第63話 Rー4 黒木②
「……ということで花田さんには囮になってもらいます」
朝方、外事課総合情報統括委員会の部屋にて深山に黒木が自分をマークしていること。そしてそれに対して囮捜査する旨を告げられた。
「でもよ、俺を調べてるだけだろ。例の女子高生と接近したからって理由でさ。実際にはこっちも探してるんだし。意味あるか?」
花田は後頭部をかきながら疑問を呈する。
「向こうはあなたが接近する可能性があると思っているのでは?」
「俺が探し当てるって? 無理だったろ。それに公安だってなんの手掛りもなしだろ?」
公安もまた女子高生を見つけることはできなかったという。そして今、公安は黒木とJ・シェヘラザード社を調べている。深山たちは李氏を。花田は田宮信子の生前の動向を担当している。
「……ええ」
深山は困ったように息を吐く。
「まあ、いい。それで俺はどうすればいい?」
「女子高生を見つけたと嘘の情報を流し、貴方がその女子高生に面通しをするという状況を作ります。それで相手の動向を探ります。……まずは」
あまり気乗りでないのが言葉から伝わってくる。
「そのダミーの女子高生に被害がでるのでは?」
「大丈夫です。嘘なので女子高生は用意しません」
○ ○ ○
会議のあと花田はスマホの画面に娘の名が表示されたので部屋を出た。廊下で通話に出ると娘でなく鏡花であった。
「どうしてお前が?」
『すまない。娘さんの名を借りさせてもらった。ああ、娘さんのスマホからではないので』
「どうしてこんなことを」
『まず、連絡先の交換をしてないだろ』
「だったら教えろよ」
『それは駄目だ。君は公安と黒木たちにマークされているんだ』
「だからって娘の名を語るな」
『それはすまない。一番掛かってこないのを使ったのだが』
それを聞いて花田はこめかみをひきつらせる。
『それで捜査方針はどうなった?』
「教えると思うか」
『だろうね。だから九条くんから聞いた』
――ならいちいち捜査方針はなんて聞くなよ。
『鉢合わせさせよう』
「鉢合せ? それは優と俺を会わせるということか? それ大丈夫か? てか、どうやってだよ。ダミーは用意しないって言ってたぞ。それに公安もいるんだぞ?」
『何、大丈夫だよ君。プランはこちらで考えるから任せておきたまえ』
「あ、おい!」
まだ言いたいことはあったが一方的に通話を切られた。
○ ○ ○
深山から指示された仕事は簡単だった。
三鷹駅から徒歩10分離れたところにあるビルの3階に喫茶店がありそこに警視庁の警官が女子高生を呼んでいて花田が後から客のふりしてやってきて面通しをするということ。もちろんそれは全てを嘘でビル3階には喫茶店はないし女子高生、警視庁の警官もいない。
花田はエスカレーターでビル3階へと上がる。
「本当に上手くいくのか?」
エスカレーターの中、花田はインカムで深山に問う。
『……正直わかりません』
その声音から深山自身も疑っているようだ。
「この作戦は誰の発案だ?」
『それについては答えられません』
花田はインカムを切り、大きく息を吐いた。
エスカレーターは3階に着き、花田は指定された部屋に向かう。
誰もいないとわかっているが一応ノックして部屋に入った。――しかし、
「え!?」
なんと誰もいないと思われていた部屋には優がいた。椅子に座り、文庫本を読んでいた。
「どうしてお前が!? 鉢合わせってまじかよ。というか、どうやってここに入れた?」
花田は眉間に皺を寄せて尋ねる。
「私がいれば向こうは絶対動くでしょ。ああ、それと深山さんには秘密ですよ」
「わかっ……」
そこでインカムから通信が入る。
スイッチをオンにすると、
『花田さん、今すぐそこを離れて下さい』
深山の切羽詰まった声が届いた。
「どうした?」
すぐに問いただしたがインカムからはブチッと音がした。
「おい!」
だがその後は深山からの応答はなくインカムからはノイズ音だけが聞こえる。
「これもお前らの仕業か?」
「いいえ。これは明らかに向こうでしょう」
優は立ち上がりスクールバッグから拳銃を取り出し、それを花田に向け投げる。
拳銃を受け取った花田は、
「何物騒なものを……」
「こっち」
花田の声を遮って優は部屋を出る。そしてエスカレーターではなく階段で上へと向かう。
「上に行くならエスカレーターの方が……」
「止まってるよ」
「なぜわかる?」
「奴等が来たらエスカレーターを使えなくするように計らっているので」
二人は最上階の10階まで階段で上った。花田は多少だが足に疲れを感じていた。少し休憩したかったが優が疲れを見せずに進むので大人である自分が甘えてはいけないと何も言わず後ろを追う。
10階の廊下はほこりだらけで足跡がつく。
優は迷うことなくある部屋に入る。その部屋は壁全てが緑色に統一されている。どこか番組製作が使うCG加工用の部屋のようだ。窓からは隣のビルの屋上が見える。隣のビルとの距離は短いので飛び越えて移動も難しくはなさそうだ。
「ドアは半開きで」
ドアを閉めようとする花田に優は注意をする。
「作戦は?」
「簡単です。やって来た奴を殲滅するだけです」
部屋に脚まで隠れる緑色の大きなテーブルクロスが掛けられているテーブルがところかしこにある。椅子はなくテーブルだけの不思議な部屋だ。
部屋中央にテーブルがあり、そのテーブルの近くにある別テーブルに優は隠れ、花田にはドアと反対側にある壁際付近のテーブルに隠れるように指示する。優はインカムを装着し、
『聞こえますか?』
登録もしていないのに割り込んできた。電子機器に強い仲間でもいるのだろうか。
「ああ」
花田は渡された銃を見る。
黒光りする自動拳銃。銃に詳しくないので名前は知らない。自分が使用したことない拳銃であるのは確かだろう。
「これどこで手に入れているんだ」
『乙女の秘密です』
優は両手をスカートの中に手を入れ、拳銃を2丁取り出した。
『なんですその目は? やらしいですよ』
「なんてとこから拳銃を出すんだよ」
『スカートから拳銃って格好いいじゃないですか』
その言葉に花田は額を押さえる。
『そろそろ、お出ましですよ』
そう言うが耳を澄ませても何も聞こえない。
『相手は黒木と軍です。数は計5名。手加減は無用ですよ』
「軍!? どこの?」
『表向きは所属不明ですが。これは中国ですね』
「勝てるのかよ」
『大丈夫です。作戦通りにすればいいだけです』
「そろそら教えてくれ。作戦とは?」
『今から来る奴は皆、プリテンドです。クラッキングで視覚を奪います。まず初めに私が攻撃を仕掛けます。私は窓から飛び下り、隣のビルへ移動します。奴等はすぐに追いかけてくるでしょう。貴方は私が合図をしたら攻撃を始めて下さい』
○ ○ ○
半開きのドアが勢いよく開くと迷彩服の武装した兵が二人俊敏な動きで部屋の中へと入ってくる。二人の内ドア側付近にいた男が外の人間に右手で合図を送る。
そして部屋にまた三人が入ってくる。内一人は黒木だった。黒光りしたライダースーツのような服装であった。右手には拳銃が握られている。
なぜか彼らは他には目を凝らさず一直線に部屋中央にあるテーブルに向かう。そして距離を取り、黒木が一人に合図を送る。一人はテーブルに回り込み、テーブルクロスを剥ぎ取る。
同じタイミングで優が立ち上がり彼らに銃撃を開始する。4発の銃声が鳴る。
殺られたのは武装兵二人。それぞれ頭を1発ずつ撃たれている。残りの2発のうち1発は黒木の持つ拳銃を撃っていた。
残りのクロスを剥ぎ取った男と黒木の盾のような男が急いでライフルを優に向けトリガーを引く。だがその頃には優は回避行動を取っていた。窓から飛び込み、隣のビル屋上へ。
黒木は優を追いかけるように指示する。残りの兵が隣のビルへ移動したところで、
『今です! 黒木の方、よろしくお願いします』
花田は立ち上がって、拳銃を黒木の背中に向ける。
「警察だ。両手を頭の後ろに、それからゆっくりうつ伏せになれ」
しかし、黒木は言うことを聞かない。じっとしている。
「まさか彼女たちとグルだったとは」
「グルではない」
黒木はゆっくり振り向く。余裕があるのか笑みを浮かべている。
「拡張、いえこれはCGを使った視覚クラッキングですか。やってくれましたね」
花田には優たちがどのような手段を使ったのかわからないが黒木の発言から視覚を奪ったのだろうと推測する。部屋に入ってきたとき他のテーブルには見向きもせずに中央のテーブルに向かったのは、他のテーブルは見えていなかったということか。
「拡張なら室内の広さやテーブルはごまかせませんしね」
「それよりお前たちの目的はなんだ?」
「ご存知ないと?」
黒木は意外だと眉を上げた。
「知ってたら聞かないだろ」
「なるほど、お仲間ではないと」
「両手を頭の後ろに」
黒木はにっと笑うと、距離を詰めようとすばやく跳躍する。そして背中にあるナイフを抜こうと手を後ろに。
しかし、あるはずのナイフがない。顔に驚愕の表情が。
優が撃った最後の弾は背中のナイフだった。
花田は銃口を少し下に向け、黒木のふくらはぎを狙った。
黒木は痛がることなく倒れる。
「抵抗はするな」
花田は手錠を取り出して黒木の両手首に嵌める。
そこでインカムから通信が入る。オンにすると深山の声が。
『花田さん無事ですか?』
「ああ、無事だ。黒木を確保した」
『分かりました。すぐに応援を寄越します』
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