第232話 Pー9 忍び寄るもの
翌日、雫が勉強会へと顔を出すとそこにはすみれの姿はなかった。
そして今日の勉強会は盛況のようでかなり多くの学生がいた。
──私を避けてる?
「あなた、どこの学生さん?」
「え?」
人探しでキョロキョロしていたせいか、声をかけられた。
声をかけてきたのは人というよりもグループだった。
「な、何ですか?」
一団の中で眼鏡をかけた優男が前に出て、
「すみません。人が多くなったため、出席確認をしているんです?」
「出席確認? 人が多いから?」
「はい。本来受講される方が出席できないという問題をなくすためです」
確かに自宅謹慎処分の彼らのための勉強会なのに、その彼らが出席できなければ本末転倒だ。
「そうでしたか。すみません」
雫は立ち上がって、その場を離れる。
◯ ◯ ◯
「ということがあったの。マジでビビったわ」
喫茶店で雫は花菜に先程あったことを語った。
「そんなに多いの?」
「驚くとこ、そこ?」
「いやあ、だってその勉強会って小規模なものだったんでしょ?」
「元の規模がどんなものかは知らないけど、人が多かった。自宅謹慎者以外にも出席してる人いるっぽいね」
「へえ。私は怖くて出席できないや」
そう言って花菜はコーヒーを飲む。
「紗栄子は?」
雫は聞いた。
穂波は講義で遅くなるが、紗栄子は連絡が取れない。
「さあ? 昼から用があったんじゃない?」
「昼から?」
「そう。昼からの講義にいなかったし」
「文化祭で忙しいとか?」
「サークル活動してないでしょ?」
「でもサークルから手助け要請きたとか?」
「あの子がすると思う?」
紗栄子は面倒なことは嫌うタイプ。ましてや自分にとってプラスにならないなら尚更。
「……ないかな?」
「でしょ」
◯ ◯ ◯
翌日にもまた勉強会のある教室に向かい、すみれを探そうとした。
今日は昨日よりも一段と盛況で教室も大部屋教室ではなく、学部生全員を収容できるホール並みの広い教室だった。
──何これ? 多すぎじゃないの?
今度は席には座らず、教室内を歩き回り、すみれの姿を探す。
──いない。まだ来てないのかな?
雫はスマホで時間を確かめる。
勉強会が始まるにはまだ時間はあった。
──それとも私が来るからあえて欠席にとか?
雫は廊下に出ようとしたその時。
三名の学生が前に立ちはだかった。
それはたまたまではなく、意図的に雫の前に立ちはだかったものだった。
「え? 何?」
突如として現れた人の壁に雫は戸惑う。
雫は離れようとした時、周りにもこちらへ目を向けて学生達が立っていた。
前、左、右、そして後ろにも。
「な、何?」
雫は怖がり、怯える。
彼らの視線には明らかな敵意が見えていた。
「あなた、誰ですか?」
1人の女性が一歩前に出て、雫に問う。
その女性に見覚えがあった。以前、勉強会に来た時、声をかけてきた人だった。
「そ、そのう、人を探していまして……」
乾いた笑みを貼り付けて、雫は去ろうとするが、その前に男性が通せんぼをする。
「昨日もいましたよね? 誰をお探しですか?」
昨日の眼鏡を付けた男性が問う。
「友人です。勉強会に出席すると言っていて」
「だから、誰?」
女性が荒っぽく聞く。
それに雫はびくりと肩を跳ね上げた。
「学生証の提示をお願いします」
眼鏡の男性が手のひらを差し向けて、さらに一歩前へ出る。
「な、なんで?」
「あなた、本当に学生なの?」
雫を囲む学生達の誰かが問う。
「学生です。友人が勉強会に出るって言うから来ただけです」
「だから、その友人って誰?」
『誰!?』
周囲も誰だと声を発する。その誰という言葉は雫に対してか、それとも友人のことか。
「あっ、すみませーん。その子、うちの知り合いなんですよー」
と周囲の壁を越えて、誰かが助けに来てくれた。
雫にはその声が誰のものなのか、すぐに分かった。
安心もあったが、不安もあった。
この状況を助けてくれるのかと。
◯ ◯ ◯
キャンパス内にはいくつもの校舎や施設がある。文系校舎、理系校舎、実験棟、図書館、資料館、教材園、複合館、スポーツ館、サークル棟、そして講堂。
雫にとって講堂は試験、入学式、卒業式、著名人の講演会場としてのイメージがあり、あまり講堂に立ち寄ったことはなかった。
そしてキャンパス内には三つの講堂がある。
三つの内二つは先に述べた会場として提供されている。
そして残りの一つが『平成最後の講堂』と呼ばれる平成時代に建てられた旧講堂である。
こちらの旧講堂はめったではない限り、使用されない講堂で、学生達からはただの文化遺産として認識されている。
その旧講堂に雫達は向かっていた。
理由は友人に会うため。
今日、ここで勉強会が陰で行われると雫は聞いたからだ。
陰で。それはどういうことかというと。今日ここで演説練習会があるのだが、秘密裏に演説練習会ではなく勉強会が行われ、そして立て篭もり計画が実行されるのだ。
そしてそれを教えてくれたのはすみれだった。
先日の勉強会での件で助けに現れたのはすみれだったのだ。そしてその後、すみれから衝撃の事実を教わった。
「本当に紗栄子が?」
雫がまだ信じられないといった様子ですみれに聞く。
「うん。紗栄子が立て篭もりに参加するらしいよ」
「どうして?」
「それがさっぱり分からないの。なんか人が変わった。いえ、もう1人の紗栄子がいるって感じ」
「もう1人? 何よそれ?」
「紗栄子って、無難なことはしない。堅実に。そしてチャンスがあれば飛びつく。そんなタイプでしょ?」
「確かに」
「でもあれは紗栄子らしくないのよね」
言われてみると確かに紗栄子らしくはない。立て篭もりなんて、プラスになるとは思えない。もちろん成功すれば多少はプラスになるが、世の中の全員が味方というわけではなく、マイナスへと変わる可能性も高い。
世間を味方につけても、企業や社会では味方にはならないかもしれない。就活にはまだ時間はあるから、影響は少ないかもしれないが、それこそ合理的な紗栄子には合っていない。
「だからあれは紗栄子というか紗栄子の皮を被った何かみたいな?」
「すみれ、何言ってるの」
──そんなのまるで……。
まるで鏡花達が言う、人の体を奪い、暗躍するプリテンドではないか。
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