第230話 Pー7 勉強会

 月曜日となって雫は大学に向かった。

 途中、駅で穂波と合流。


 いつもなら車内か駅で紗栄子や花菜、すみれとも出会うのだが、今朝はいなかった。


「あの2人は寝坊かな?」

 と穂波は憶測する。


「そうだね」


 違うだろうなと思いつつ、雫は相槌を打つ。


「すみれは今日から……だっけ?」

 穂波は自信なさげに聞く。


「うん。今日から登校だって」

「ふうん。……でも、いないね」

「先に行ってるのかも。何か手続きとかあるんじゃない?」

「文化祭前で良かったよね」

「さすがに文化祭跨いだら長くなるからね」


 文化祭は来週、23日の日曜と祝日振替休日となった24日の月曜を合わせた2日間で行われる。


「そうだよね。総会で何をするとかテント場所とか色々決めたもんね。不参加となれば結構穴開くしね」

「そしたらサークルに所属してない私達学生も強制参加させられるかもね」

「だから設営準備期間が始まる今日から登校なのか」


 理解したように穂波は頷く。


 そう。今週から学園祭の設営準備期間が始まる。あの件で多くの人が処罰を受けた。もし全員が不参加となれば、最悪、学園祭も休止になっていたかもしれない。


 ──もしかして、すみれ達らそれも考慮していた? ……ううん。さすがにそれはないよね。偶然よ。偶然。


  ◯ ◯ ◯


 大学の最寄駅に着き、雫は穂波と談笑しつつ、紗栄子達とすみれの姿を探すが見つけることはなかった。

 けれどすみれとは大学の掲示板前で会った。


「おはよう」

「おはよう。あれ? 紗栄子達は?」

「まだ見てない。遅刻じゃない?」

「ふうん」

「よ! すみれ、元気にしてた?」


 穂波がすみれに普通の挨拶をする。


「うん。元気だったよ。てか、見舞いに来てくれても良かったのに」

「何が見舞いよ。病人じゃないくせに」

 と穂波は笑う。


 すみれに対して普通に接してくれているので穂波は大丈夫だなと雫は安心した。


「リモートって、どんな感じ?」

「まあ一言で言うなら楽ね。部屋の中で足を伸ばして講義を受けられるんだもん」

「AIとか使わなかったの?」

「AI?」

「ほら、顔と音声のデータを入れて、あとはAIがやってくれるやつ。代返AI」

「……ああ。あれね」

「そんなのあるの?」


 雫は聞いた。


「ちょっと前に留学部が使ってたやつよ。AIが代わりに受け答えするから。タイマーさえセットすれば寝ている間に出席するやつよ」


 すみれが溜め息交じりに言う。


「へえ。そんなのあるんだ」

「雫、知らないの? 問題になったじゃん」


 穂波がどこか周囲を気にしながら聞く。

 声音もどこか小さい。


「問題?」


 何かやばい話なのか。雫も釣られて声音を小さくする。


「留学部が皆……というかほとんどが使ってて、講師が質問して問題になったやつよ」

質問?」

「奴ら中国人にとってタブーとなってるあれよ」


 中国人、そしてタブーという言葉でヒットするもの。

 それは──。


「天安門?」

「そうそれよ」

「つまり講師が生徒に質問させてAIかどうかを確認したってこと?」

「そう。しかもAIも引かずに『講義から逸脱しています』とか言い返したり、それにまた講師が腹を立てて民主主義やら独裁政権ついての質問とかするのよ」

「へえ。で、最後はどうなったの? AIだってバレて欠席扱い?」


 それに穂波は静かに首を振る。


「ううん。最後は講師がクビになったのよ」

「クビ? なんで?」

「結局は中国の顔色が大事ってことよ」

 すみれが吐き捨てるように答える。

「でもその代わりにリモート出席は駄目になったのよね」


  ◯ ◯ ◯


 紗栄子達は授業が始まる少し前に入室してきて、後ろの席に座った。

 そして授業が終わるやすぐに退室。


 明らかにすみれを避けていると雫は感じた。


 すみれと穂波は気付いているのかと様子を伺うが2人は紗栄子達に気付いた様子は見受けられなかった。


 だがそれはあくまで見受けられなかったのであって、本当は紗栄子達に気付いて知らぬフリをしているのかもしれない。


 その紗栄子達と接触があったのはすみれと穂波が受講していない5コマ目の授業の前だった。

 廊下で紗栄子に声をかけられ、雫は内心溜め息を吐きながら応対する。


「あんた達……」

「ごめんって。いや、ほら、なんかどう顔を合わせればいいのか分からなくてさ」


 と紗栄子達は乾いた笑みを貼る。


「で、すみれ、どうだった?」

「どうとは?」

「おかしくなかった? 大丈夫? 問題ない?」

「問題ないわよ」


 雫は呆れたように返す。


「盲信とかは?」

「何よ盲信って?」

「いやあ、なんて言うか、ハハ」


 紗栄子は笑って誤魔化す。


「で、すみれは帰ったの?」

「違う。なんか勉強会だって」

「勉強会、何それ?」


 花菜が怪訝そうに聞く。


「休んでたぶん、理解に遅れがあるからって、先輩や有志の方々が勉強会を開いてくれているんだってさ」

「その勉強会は単位くれるの?」

「出るわけないよ」

「なのに勉強会に行くんだ」

「授業内容に遅れないためでしょ?」

「本当にそれだけ?」

「それ意外何があるのよ?」

「……別に」


 花菜はそっぽを向いて答える。

 それに雫は心の中で溜め息を吐く。


  ◯ ◯ ◯


 5コマ目の講師はすみれが受講している別の授業の講師でもあったため、紗栄子は講師に呼ばれて、すみれにプリントを渡すようにと頼まれた。


 そしてプリントを受け取って雫達の下へ戻ってきた紗栄子は、


「お願い。これをすみれに渡しておいて」

 と両手を合わせて雫に頼む。


「あんたが頼まれたんでしょ?」

「ごめん。私、用があるから。お願い」


 雫は絶対嘘だと心の中で毒づき、これを機にすみれと紗栄子の関係を戻すことができるのではと期待したが、


「まじで今日、バイトなの」


 と急いでスマホを操作してシフト表を表示させた画面を雫に向ける。

 確かに今日の日付にバイト時間が入っていた。


「私は無理よ。学園祭の準備があるし」


 花菜は自分に話が振られる前に告げる。


「ね、お願い。今度、代返するから」


 紗栄子は雫に強くお願いする。


「……分かった。今日だけだからね」

「ほんと助かる。ありがとう」


  ◯ ◯ ◯


 そして雫は勉強会があると聞いていた教室に向かったが、勉強会は終わったのか人の姿がまぼらであった。


「何か?」


 と呼ばれて、雫は振り向き、少しだけ驚いた。

 とあるグループの1人が話しかけてきたのではなく全員が雫に話しかける形となっていたから。


「この教室に何か?」


 ショルダーヘアーの女性が聞いてきた。話し方は大人っぽさがあるが、見た目から推測するに歳は雫より少し下と考えられる。


「え、えっと、勉強会があると聞いてきたのですが……」

「勉強会の出席者ですか?」


 グループから次に男性が前に出て雫に問う。

 どこか突っぱねるかなような問いかけだった。


「私ではなくて、友人が」


 彼らは合わせたかのように一度口をつぐみ、そしてショートカット女性が、「お名前は?」と聞いた。


「勉強会は終わったんですね。すみません」


 怖く感じて雫は逃げるようにその場を去った。


 校舎を出て、一息つくと手汗が出てることに雫は気付いて、ハンドタオルをカバンから取り出して手を拭う。


 そして背後の校舎を伺うと窓からあの一団が雫へと目を光らせているのに気付いて、雫は喉奥で悲鳴を出したあと足早に逃げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る