第229話 Pー6 反応
すみれ達が部室棟に立て籠った事件は日を跨ぐうちに解決された。
大学側もことを大きくしたくないのか、すみれ達は自宅謹慎処分を受け、講義などはリモートによる出席となる軽い処分に終わった。
「立て籠ったと聞いた時はびっくりよ」
今日の講義が終わって雫は、すみれの様子を見にアパートにきていた。
「準備が足りなかったわ」
「何よ準備って。立て籠ってどうするのよ」
「どうもこうも。抗議よ。おかしいでしょ? 留学部のやつら」
すみれはまだ火は消えていないのか、怒気を孕ませていた。
今回の部室棟の立て籠もり事件は中国人留学部生という学生達が起こした数々の犯罪行為に対して、大学や警察の対応に不満があって起こしたものだ。
「あいつらろくに日本語も覚えずにやって来て、毎日遊んでばっか。しかも犯罪まで手を染めてるし。知ってる? 中国では麻薬等は厳罰で恐ろしいから、日本に来てキメてんのよ」
「そうなんだ」
「しかも日本の警察にバレても問題にならないし。置き引きだって、微罪処分よ。ふざけんなっての!」
「落ち着いて」
雫はなんとかすみれを落ち着かせようと宥めるが。
「和解しろって何様? 『慰謝料を釣り上げようとしているのか』と聞かれたのよ。ほんと、最悪。あいつらきっと金さえ出せばなんとかなると思ってんのよ」
「落ち着いて!」
雫はつい声を大きくした。
「……ごめん」
「すみれが中国人留学部生に憤りを持っているのは分かったから。今はちゃんとリモートで講義に出席して、レポート書いて」
「分かってる」
すみれはつまらなさそうに顔を背ける。
「花菜達は?」
「色々と忙しくってね」
「ふうん。今日も忙しいんだ」
「う、うん。あの日から大学も結構ピリピリしててね。慌ただしいんだ」
「ふうん」
本当は違っていた。
すみれが立て籠もりをしたとなり、花菜達は少しづつだが、距離を取ろうとしていて、紗栄子に至っては話題にも入りたくないくらいだ。
「いつ復帰だっけ?」
「来週の月曜からよ」
「早いわね。良かったじゃない」
「そうね」
そこですみれは笑う。
喜ばしいことなのだが、その笑みに雫はどこか引っ掛かりを感じた。
「復帰祝いに皆でカラオケにでも行こうよ」
そして皆との友好を元に戻そうと雫は画策した。
「いいね。でも、すぐには無理かな?」
「どうして?」
──もしかして花菜達のことに気付いている?
「リモート講義だったぶん、分からないところを皆で勉強しようってことになってるの」
「皆……って?」
「処分受けた人」
「え!?」
「待って、待って。大丈夫だから、変な勉強会じゃないから。先輩がさ、迷惑をかけたから責任感じて催してくれただけよ。それに有志の方もいてね」
「有志の方?」
「そう。勉強のね。だから怪しい集まりじゃないから」
「なら……いいけど」
◯ ◯ ◯
すみれのアパートを出てすぐに花菜からスマホに着信がきた。
雫は近くの公園のベンチに座り、
「もしもし」
『どう?』
主語のない質問だった。まあ、花菜が何を聞きたがっているのかは分かっていた。
「どうって何?」
『すみれのことよ。おかしくなかった?」
「普通よ」
何をもって普通の中は分かりかねるが、言動に問題は見られなかったので、雫は普通と答えた。
『本当?』
雫は疑うような質問に辟易し、
「だったら、会いに行きなさいよ」
『だって〜』
花菜は甘え声で困った声を出す。
「だってじゃないでしょ。来週の月曜から復帰だからね」
『え? 本当なの? お咎めなし?』
──何よ。お咎めがあったほうが良かったみたいな反応は!
「無いわよ。立て籠ったといってもバリケードもほとんど無しで鍵かけて部屋にこもったくらいでしょ。それにすみれ達の方にも言い分はあるんだし」
『でもね〜』
どこか不満そうな声を出す花菜。
「何よ。厳罰希望みたいな言葉ね」
『そうは言ってないわよ。ただ……ほら、危険な人達っているじゃん?』
「危険?」
『ほら左翼系の。やっぱああいう危険思想家は処罰されるべきじゃない?』
「左翼って。そんなのに危険な人達いる?」
『いるいる』
花菜は強く言う。
『こそこそ勉強会とかしててさ』
勉強会。
その言葉に雫はどきりとした。
その単語は先程すみれから聞いた言葉だ。
──でも、あれは有志や先輩達によるリモート講義を受けた学生達のための勉強会。危ない勉強会じゃない。
雫は慌てて否定した。
それに気付かれたのか、
『どうしたの?』
「ん? ううん。何もないよ」
『もしかして勉強会するって言ってた?』
「言ってないわよ。そんな左翼が集まるような勉強会に出席なんて」
『本当に?』
「本当よ。そんな勉強会より復帰祝い話をしたわよ」
『復帰祝い? 何それ?』
少し棘のある聞き方だった。
「カラオケとか」
『う〜ん。わざわざする必要ある?』
「しようよ」
『まず皆で話し合ってからしましょ?』
「もちろん。紗栄子達にも言っておくから」
『分かった。じゃあね』
通話が切られ、雫はスマホの画面を見て息を吐く。
そして地面を見ると夕陽によって、影が伸びていることに雫は気付いた。
自分の影が右斜めに伸びていた。
その影は一つではなく、左手にもう一つ──。
雫は影の方に振り向くと悲鳴を上げた。
「きゃあぁぁぁ!」
そこにはすみれがいた。
逆光のせいか顔の表情が分からない。
「い、いつからいたの?」
跳ね上がった心臓を宥めつつ雫は聞く。
「ちょっと前」
低い声音ですみれが答える。
「ねえ? 花菜から?」
「う、うん。花菜も心配で連絡してくれたんだよ」
「どうして私ではなく雫に?」
「さ、さあ?」
雫は乾いた笑みを張る。
「これ忘れ物」
すみれは手に持ってたハンカチを向ける。
「ごめん。忘れたのね」
ハンカチを受け取り、
「それじゃあ、また月曜にね」
と言い、雫はその場を後にする。
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