第231話 Pー8 電話

『あー。ごめんねー。結構、早くに勉強会終わってさー』


 夜になり、夕方全然繋がらなかったすみれから連絡がきた。


「そうなんだ。ちなみにどんな勉強だったの?」

『えーと、おさらい的な?』

「おさらい?」


 雫は反芻した。


『そ。10分くらいの内容でそれを6つ』

「一つの授業ではないってこと?」

『そりゃあそうよ。皆、同じ学年・学部ではないんだから』

「あー、そうだね」


 立て籠もりを図った学生はバラバラの学年・学部だった。


「じゃあ関係ない内容はどうしてるの?」

『普通に頬杖ついてするー。ああ、でも時々面白い話とかあるよ』

「どんな?」

『社会学部の日本の歴史だっけ? なんか昔の日本には天津神と国津神がいたって話』

「へえ」

『宗教学もあったよ。ユダヤ教とかキリスト教、イスラム教ってさ、神様の名前違うけど同じらしいよ』

「同じ? ユダヤ教とキリスト教の聖書が旧とか新がついてるから似ているなとは感じてたけど、イスラム教も?」

『そうそう』

「じゃあ、イエス・キリストはイスラム教ではどういうポジション? 救世主?」

『預言者らしいよ』

「……預言者ねえ」


 預言者がなんなのか雫には分からなかった。


『でね、他にも……』

「いや、もういいから。それよりプリントはどうしよっか?」

『う〜ん。ファックスは駄目そう?』

「うん。普通のプリントとは違う感じ」


 結局は同じプリントなのだが、大学ではコピーは禁止としていて、コピーとばれると無効化される。


『来週の火曜日にお願い』

「うん。分かっ……ん? 来週の火曜日? 明日でなくて?」


 今日は月曜日で明日は火曜日。週が始まったばかり。来週でなく今週の火曜日に渡せば済むこと。


『今は文化祭の準備期間でしょ?』

「でも、まだいくつか講義はあるわよ」


 休講とする講義は数多くあれど全部ではない。


「休む気?」

『今期はまだ欠席してないしね』


 半期制の講義は各々15回あり、3回までは休める。1週間全ての講義を休んでも各々1回欠席。さらに文化祭準備期間なので休講も多い。


 けど──。


「リモート処分受けたばっかでしょ?」


 リモートも勿論出席に換算されるが、もしいちゃもんでもつけられて欠席扱いになったら大変だ。


『大丈夫よ。授業はちゃんと受け答えしたし、レポートも提出した』

「なんで休むの? 文化祭って、そんなに大事?」


 すみれが所属しているサークルは文化祭にそれほど力を入れていなかったはず。

 去年も文化祭当日には数時間手伝って、後は皆で見て周り、楽しんだはず。


『ほら、うちのサークルも立て籠もったからさ……』

「ならなおさら関わらない方が……」

『それは駄目だよ。文化祭はちゃんとする。そこは総会でもきちんと決めたからね。正確には先輩達がなんだけど』

「でも、大学側もあまり良い顔しないんじゃない?」


 立て籠もりをしたサークルが活気付いている。怪しく感じるのではないか?


『そこは上手くしてるから』

「上手く?」

『なんでもない。とにかく来週ね?』


 口を滑らしたといった感じで、すみれは通話を終わらせようとする。


「待って! 明日、渡しに行こうか?」

『それは駄目かも。バイトもあるから遅くなるよ。それに大学に寝泊まりするかもしれないから』

「なら大学で待ち合わせしよう?」


 大学にいるなら大学で渡せばいい。


『ごめん。それは無理だ』

「どうしてよ?」

『ほら立て籠もったサークルでしょ? 関わったら変な目で見られるわよ』

「すみれもそう思ってるなら……」

『駄目。私だけ逃げるなんて』

「ねえ? 本当は何かしようとしてない?」

『してないよ。なんでそうなるの?』


 通話の向こうですみれは笑う。


「だって……」


 なぜか今週は会うことを避けている気がする。


『何もないよ。私はただ紗栄子達とのことをね……』

「大じょ……」


 大丈夫。それを伝える前に通話は切られた。

 雫は掛け直そうとするも繋がらなかった。

 そこで穂波に相談することにした。


「穂波! すみれがおかしいの!」


 雫は先程のすみれとの会話を穂波に説明した。


『だふん、あんなことになったから名誉挽回のため頑張ってんじゃない?』

「こそこそするような?」

『別にこそこそしてないと思うよ。たぶん大学側に目をつけられて、思うように出来ないから別角度から機材やら調理具を集めているんじゃない?』

「何それ?」

『立て籠もったじゃん? 勿論、向こうにも言い分があるから大学側も処分を重くしなかったよ。でもさ、はいそうですかってわけにもいかないじゃん。そういう皺寄せみたいなのが文化祭あたりできてんのよ』

「どういうこと? 穂波は何か知ってるの?」

『知ってるっていうか……』

「教えて!」


 一拍置いてから穂波が、


『私もねちゃんと知ってるってわけではないんだけど……』


 という前置きを挟んで穂波は語り始める。


『怒ってるのよね』

「大学が?」

『そっちじゃなくて中国当局よ』

「……天安門レポート?」

『それもあるけど、留学部生の事件よ』


 留学部生の事件。置き引きや覚醒剤、その他軽犯罪のこと。そしてすみれも被害に遭った。


「でもそれって悪いのは向こうでしょ?」

『そうよ。でも大金で揉み消しているのに隠しきれてないとかで怒ってるのよ』

「隠すからいけないんでしょ」

『そうそう。でも慰謝料やらなんやら払って終わらせたのに、まだ被害者面して喚いているから、あいつらは金をせびっているとか言って怒ってんの。実際はせびってもないし、和解もしてないんだけどね。日本の警察に金を回せば解決って思ってるからいけないのよね』

「それで怒って、嫌がらせを?」

『表立った嫌がせはないけど……ま、そういうことね』

「すみれ達は何をしようとしてるのかな?」

『物騒なことはしないでしょ? こっそりやってるのも、見つかって嫌がらせをされたくないからでしょ?』

「私がするとでも?」

『そうは考えてないよ。人の口に戸は立てず。少しのことで芋蔓式で色々バレるでしょ? だから今回は慎重に事を運んでいるのよ』

「……」

『大丈夫だって。文化祭が終われば元通りよ』


 と言われてもまだ腑に落ちない。


「ねえ? 穂波は詳しいけど、それをどこで?」

『ん? 私、キャラクター造形サークルに所属してるじゃん。だからサークル繋がりで先輩達から聞いたくらいよ。ほら、私でさえここまで知ってるんだから大学側も留学部生側も耳には入ってんじゃない』

「……すみれ達が文化祭でどんな催しをするか知ってる?」

『講堂で演劇だったよ』

「まさか天安門の!?」

『それはない』


 雫の考えはぴしゃりと穂波に否定された。


『何の演劇をするのか総会で話してるし』

「じゃあ何の演劇を?」

『それは知らない。私、総会の文化祭会議に参加してないし』

「1週間休むのは演劇の練習?」

『ん〜? どうだろう? 私は出演するって聞いてないよ』


 それには雫も同じだった。すみれは文化祭で何かをやると言ってはいたが、去年と同じで当日は皆で見て周ろうと言っていた。


「急遽演目を変えたとか?」

『1週間で?』

「いや……分かんないけど」

『深く考え過ぎだって。せいぜい嫌がせを受けないようにひっそりと準備してるだけだよ』


  ◯ ◯ ◯


 穂波との通話後、雫はベッドに横になってすみれのことを考えた。


 勉強会は怪しかった。

 すみれは文化祭まで休むと明言した。

 さらに会えないとも。

 それは文化祭の演劇に関わっていると。


 穂波は大したことはないと言うが、やはりどこかおかしい。

 明日、大学に行ってすみれを探してみよう。

 もしかしたら会えるかもしれない。そこで直接問いただしてみよう。


 まずはどのようにして探してみようかと考えてたその時。


 スマホから着信を音が鳴った。


 穂波かそれともすみれか。

 だけどスマホ画面に表示された名前はどちらでもなかった。


 深山鏡花。

 深山家の令嬢で、別の案件で雫の頭を悩ませている相手。


 今は通話する気はなかった。

 でも、相手はそうでないようで、なかやか通話音が鳴り止まなかった。


 仕方ないので雫は通話に出る。


「もしもし?」

『やあ、こんばんは』

「この電話番号はどこで?」

『どこって、それは君たちのパーティーのスポンサーになった時、交換したではないか』

「……そうでしたね。で、何用で?」

『今度そちらの大学で文化祭があるだろ?』

「ええ」


 なんとなく嫌な感じがした。

 通話に出たことを雫は後悔した。


『藤代優こと井上風花を案内してやってもらえないかな?』

「文化祭に来る気ですか?」

『そりゃあ、彼女は高校生だからね。大学の文化祭に興味があってもおかしくないだろ?』

「すみませんが予定があるので」

『そうか。それは残念』


 意外にもすぐに引き下がった。

 少しはぐいぐい粘られると覚悟していたから拍子抜けであった。


『そういえば、そちらで何か問題でもあったのかな?』

「……立て籠もりですか?」


 これが狙いかと雫は考えた。本当の通話目的はこちらなのではないか。


『何やら物騒だね』

「終わったことですから」

『やはり女の子独りでは心細いのではないだろうか?』

「物騒なら文化祭なんてしませんよ。それに不安に思うなら来なければいいだけですし」

『それもそうだね』


 鏡花がおかしそうに喉奥で笑う。


『彼女にも伝えておくよ』

「はい」

『では失礼した』


 そして通話が切られた。


 ──もしかして本当に来るのかな?

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