第73話 Rー6 深山姫月

 老舗の和食料亭から二人の女性が出てくる。それをリムジンの前に立っている灰色のスーツを着た女性が後部座席側のドアを開いて対応する。


「お疲れ様です」

「うむ。出迎えご苦労」


 二人の内、髪の長い女性がそう言ってリムジンに乗り込む。

 続いてショートカットの女性が乗り込み、最後にスーツの女性が乗り、ドアを閉め運転手に、


「出してください」

 と告げる。


 リムジンはゆっくりと進み始める。それは大事な宝石を慎重に運ぶかのように。


 広くかつ長い後部座席には3人が座る。正確には二人が進行方向に対して座り、もう一人は横向きのチェアーに座っている。その横向きのチェアーに座っているのが公安の深山姫月であった。斜めに相対するのはその従姉妹である深山鏡花と付き人役の胡桃である。


「はじめての御前会議はどうでしたか?」


 胡桃が鏡花に尋ねる。

 その御前会議は総代の下に各深山家の当主が集まり、問題に対して報告やどのように解決するかを議論する場である。基本は年に2回ほど。今回の御前会議は緊急の召集であった。議論の題はJ・シェヘラザード社の人工補助脳及びテロ事件である。この件で公安で捜査員である深山が召集されるのは当然ではあるが鏡花が呼ばれたのは不思議でならなかった。


 深山家令嬢とはいえど大学生の小娘を深山家重鎮の集う重要な会議にどうして出席させるのか。重役なポストにいるわけでもないのに。それとも前もってのだろうか――。


「ふむ。なかなかであったよ」


 そう言って鏡花は口端を伸ばした。


「今回は緊急だったらしいが、いつもは違うのかい?」

「鏡花、御前会議の内容は口外しないこと」


 一睨みして黙らせるつもりだが鏡花はどこ吹く風である。


「失礼。かの御前会議に参加できてちょっとはしゃぎ過ぎたね」


 姫月きづきは向こう側の窓へと目を向ける。闇と光、そしてぼんやりとした建造物の輪郭しか判別出来なかった。


「姫月さん、何か飲むかい?」

「結構よ」

「そうか。胡桃、サイダーを」


 リムジン内に小さな冷蔵庫があり、そこから胡桃はサイダーの瓶と栓抜き、グラスを取り出す。


  ○ ○ ○


 リムジンは群馬県の中で一際豪華なホテルに着いた。ロビーでチェックインすることもなく鏡花は歩き、その後を胡桃と姫月が。


 姫月はエレベーターでやはりこれは会議前から決まっていたことだと確信した。

 最上階に着き、鏡花は迷うことなく進む。そしてある部屋の前に止まり、


「部屋は一緒だが良かったかな?」

「大丈夫よ。こちらこそ急なことで申し訳なかったわ」

「一応スイートルームだから」


 胡桃がキーを差しこみ、ドアを開ける。

 部屋は鏡花の言う通りスイートルームで広く豪奢であった。

 胡桃はコーヒーと茶菓子を用意した後、バスルームへ向かった。


「明日は貴方も付いてくるの?」

「勿論、そのつもりだが」


 それを期に沈黙が生まれた。姫月は決して怒っているという訳ではなく単にどう会話をしたものか分からなかったのだ。従姉妹といっても年が半端に離れているゆえ接し方がわからないのだ。2つ3つなら年も近くて仲良くなれるし、8つ9つほど離れているなら姉として接することも可能だが姫月と鏡花は6つという半端に離れている。


「大学はどう?」


 頭を捻って出た言葉がそれであった。


「ん、まあまあだよ」


 再度沈黙が。

 姫月は茶菓子のクッキーに手を伸ばした時に、向こうから質問がなされた。


「此度の件でますます政治家はどれも優柔不断な輩ばかりだと再認識させられたね」


 伸ばした手を戻し姫月は、


「そうね。もっと外交でイニシアチブを取る気でいないとね。彼らは穏健というより責任をとりたくないだけなのよ。結局は今の地位を守りたいだけね」

「貴女ならどうするのかい?」

「そうね。を餌にして貿易や他外国との問題にこちらが優位になるように働いてもらうとか、国連での票を……」

「実にだ」


 割って入った言葉に姫月は眉を潜めた。

 それはどういう意味かと問いただそうした時、胡桃が戻ってきた。


「お風呂の用意が出来ました」

「ふむ。姫月さん、お先にどうぞ」

「いえ、私は後で結構だから」


 姫月は年輩として鏡花たちを先に勧める。


「私は胡桃と入るから遅くなると思うから先にどうぞ。それとも姫月さんも一緒に入るかい? 3人でも余裕だと思うが」

「……お先に頂きます」


  ○ ○ ○


 翌朝、姫月はスマホのアラームで目を覚ました。時刻は7時。


 服を着替え、洗面台で顔を洗い、髪に櫛を通した後、リビングのソファーに座った。胡桃が、


「朝食を注文いたしましたので間もなくかと」

「ありがと。鏡花は?」

「今、起こしに向かいます」

「まだ時間があるからもう少し寝かせてあげましょ」

「私なら起きてるよ」


 声の方へ顔を向けると鏡花が腰に手を当て立っていた。ただし服は着替えてないらしくバスローブ姿であった。


「服をご用意します」


 すぐに胡桃が動こうとするも、


「いや、朝食後でいい」


 と言って鏡花は洗面所に向かった。

 ドアからノックオンが放たれ、胡桃が対応する。そして胡桃が朝食の載った台を運ぶ。姫月が手伝おうとするのを止めて胡桃はテーブルに2人分の朝食を置く。


 丁度、鏡花も戻ってきた。鏡花はすぐにテーブルに2人分の朝食しかないので胡桃に問いただした。


「私は別室にて」


 鏡花は溜息を吐いた。その息に歯磨き粉の臭いが混じっていて、それを嗅いだ姫月は少し眉を下げた。


「君もここで食べたまえ」

「しかし……」


 胡桃はちらりと姫月の方に視線を向ける。


「私は気にしないから」


 姫月は微笑んで返した。


「ほら座りたまえ」


 鏡花が胡桃を押し、無理に座らせる。


「ではお言葉に甘えて」


 こうして3人は朝食を取ることに。

 朝食は半熟のスクランブルエッグ、ウインナー、クロワッサン。サラダはトマトとレタス、ヤングコーン。そしてコーンポタージュスープ。


「朝から結構な量ね」

「おや、これくらいは普通ではないのかい?」


 姫月の疑問に鏡花は首を傾げた。

 実は姫月にとっての朝食は食パンくらいで朝は少食であった。学生の頃に至っては朝はお茶一杯飲めば良いという偏食であったのだ。


「お残しになっても構いませんが」

「いえ、全部頂くわ」


 別に朝は決して食べれないという訳ではない。


  ○ ○ ○


 姫月は朝食を取りながら今後について考えていた。

 J・シェヘラザード社については終わったも同然。後は謎の女子高生だがそれは公安が動くとして、姫月がリーダーを務めている外事課総合情報統括委員会の方はどうすべきであろうか。


 そして公安としての本命である一年前のアイリス社事件。この件に関しても外事課は関係あるかといえばある。だが、それは一部の人間にしか知られていないこと。外事課の人間は元は関係のない外の捜査員の寄せ集めだ。これ以上関わらせるべきだろうか。


 上は止まったまま様子見といったところだ。昨夜、姫月が言った優柔不断という言葉が頭をよぎる。


「お口に合いませんでしたか?」


 言葉を掛けられ姫月は現実に戻る。胡桃の視線が皿を向けられていた。

 姫月も釣られて皿を見る。そして、


「いや、問題ない」


 慌てて首を振り否定する。

 姫月には少し変わったクセがあった。最初は一口ずつ食べるという。


 どうやら一巡した後、考えこんでいたせいか手が止まっていたらしい。それをどうやら口に合わなかったと誤解させてしまったようだ。





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