第72話 Tー9 心配性な兄

「レオ!」

「ん? ああ、どうした?」


 エイラに声を掛けられレオは意識を目の前に戻す。今はリゾートアイランドの草原にいて、柔らかい風が髪を芝を撫でている。


 そして今、レオたちは討伐クエスト上級をクリアしたところだった。


 だが、レオの呆けた反応にエイラはため息を吐き、


「ちょっと、しっかりしてよ」

「すまん」


 レオはばつの悪そうに明後日の方向に顔を向ける。


「アリスなら大丈夫よ」


 とエイラが励ましの声をかけるが、それでもレオの気は少し沈んでいた。


「あの子、深山さんたちと仲良かったじゃない。もしかしたらそっちに行ったんだと思うわ」

「そう、だな」


 レオは自身の頬を叩き気合いをいれる。しかし、息を吐くと同時に気合いが抜けた。


「今はリーダーとしてしっかりしてよ」

「判ってる。それじゃあポイントを確認しよう」


 レオは端末を操作しポイントを確認する。しかし、心ここにあらずでポイントを確認しても反応はなかった。


「食材クエストに向かったステファニーたちと連絡を取らないの?」

「わかってる」


 レオは連絡帳からステファニーを選択する。


『もしもし』

「俺だ。クエストはどうだ? 終わったか?」

『ええ。もう終わりそうよ』


 それはまだ終わっていないということ。レオはすぐにミスをしたことに気付いた。戦闘中の可能性があるので基本はまずメッセージを送るのが普通だった。


「悪い。終わったら掛け直す」

『いえ、こっちから掛けるわ』


 通話後レオは髪をかき上げた。


  ○ ○ ○


「レオって意外と重度のシスコンなんすね」


 男性プレイヤーがレオの背中を見ながらエイラに声を掛けた。彼の名はオギノ。

 エイラは肩を竦め、


「まあね。落ち込んでいるけど大丈夫よ」

「エイラがフォローするからねえ~」


 茶化すように長身の女性が言う。


「ちょ、ちょっと、シーバ!」


 そこで着信音が鳴った。端末を取り出し通話をタップ。


「もしもし」

『今、食材クエスト終わったわ』


 相手はステファニーだった。エイラはすぐになぜレオでなく自分に掛けてきたのか理解した。


「わかった。レオに伝えておくわ。皆は案内所に向かって」

『ラジャー』


 通話を切るとシーバが、


「向こう終わったって?」

「ええ。さ、私たちも案内所には行きましょ」


 エイラは上の空のレオに駆け寄り、


「ステファニーたち終わったわ」

「そうか」

「……戻りましょう」


  ○ ○ ○


 ステファニーたちは案内所にいて、すでに報酬を手に入れていた。


「リーダーどうする? 報酬で手に入れた食材は高級牛肉だけどポイントで何か食材を交換しておく?」

「そうだな。肉だけではもの足りないから米と野菜を交換しよう」

「じゃあ米5キロとバーベーキューセット四人前×2でいいかい?」

「ああ。どうせここで得たポイントは向こうの島にも持って帰れないらしいからな。ちゃっちゃっと使った方がいいな」

「だね」


  ○ ○ ○


 その日の夜、コテージのテラスでバーベーキューが催された。最初はきちんと分配されていたが高級肉が無くなると後はおもいおもいに肉を焼き、食している。


 そのテラスから少し離れたコテージの外壁にレオはもたれていた。


「こんなとこにいた」


 振り向くとエイラがいた。両手には肉と野菜の串刺しが。その内の一本をレオに向ける。

 レオは受け取り、肉を食べる。エイラはそっとレオの隣にもたれる。


「……ちょっと妬いちゃうな」

「誰にだ?」

「アリスよ。レオってシスコンだったんだね」

「そんなことはない」

「じゃあ、なんでここにいるのさ。あっちで皆で騒ごうよ」


 体重をレオに預けるように傾ける。そして上目遣いでレオを見つめる。


「騒ぐ気分じゃない」

「なんで?」

「それは……」


 エイラの真っ直ぐな視線に耐えきれず視線を逸らす。視界に入った月は満月で煌々と光、地上を照らす。


「もし私がいなくなったらさ、悲しんでくれる?」


 エイラも月を見ながら寂しそうに呟いた。


「バカなことを言うな!」


 すぐにレオはエイラに顔を向ける。エイラもレオに向き、


「やっとこっちを見てくれた」

「謀ったな」


 ちいさく笑いエイラは数歩分、前に歩く。


「でも本当に私がいなくなったら悲しんでくれる?」

「悲しいに決まってるだろ」


 レオは後ろからエイラに抱きつき答える。


「ありがと。でも悲しんでばかりでは駄目よ」


 そう言ってエイラは体を反転させレオに向き、真っ直ぐな視線を投げる。優しくも悲しい目にレオの胸はざわつく。


「貴方はリーダー。悲しくても皆を導かなくてはいかないの。もしクヨクヨしてたら許さないからね」

「ああ! わかった! だから……」

「大丈夫」


 エイラはレオの背に手を回し、胸に額を押し付ける。もう一度優しく、慈愛のこもった声で、


「大丈夫だから」


 レオはエイラの髪を撫で、そして一度目を瞑る。次に瞼を開いた時には強い決意のある意思が宿っていた。

 しばらくしてからどちらともなく離れた。


「さ、戻りましょ」

「ああ」


 レオはエイラに手を引かれながら仲間の下へ歩き出す。

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