第71話 Aー5 一方その頃

 全プレイヤーがリゾートアイランドに飛ばされた日にさかのぼる。


「いた?」


 コテージに戻ってきたアルクはセシリアとミリィに尋ねた。いたというのはユウのことである。島に飛ばされるもユウだけがいなかったのだ。端末で連絡を取ろうにも繋がらない。3人はすぐに分担して島中を捜索した。


「こっちもいなかったわ」


 島の東側を捜索したセシリアが首を振った。


「ビーチにも戻って調べたのですが。いませんでした」


 全員プレイヤーはまずビーチへと飛ばされる。遅れて到着するのではとミリィは再度南側のビーチを捜索したが結果は実らず。


「やはり私たちだけなのでしょうか。案内所でコテージの利用登録は私たち3人だけでしたし」

「でもどうしてさ? 空きのベッドはあるんだし」

「それはわかりません」


 沈黙が生まれた。

 一体ユウはどこに行ったのか?

 そんな中、乾いた音が鳴った。音源はセシリアの両手であった。


「大丈夫かどうかはわからないけど、とりあへず今はリゾートクエストだっけ? それに取り組みましょ」

「そうだな。今できることをやろう」

「ええ」


  ○ ○ ○


 セシリアとミリィは食材クエストのため牧場にいた。クエスト内容はモンスター化した家畜を討伐するというもの。アルクをいれた3人で参加しようとセシリアは言ったが討伐クエストもあるのでアルクはそっちへと参加することになった。セシリアたちは中級を、アルクは単独で上級を。


「家畜がモンスターになるっていうのはとりあへず置いといて、なんか臭い」


 セシリアは鼻を摘まんで地面に目を向ける。

 地面には茶色い泥でなく糞尿がところかしこに。


「おかしいですね。ゲームでは糞尿は存在しないはずなのですが」


 ミリィもまた鼻を摘まみ、困ったように眉を下げて言う。


「他の家畜は?」

「ここにいた子は全部アイツ食われたんです」


 案内してくれた若い女性NPCが悲しそうに答える。


「じゃあこの糞尿はアイツのってことね」

「しかし、どうして糞尿が?」

「くれぐれも地面には触らないでください」

「触らないわよ!」

「いえ、そうでなく体に当たると毒のダメージを受けるってことです。それに気化しているので臭いも吸いすぎると危険です」

「判りました。セシ、ここは離れましょう」

「ええ。糞のないとこに行きましょう」


 しかし、なかなか糞尿の少ないポイントが見つからないうちにモンスターが現れた。


「アイツです。プレイヤー様お願い致します」


 NPCはそう言って消えた。ゲームでは邪魔にならないようNPCは戦闘時は消える仕様となっている。


 モンスターは大型の黒いミノタウロスで名はミノワール。マルチ型でレベルは50。


「ミリィはデバフ魔法で防御力を下げて。近づかれる前に一気にやるわよ」


 セシリアとミリィ共に攻撃は遠距離系。ミノワールは力強そうだが鈍重で遅そうだ。

 ミリィが魔法で敵の防御力を下げたのを確認するとセシリアは魔法を唱え、空中にいくつもの火球を生み出す。


「くらえ」


 火球が飛びミノワールの体に当たる。


「まだまだまだー」


 セシリアは次々と火球を生んでは放つ。

 ミノワールを纏う火が後続の火球でますます脹れ、ミノワールの全身を包む。


「どう? 結構効いてるんじゃない?」

「いえ、まだです。HPバーがまだ半分程度です。バフをかけますね」


 ミリィは補助魔法でセシリアの魔法攻撃力を上げた。


「よっしゃー。次はもっと強力なのを放ってやる」


 杖の頭を天に向け、呪文を唱える。周囲に火の尾がいくつも現れ、それらは天高く1ヶ所に集まり始める。そして五メートル級の火の球が誕生した。


「さあ、特大の火の球を食らいなさい」


 特大の火の球がミノワールにぶつかり、轟音を立て弾け、火柱がとぐろを巻いて立ち上がる。生まれた熱波が周囲の牧草を揺らし、その熱波がセシリアたちにも届く。


「どうよ」


 セシリアは自信満々に言った。

 だが、火柱の中、黒い巨体が歩く。


「ちょっ! 嘘でしょ!?」


 黒い巨体が斧を持っている右手を振り上げた。


「セシ、危ない」


 危険を察知してミリィは大型のバリアを前方に生み出す。


 バリアを生み出したとほぼ同時に斧が当たる。ミノワールが投げたのだ。


「なんで生きてるのよ」


 火柱が消え、黒い巨体から煙をのぼる。怒っているのか鼻息が荒い。


「倒したと思ったのに!?」


 HPは70%ほど削っている。


「でもあともう少しです」

「よし。もう一回……きゃっ!」


 バリアにべったりとした茶色い何かが当たる。


「あ、アイツまさか糞を投げた!」


 ミノワールは地面に屈んで手で地面を抉り取り、そしてセシリアたちに向け投げる。


「くさっ! ど、どうしよ?」


 バリアに茶色い糞がこびりつく。それを見てセシリアは少し身を縮めて後ずさる。


「バリアが消えたらもう一度、攻撃を」

「でも、バリアを消したら糞がくるかも」

「バリアが全面茶色いになったらここから離れて魔法で攻撃して下さい。全面茶色いになってら向こうもこっちの様子がわからないはずです」

「わかったわ」


 ミノワールは何度も糞混じりの土を投げる。

 そしてとうとうバリア全面が茶色になる。


「今です」

「わかったわ」


 セシリアは頷き、敵にバレないようにバリアから離れて上級魔法の準備に入る。ミリィはバリアを解き、小さい自分の身を守る程度のバリアを作る。そして移動しながら敵の攻撃を防ぐ。ミノワールは相変わらず土を投げ続けている。ミリィは防ぎつつ、あること気付いた。


 それは糞混じりの土でなく、ということ。自身の状態異常を確かめると毒マークが。さらにHPが大きく削がれていた。ダメージを受けたわけではない。これは毒によるものだ。しかし、ここまで減るのはかなりの時間が必要となる。ではいつから? 考えられるとすると――、


「セシ、早めに! 私たち毒に冒されているわ」


  ○ ○ ○


 一方その頃ではアルクは薄暗い森の中を駆け、鬼猿型モンスターを狩っていた。


「斬!」

「ゲェェェ」


 大振りの一撃がモンスターを左右真っ二つにする。

 アルクはすぐに次の獲物へと動く。


 鬼猿モンスターは一体ではない。クエスト内容は森の中いる鬼猿モンスター全部だ。鬼猿モンスターは小鬼と日本猿を組み合わせたようなものだ。個体そのものは弱い。ただ、すばしっこくて彼らの得意とする木登りで逃げ惑うので追いかけるのが難しい。


 アルクは跳躍して枝から枝へと移りながら飛び進み逃げ惑う敵を斬る。


 もう何十体目かわからないほど叩き斬った。クエスト制限時間は二時間。制限時間まで後十五分を切った。クエスト内容は全部の敵を倒してクリアなのか、それとも倒した分ポイントが得られるのか詳しい内容を聞き逃してしまった。普段ならそんなことはなかったが今回はユウの件があり聞き逃したのだ。


 アルクは枝の上から周囲を見渡す。地上へも目を向け、敵を探る。聴覚に葉がこすれる音を聞き、目をそちらへと向ける。


 ――いた!


 大きく跳躍し、一気に距離を詰める。

 相手は逃げるのではなく爪をアルクに向け伸ばす。


 空中でアルクと鬼猿が相対する。

 アルクは剣で鬼猿の腕を斬り、回し蹴りで鬼猿の横顔を叩き蹴る。鬼猿は幹に背をぶつけ、力なく落ちる。アルクはとどめと魔法で光の矢を放つ。そして地面へと降り立ち、鬼猿が消滅するのを確認した。


「あと十分か」


 一息吐いた後、アルクは跳躍し獲物探し向かう。


  ○ ○ ○


 アルクがいた森はセシリアたちのいた牧場よりもコテージから遠く、端末で連絡を取り合いセシリアたちには先に案内所で報酬を受け取り、ポイントで今晩の食材を交換してもらった。


 コテージに戻り、ドアを開けるとソースの香りがアルクの鼻を刺激した。


「ただいま」

「お帰り~」

「お帰りなさい」


 セシリアはリビングでソファーに横になり、ミリィはキッチンで晩御飯を作っていた。ついユウの姿を探すもどこにもいない。


「ポイントはどうだった?」

「連絡したろ。8750だよ」


 クエストは鬼猿の全滅ではなく倒した数でポイントが決まるらしい。アルクは全滅前提と思ってたのでポイントが得られたときは胸を撫で下ろした。


「ポイント交換した?」

「いや、案内所には行ってないよ」

「食材クエストは一度、案内所に行かないといけないからね」

「ミリィは何作ってるの?」

「お好み焼きだって」

「セシは手伝わないのか?」

「ん~なんか私一人でいいってさ」


  ○ ○ ○


「沼地だったんだよ。しかも猛毒の。大変だったわー」


 セシリアがお好み焼きを頬張りながら語る。

 今、ミリィが3人分のお好み焼きを作り、3人はダイニングテーブルで食事についている。


「いつの間にか毒でHPが削られていたんだよ」

「なんで気付かないんだよ」

「臭いが糞みたいでさ。牧場だから家畜の糞尿と思ってたんだよ。まさか毒沼とはね」


 糞や糞尿という単語でミリィの箸が止まる。


「セシ、食事中なのでこの話は後で」

「え? なんで?」


 分かっていないのかセシリアは不思議な顔をする。


「食事中に糞とかはエチケット違反ですよ」

「あ、ごめん」


 3人がお好み焼きを食べ終えてから話は再開した。


「で、ミリィが気付いて早めに倒したんだよ。危なかったよね」

「はい。糞尿にしては多すぎますし。というかゲーム内では糞尿は存在しないはずなので。それにNPCも糞尿ではなく土と言っていたので、ならあの臭いは糞尿ではなく毒の臭いと気付いたのです」

「にしてもあれはどう考えても普通は毒というか糞の臭いだよね」


 それにミリィは苦笑いで応えた。


「毒沼ねえ」


 アルクがポツリと呟いた。


「? どしたの?」

「ん、いや、なんでも」


 とは言うものの実は毒沼でユウと会ったときを思い出したのだ。ルーキーがソロでマルチ型のメガマッチョと戦っていた。周りのギャラリーは面白がって助けようとはしなかった。それでもユウは一人で後一歩というところまで追い詰めたのだ。

 アルクは空いた席を見つめた。


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