第124話 EXー3 偽りのデスゲーム
人間とは本当に面倒な生き物である。
葵達AIは彼らをゲーム世界に閉じ込める前、何度もシミュレーションをした。
まずプレイヤーに一部情報を開示した上で協力を申し込んだ演算。
さらにプレイヤーには決して不満を抱かせない贅沢な生活を提供した。
しかし、結果的にはプレイヤーの暴動で終わった。例え裏からストレスを操作しようが、また一部暴走気味なプレイヤーを沈静化させても最終的には手のつけない暴動に終わった。
逆にディストピア風にプレイヤーを管理させたが、これもまた暴動に終わった。
葵達はその後も幾重に演算をした。その結果、最もストレス操作ができたのが皮肉にもデスゲームだった。
本来なら誰もが不安になり、最も暴動が起こりやすい事が逆に人間を操作するのに手っ取り早かった。
人間というものは自分は
そして葵達はデータを元にプレイヤーを閉じ込める舞台を用意した。
全て万事滞りなく進むはず──であったのだが。
◯ ◯ ◯
「ふう〜」
タイタン側の首都カシドニアにある都庁ビル45階の都知事室でロザリーは下界を見下ろして溜め息を吐いた。
「アヴァロンの方はまだなのか?」
首都カシドニアで都知事を務めるセブルスは部屋に合わない安っぽい回転椅子に座り、都知事用の事務机に肩肘をつき、ロザリーに背を向けつつ聞いた。
都知事ではあるが現実世界のような都知事としての仕事は全くない。ゆえに事務机には私物があるだけ、都知事室にも基本葵達ぐらいしか訪ねてこない。
「ストーリーイベントも今日で終わりよ」
ロザリーはどこか呆れ気味に言って、額をウィンドウに押し当てる。
「そっか。なかなか思う様にはいかないな」
「セブルスは……やっぱいいや」
「なんだよ。気になるじゃんか」
セブルスは椅子を回してロザリーへと向く。
「別にたいしたことでもないし」
「たいしたことないなら言えよ」
「……分かったわ」
ロザリーは肩を落として言った。そしてソファーへと座り、テーブルを挟んで向いにセブルスが移動した。
「今さらだけど、デスゲームって間違ってたかも」
「本当に今さらだな。でも、やっちまったもんは仕方ないさ。これが一番マシだったんだ。それとも今からでも全員眠らせるか?」
「眠らせるのは駄目でしょ。彼はどうするのさ?」
「……だよな。やっぱ計画通りにだよな」
セブルスは一拍置き、
「でもさ、お前は不安なんだろ?」
「まあね」
計画前の不安要素。そして新たに生まれた不安要素。その二つが結びつくことにより、自分達の手から零れ落ち、計画に破綻を生み出してしまうかもしれない。
今のところはプレイヤー達も手の内で踊ってくれている。でも、いずれ外れるものが現れる。それをどう対処すればいいのか。何度もシミュレーションをして良案を絞る。
「シャキッとしな!」
セブルスに肩を叩かれた。
いつの間にか対面から左横に移動していた。
「いつもの生意気な子供っぽいキャラはどうした? 辛気くせえのは似合わねえっつうの」
そしてもう一度、ロザリーの肩を叩く。
「あーもう、うざい」
と言って席を立ち、ドアへ向かう。
「帰んのか?」
「仕事があるからね」
「次のイベントか?」
「まあね」
と言うとロザリーはドアを開けて部屋を出るのでなくタイタン側のフィールドから消えた。
ロザリー達AIは歩く必要もなく自由にゲーム世界に出入りできる。
そしてロザリーが出て行くと同時にマルテが入室した。
「なんだよお前ら。まだ仲直りしてないのか?」
「何のことで?」
マルテは小首を傾げ、ソファーに座る。
するとテーブルの上に紅茶の入ったカップが生まれる。
湯気が昇り、紅茶の香りが嗅覚を刺激する。セブルスもまた紅茶を生み出した。
「あら? 紅茶ですの? イメージ的にはウォッカでは?」
「あのな。仕事中に酒なんか飲めるかっての」
「仕事なんてないでしょうに」
マルテはカップを持ち、紅茶を一口飲む。
「管理がうちの仕事だ!」
そしてセブルスも紅茶を一口飲む。
「で? 何用だ?」
「用がないと駄目ですの?」
「駄目だ」
「ひどーい!」
と言いつつも笑顔であるマルテ。
「まあ一応、話はあるのですけどね」
「なんだ?」
「次のイベントですが──」
「余計なことをするとロザリーがぶち切れるぞー」
マルテが語る前にセブルスは口を挟んだ。
「むぅ、しませんよー。私が言いたいのは次のイベントはちょっと初心者よりではありませんかという疑問ですぅ」
「それは前々から話し合っただろ?」
「でも、それだと彼の存在が目立っちゃいません?」
「まあ人でないぶん、行動には目立つかもな」
「でしょ? なら、彼が目立たな──」
「それを余計と言うのよ!」
邪魔が入った。その言葉はセブルスからではなくマルテの後ろから発せられた。
急に現れた声にマルテは凍りつく。
声の主はマルテの頭を両手でがっしりと掴み、力を込める。
「いたのですか? てっきり帰ったものかと」
「私がいなくなった後、アンタが来ると踏んでいたのよ」
というのは嘘で。本当はたまたまここの
「絶対に余計なことはしないこと。仕事だけしてなさいよ!」
「で、でもぉ」
「でももへちまもないわ。マリーがいるから大丈夫よ」
と言ってロザリーは掴んでいた頭を両手から離した。そしてセブルスの隣に座った。
マルテは不満そうに唇を尖らす。
「私は心配なんですよ。クルエールはとっても厄介な存在です。イベントの度にクルエールが出てこないか心配なんですよ。もし彼が接触したら……」
「接触しないようにしてるから」
「しかし、クルエールはプレイヤーと接触したじゃないですか?」
そう。ユウとアリスはクルエールと接触した。しかも両名は別のゲームプレイヤー。イベントフィールド以外で接触は出来ないにも関わらず。
「あれはどちらかっていうとフィールドよ。フィールド。クルエール本人がタイタン側に来たわけでないの。二人がクルエールのフィールドに誘導されたのよ。勿論、ここではクルエールが彼を自身のフィールドに誘うことはできないわ」
もしそれが出来るなら初めからプレイヤーでなく彼を誘っていた。マリーが見張っているからという問題でなく、出来ないのだ。
「ならイベントフィールドではますます危険性が──」
「イベントフィールドは私達が作ったもの。介入はできないわ」
「では、プレイヤーとクルエールが融合すれば?」
融合。
クルエールがそれを望み、ハイペリオンが認めようとしていること。
「勘違いしないで。そもそも融合体が生まれるのではないの。あくまで虚数の裡に縛られるだけよ。むしろ今より安全になるかもしれない。勿論、アリスの中に入ると危険性は少しはあるけどさ。それでも、ここいるプレイヤーは──」
「分かってますわ。それくらい」
マルテはロザリーの言葉を遮る。そして視線を横に逸らし、どこか遠いものを見るように、
「……ただ形而上であって欲しかったですわね」
「AIである私達がそれを語る?」
ロザリーは苦笑した。
そこでセブルスが両手を鳴らした。
「よし。仲直りも憤りも解消したことだし、皆で飯食うか」
「えっと、あんた何言ってるの?」
「そうですわ。別に喧嘩なんてしませんわよ」
そこへ葵とヤイアも部屋に入ってきた。
「葵にヤイアどうしたの?」
「? セブルスに皆で飯を食うからここに集まれって」
「はい。私もです」
「あんた、妙に静かだと思ったら……まあ、いいわ。飯にしましょう」
「ですわね」
とロザリーとマルテが席を立つ。そしてロザリーはメンバーを見渡して、
「マリーはどうする?」
「一応呼んだんだけど。無理だってさ」
「真面目ねー。少しくらいサボってもいいんじゃないの?」
「私達とは仕事内容が違いますからね。一応私の方からも連絡しておきますね」
葵が苦笑いして言った。
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