第77話 Mー7 三日目

「私ね、別にピーマンは嫌いじゃないの。苦いからといって嫌うのは子供までよ」


 と、アリスは力強く言う。しかし、ピーマンを箸で摘まんでは皿の端へと移動させる。


「ただ、皮が苦手なのよ。このビニールがくっついた感じがね」


 箸で摘まんだピーマンの皮側をユウに向ける。


「うん。いいから、残さず食べなよ」

「……食べてよ」

「ダメ」


 アリスはつまらなさそうに唇を尖らせる。


 今朝の朝食は白米と味噌汁、そして野菜炒め。この献立は昨夜、就寝前にアリスが葵に和食を要望したことによるもの。


「ソース多めにかけたら?」

「だから、味じゃなくて食感なの!」


 そんなやり取りの中で電子音が鳴った。その音は二人の頭の中でのみでここゲーム世界では鳴っていない。


「メッセージだ!」

「相変わらず急に来るから嫌よね。びっくりしちゃうわ」


 ユウとアリスは端末を取り出しメッセージを開く。メッセージは運営からであった。


『プレイヤーの皆様へ。本日、ミニゲームをご用意致しましたので息抜きにどうぞ。詳細については案内所にてお願い致します』


「ミニゲーム? なんだろ?」

「案内所に行って確かめに行こう!」


 と、アリスは立ち上がろうとするも、背後の葵に肩を捕まれを下へと押される。


「まずは全て食べてからで」


 葵は柔らかい声音で言うも目が鋭い。


「……はい」


  ○ ○ ○


「ミニゲームはビーチバレー、ビーチフラッグ、ウェイクボード、バナナボート、川下り、釣り、昆虫採集の計7つあります」


 受付NPC役ことマルテが答える。

 二人は朝食の後すぐに案内所に向かった。


「バナナボート! 一回やってみたかったのよね」


 アリスは嬉しそうにはしゃぐ。


「クエストはいいの?」


 食事及びストーリーイベント用のアイテムの交換にはクエストを受注しなくてはいけない。


「食糧もまだ沢山あるんだしいいんじゃない? それに私たちって初心者でしょ? ストーリーイベントなんて活躍できないって」

「でもなあ……」


 ユウは首を捻り悩む。そこでマルテが、


「ミニゲームでもポイントは付与されますよ」

「! そうなの!?」

「はい。参加、勝利など様々な条件でイベントポイントが発生され付与されます」

「へー、いーじゃんいーじゃん、それ! 遊んでポイントゲットだよ。絶対やらなきゃ」


 アリスはユウの左肩を掴み揺する。


「わかった、わかったから。揺するな」

「やったー! それじゃあ、バナナボート!」


 まるで子供のようにはしゃぐアリス。相当バナナボートに興味があったのだろう。


「申し訳ありませんがバナナボートの登録はビーチでお願いします」

「ここじゃないの?」

「はい。ビーチバレー、ビーチフラッグ、ウェイクボード、バナナボートは南のビーチ会場の受付で川下り、釣り、昆虫採集はここでの参加登録となっております」

「わかったわ。ユウ、行きましょ」

「ちょっと腕引っ張るなよ。水着どうするんだよ」

「え? 持ってるでしょ」


 ゲーム内では裸になることはできない。入浴の際は水着になるという決りがある。そして水着は誰もがゲーム登録した時から持ってるいるものだ。


「え、いや、ほら、登録時のやつだからさ」


 なぜかユウはしどろもどろに答える。


「ああ、初回配布されてるやつは色っ気もないものね」

「そうそう」

「でも私しか見てないんだし別にいいんじゃない?」

「でも、どうせならさ」

「わかったわ」


 アリスはマルテに向き、

「水着売ってるとこってある?」

「ポイント交換で可能です」


 マルテはリストをカウンターの上に置く。


 ユウはリストから水着をすぐに選択し交換する。


「試着とかしなくていいの?」

「水着だし」

「いやいや、水着だからでしょ」

「まあ、女の子にとってはそうだけど。男は別にダサくなければ問題ないから」

「ふ~ん。そういうものなの」


  ○ ○ ○


 イベント会場となるビーチはユウたちが初めてこのリゾートアイランドを訪れたときの地点でもあった。そのビーチには御立ち台、屋台、海の家、自販機といったイベント会場があり、そして大勢の水着を着たNPCのキャラがいた。大人の男女から子供まで、ざっと100名は超えている。


「すっんごい数。でも、これって全部NPCなのよね」


 驚きと寂しさが混じった声でアリスが言う。


「でも誰もいないよりましなんじゃない?」

「それでもなんか見張られてる感がさ」

「とりあえず着替えよ。更衣室は?」


 ユウが更衣室を探すなかアリスは端末を取り出し……、

「ちょっ! いくらなんでもここで着替えるのは!?」


 ゲーム世界では水着の着替えは端末操作によるもの。一瞬でタイツスーツからピンクのビキニ水着に入れ替わる。


「どうせ私たちしかいないんだから気にしなくてもいいじゃない?」


 確かにプレイヤーはユウとアリスの二人だ。もしこれが大勢のプレイヤーの前なら痴女だろう。


「それでも、……ほら、俺がいるんだけど」

「そりゃあ見ず知らずの他人の前ならだけどコテージに住み、同じ釜の飯を食べる中なんだし。ほらユウも着替えて」

「わかったよ」


 ユウは端末操作し、水着に着替える。上は白のシャツ、下は青色の半ズボン型の水着に。


「シャツいる?」


 アリスの問いにユウは胸に手を当て、


「なんか裸というのもちょっと。変な抵抗があるというか、その……」

「まあ、いいけど。で、どう?」


 アリスは左手を後頭部に右手を腰に、右足を伸ばし、重心を左に移動させたポーズを取る。そしてユウに向け、ウインクを。


「あ、ああ! 似合ってるよ。すごく可愛い」

「フッフーン。でしょでしょ」


 世辞とも知らずにアリスはまんざらでもないように喜ぶ。


「惚れちゃあ駄目よ。私はタイタンプレイヤー、あなたはアヴァロンプレイヤーなんだからね」


 小馬鹿にしたような態度に少しイラッとしたユウは、


「リアルではブスなんでしょ」

「失礼ね! リアルとあんまり変わんないわよ! ていうかアンタの方がブサメンなんでしょ」


 ムッとしたアリスはびしびしとユウに人差指を突きつける。


「生憎、このアバターはペルソナ型なんだけど」

「嘘よ! プロフ見せなさいよ」


 ユウは端末からプロフィールを表示させ、それをアリスに見せる。


「……本当だ。ペルソナ型だわ」


 アリスはくやしそうに唇を尖らせる。


「ま、ゲームなんだし。リアルを忘れて楽しもうよ」


 ユウは勝ち誇った笑みでアリスの肩を叩く。それにアリスの眼光はますます険しくなる。


「言っとくけど、本当にリアルの私も結構イケてるんだからね」

「はい、はい。わかった、わかった」

「むぅ~、信じてないな! なら解放されたら会おうよ!」

「ん~」


 どこか嫌そうな返事をするユウ。


「なによ! なんで嫌そうなのよ」

「会ったらびっくりするからかな」

「何! 自分のことイケメンだとでも言いたいわけ?」

「そういう意味じゃなくてさ……って!? HP減ってない?」


 アリスのHPが1割ほど減っていた。今日は戦闘してないし昨日のダメージは就寝によって全快しているはず。


「え!? ホントだ!? なんで?」

「……そういえば足、暑くない?」


 ユウは足下を見る。足から砂のほどよい暖かさ伝わってくる。


「暑いから何よ?」

「いや、普通さ、ビーチってからよく足上げるじゃん?」

「……そう言えば。ビーサン履いてないけど平気だわ」


 二人は白いビーチを見る。そして次に空を見上げる。太陽が煌めき、その熱が空気を大地を暑くする。


 ゲーム世界では痛覚はない。そして暑いは感じてもリアルで反射を起こすような熱いはない。


 それはすなわち、本当のビーチは暑いではなく熱いのだ。


「どっかにビーサン売ってないかな?」

「あそこ! 浮き輪あるよ! もしかしたらビーサン売ってるかも」


 アリスが指差すところに小屋があり、台の上に浮き輪が沢山置かれていて、他にもパラソルやシートが。


 二人は小走りに小屋に向かった。

 値段の札があるので売店で間違いはないだろう。


「すみません。ビーサンありますか?」

「はーい、こちらにありますよ」


 金髪にサングラスの女性店員は右の壁に掛けられているビーサンを二人に教える。


「それじゃあ、私はこれ。あとパラソルとシートも。ユウはビーチチェアとビーチテーブルを買ってね」

「わかった」


 二人はビーサンとビーチに必要なものを買って小屋を出た。しばらくして小屋から離れたところでアリスが、


「ねえ、さっきの店員さん、どっかで見たことない?」

「そうだっけ?」

「ん~どっかで見たような?」


「ふうー、なんとかバレずにすみましたか」


 店員は遠ざかる二人を見て、サングラスを外してほっと息をつく。その店員の正体はロザリーだった。


「やはりサングラスだとバレませんね」


 店の奥から葵が出てきて告げる。


「なんでアンタが対応しないのさ」

「私はイベント係ですので」

「とかいって遊ぶ気まんまんなんじゃないの? 結構気合い入ってない?」


 葵の姿を上から下へと眺め回す。

 長い後ろ髪を結わえ、白のビキニ姿。


「イベントは海関連ですので当然の帰結です」


 しかし、ロザリーは葵の後ろに回って驚いた。


「わっ! 後ろは黒のTーバックじゃん」

「じろじろ見ないで下さい!」


 葵は赤面して両手でお尻を隠す。



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