第148話 Tー17 エンカウント②

 三日目。イベント最終日。


 ユウとアリスは朝食を食べ終えた後、

「それじゃあ、俺はこっちに」

 と森を指すユウ。


「ええ。頑張ってね」

「それ敵に言う?」

「だね」


 アリスは苦笑した。


「元気で」

 と言って、ユウは西の山へと向かうため森へと入る。


「そっちもねー」


 アリスは手を振って、その背中を見守る。

 ユウは振り向かず手を挙げて応える。


  ◯ ◯ ◯


 エイラはタイタン及びアヴァロンで飛行能力を持っているプレイヤー。


 ──やられた。早く向かわなきゃあ。


 そんな有能な能力を持ちながらも万能ではなかった。あくまで他よりか優位性を持つのみで、囲まれたり、ハイランカーが現れたら負けてしまう。飛行もまた常時可能なわけではない。


 ──あれは?


 森のはるか上空を飛び、スコープで地上を見下ろしていたエイラはある影を見つけた。


 ──アリス!?


 見つけた影はアリスであった。恋人レオの妹で臨時でパーティーに入っているプレイヤー。


 そしてそのアリスが見つめる森にはアヴァロンプレイヤーがいた。

 アリスは気づいていないようだ。ここは地上に降りて、教えるべきか。


 ──いや、昨夜やられたからポイントが寂しいし、少し稼ごうか。


 エイラは一度上空へ昇り、旋回して頭を下にしてアリスのもとではなく、アヴァロンプレイヤーのもとへと急降下した。


  ◯ ◯ ◯


 ふとアリスは青空の中で虹色の蝶が上昇するのを見た。それは蝶にしては有り得ない上昇で、まるで天に引っ張られているかのような上昇。


 それには見覚えがあった。すぐにスコープで確認を取る。


「エイラ!?」


 アリスが思っていた通り、それはエイラであった。


「おーい、おーい。……あれ?」


 そのエイラは遥か上空で一度旋回して急降下。


 落下地点は今いるここより前。

 アリスは落下地点へと走った。


  ◯ ◯ ◯


 ユウは急に影が差してきたので、不思議に思い天を仰いだ。


「ええ!」


 顔を上げると美女がこちらへと急降下しているではないか。


 その美女ことエイラは左手にハンドガン、右手にビームランスを手にしている。

 瞬時にタイタンプレイヤーと察して、ユウはバックステップで回避。


 先程いた所に銃弾の雨が降り落ちる。

 その銃弾の雨は回避したユウの後を追う。


 ユウは急いで大木の後ろへとまわり込む。大木は銃弾の雨に晒されて、穴だらけにされる。


 急降下するエイラは銃撃を止めて、ビームランスで大木を袈裟懸けに斬る。そして水泳でターンするように体を半回転させ足を地面にに浮遊。その状態で、ユウへと再度飛ぶ。


 ユウはビームランスをダガー・ウィンジコルで防ぐ。


「良い反応」

 エイラがユウを褒める。


「それはどうも……っと!」


 押し返せないユウは右へ回転。すぐに起き上がり、木の後ろへ身を隠す。

 しかし、それを読んでいたエイラは左手に持つハンドガンで銃弾を連射する。


 一発がユウの横腹を掠める。


 エイラは逃げる背にビームランスを突き刺そうとするもユウがジクザクに逃げるので当たらない。


「ああ! もう!」

 つい苛立ちの声を上げるエイラ。


 ビームランスからビームソードへと装備を変える。

 その隙を突いて、ユウは前方の大木を蹴って、大きくバグ転。相手の上空を飛び越えて、地面に着地。


 エイラが振り返るが時すでに遅し。

 ユウは腰、背中を切る。


 エイラが裏拳でユウの鼻っ面を狙うが、ユウは屈んで避ける。そして膝を伸ばして、エイラへ飛びかかる。


 ダガー・ウィンジコルをエイラの喉に刺し、2人は地面へと転がる。

 エイラはすぐに体勢を整えて、ビームソードでユウに切りかかる。


 左腕が切られる。

 ユウも反撃として相手の顔を切ろうとダガーを振るう。


 だが、躱されて逆に反撃を喰らう。


 胸を切られ、二撃目は顔を狙われる。その二撃目はなんとかギリギリ躱しきって、切先が頬をかすめる。


 ユウはここだと反撃をしようとするもエイラから回し蹴りを食らう。

 後ろへ飛ばされ、たたらを踏んだところへエイラからの追撃が繰り出される。


 なんとかダガーで弾き返すも隙を突かれダメージを蓄積させられる。


 ユウは焦った。格が違いすぎる。このままだとやられると。


 でも、それ以上に焦っていたのはエイラだった。


 どういうことか。いくら掠ったとはいえ、ダメージが全然ないのはおかしい。さらにいくつかはきちんとダメージを与えたはず。バフか? それともいつの間にかデバフを受けていたのか?


 焦ったせいかエイラは大振りの一撃をユウへ。

 回避しきれずユウは右肩から左腰まで袈裟斬りの一撃を食らった。


 ──やった!


 エイラは確信した。

 しかし、ユウはまだ生きていた。明らかな大ダメージを食らいながらも。


 両手でダガーを逆手に持ち、エイラの首元を刺す。

 そして引き抜き、もう一度。


「なんで倒れないのよ!?」


 エイラはビームソードを胸へと突き刺す。


「ぐっ!」


 それでもユウはダガーを引き抜き、エイラの頭頂部に突き刺す。

 そして、とうとうエイラはHPが0になり消失。


  ◯ ◯ ◯


「……エ、エイラ!? 嘘でしょ!?」


 2人の戦いを少し離れた所から眺めている者がいた。

 それはアリスだった。エイラがユウを見つけ、攻撃したのではと思い、森へと入ったのだ。


 どうにかして止めようとしたかったが、何も出来なかった。


 そして戦闘はユウが勝ち、エイラは負けた。


 ショックでアリスはへたり込む。


 そこへ横から影が飛び、ユウへと向かう。

 その影はアリスの横を通り過ぎる時に、

「安心して下さい。エイラの仇は私が!」と告げる。


 そう告げたのはケイティーだった。そしてその顔には歪んだ笑みが。


  ◯ ◯ ◯


 なぜハイランカーのケイティーはわざわざジョブクラス2のアサシンを選んでイベントに臨んだのかというと、それはアサシンにしかない専用アビリティがあるからだ。


 その専用アビリティの名は『ターゲット感知』である。効果は因縁のある敵や逃した獲物を追跡できるという能力。ケイティーはそれでユウを狙うためアサシンジョブに衣替えしたのだ。


 ──やっとですよ。やっと! やっと!


 ケイティーは隠し得ぬ笑みを張り付けてユウに襲いかかる。


 ──アーツ『チルチルミチル』発動!


 タイタンにはアーツというものがある。


 アーツはアビリティとは違い、そのジョブの必殺技に近いものである。アヴァロンにはなく、タイタンにだけ備わっているコマンド。


 ケイティーが発動した『チルチルミチル』はジョブクラス5のリッパーが持つアーツである。


 防御力無視、無敵状態貫通、ダメージカット無視の高速15連撃。


 デメリットとして、攻撃が失敗した場合は連撃はストップ。さらに攻撃終了後は一分間スピードと運のステータスが20%下がる。


 ジョブクラス2のアサシンは類似ジョブゆえにジョブクラス5リッパーのアビリティ、アーツが使用可能である。


 ──くらえー!


 ケイティーは心の中で叫び、ユウに襲いかかる。

 その瞬間、ユウは殺気を感じ取り、すぐに後ろに振り返るが。


「遅いわ!」


 ケイティーがナイフを振るう。


 それをユウは反射的にダガーでガードする。運良くダガーのガードポジションが『チルチルミチル』の軌跡と重なった。

 もし受け止められた場合、本来ならば、そこで『チルチルミチル』は終了する。


 しかし、ケイティーのナイフは武器破壊付加を持つ高レア武器。このままユウの武器を破壊するので問題はない。


 そう、ならば問題なかった。


 ナイフの刃とダガーの刃がぶつかり、鋭い音を生み出す。


「え!?」


 ユウの持つダガー・ウィンジコルは特殊仕様の武器。


 並みの武器では破壊不可能だった。


 攻撃を受け止められケイティーは驚いた。

 その隙を突いてユウはケイティーの顔を左から右へと切る。そして右肩から左脇へ。


「クソッ!」


 ケイティーは体勢整えようとするも、スピードステータスが20%低くなっているため動きが少し緩慢となる。


 ユウはさらに切り刻む。


 ──速い! どうして?


 例えデバフ状態であってもハイランカー。ローランカーの攻撃を防げないわけではない。

 ならばこれはバフ。相手がスピードステータスを上げたということ。


 ──バフ!? でも、いつ? エイラの時か?


 そう言えば、どうしてローランカーがエイラを倒せたのか? 今は思えばおかしいことだ。


 ──まさか!? チーター!?


 チーター、それはチート行為を行うプレイヤーを指す。


 勿論、ユウはチート行為を行っていないのでそれは当て嵌まらない。しかし、奇襲を防がれ、かつ攻撃を受けているとなるとケイティーがユウをチーターと考えてしまうのも無理はないだろう。


 ユウは攻撃を繰り出す。


 なんとかケイティーはナイフで受け止めたり、避けたりして防ぐ。


 ──時間よ早く!


「やあ!」

 ユウは叫び、ケイティーの額を切る。


「鬱陶しい!」


 ケイティーはナイフをユウの顔へと突き刺そうとする。


 ユウはそれを躱して、相手の腕を掴んで一本投げで地面にケイティーの背を叩きつける。

 そしてユウはすぐさま、顔にダガーを突き刺す。


「ぐあぁ! 許さんぞー!」


 HPが0になり、ケイティーの体は消失する。


「ふう」


 ユウは相手の消失を確認して、息を吐いた。

 そこへ枝が折れる音を聞いて、ユウは再度、気を引き締め振り返る。


「アリス?」


 そこにいたのはアリスだった。

 でも薄々アリスが近くにいることには気づいていた。


 エイラとの戦闘の途中から体が軽くなっていた。それはスピードが上がっているということ。つまりスキル『ロミジュリ』が発動していたということである。そしてそれは近くにアリスがいるということになる。


「アリス?」


 しかし、どこか様子がおかしかった。


「アリ……ス?」

「行って!」

「どうしたの?」

「私達は敵同士なの! 行って!」


 そしてアリスは銃口をユウに向ける。


「……わかった」

 ユウはアリスに背を向け、森の奥へと進む。


  ◯ ◯ ◯


 しばらく進んでからユウは立ち止まった。


 そして端末を取り出し、戦闘データを確かめる。

 先程2人のタイタンプレイヤーと戦った。


 2人目は前に会ったことがある。制圧戦の時、嫌な性格のプレイヤーだった。

 そして1人目は初めてだった。でも、どこかで見たことがあった。


 戦闘中、ネームを確認する暇もなかった。でもユウはとある名前が頭に浮かんでいた。

 アリスがよく口にする名前。

 兄レオの恋人で──。


「エイラ」


 戦闘データに1人目の対戦相手の名前が書かれている。


 プレイヤーネーム、エイラ。


「そうか。あの人が……」


 ユウは沈痛の面持ちをする。アリスの様子がおかしいのもそれで納得だ。


 ──でもどうして?


 アリス曰く、エイラはハイランカー。ローランカーのユウがどうして倒せたのか?

 その疑問を確かめるため戦闘データを見ていくと、ダガー・ウィンジコルのスキルが発動して相手の攻撃力を削ったと書かれている。


「ごめんアリス」

 ユウは小さく独りごちた。


 その言葉は森の葉擦れの音に吸収される。

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