私ではないですよね」

 葵は半眼で聞く。


「アハハハ」

「ロ・ザ・リー!」


 怒髪天の葵は両手でロザリーの頭を掴もうとするが、ロザリーは巧みに避けて葵の背後に回る。そして葵の臀部を見て、


「でも、これだとユウってプレイヤーがまた興奮してしまいますね」


 ロザリーは口に手を当て、下品に笑う。


「それはないんじゃない?」

「え!?」


 葵の言葉にロザリーは首を傾げた。


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