第130話 Tー9 ジョブチェン(タイタン)
アリスは新しいジョブ、ガンナーを手に入れてケイティーから指南を受けていた。
今いるのはレオパーティーが持つ射撃訓練場。長いカウンターがあり、等間隔に仕切りがある。カウンターの向こうは暗く、そしてはるか先に光がありボードが見える。そのボード中央には同心円の的が。
「まず右撃ちで試してみて下さい」
「わかった」
同心円の的にアリスは照準を狙いトリガーを引く。
乾いた音が訓練場に反響する。
「弾が無くなるまで撃つように。弾は無限にあるから遠慮せず撃ち続けること」
しかし、無限にあるはずの弾が切れた。
「あれ? 弾切れだよ?」
「リロードですよ」
ケイトは苦笑して答えた。弾は無限にあれど、弾倉内に入る弾は制限がある。
「あっ、そっか」
弾倉を抜き、もう一度その抜き出した空の弾倉を入れる。ゲームではそれでリロードとなる。
弾が充填されアリスは再度トリガーを引き、弾を放つ。
それからアリスは何度も空になるまで撃ち続ける。
「良し。もういいですよ」
「何発撃ったのかしら?」
アリスは息を吐く。ゲーム内ゆえ肉体的疲労はないが単純作業をし続けると精神的疲労は蓄積される。
「三千発ですよ」
「数えてたの?」
「いえ、そこに表示されてますよ」
カウンターに横に長いブロックあり、表面に3011と表示されている。
「これ撃った弾の数なんだ」
「ではでは、どれだけ当たったのでしょうか」
ケイティーはカウンターにある終了マークをタップ。
すると遠くのボードがアリスの下へ近付いてくる。
同心円の的には赤い点が散りばめられている。そしてボードの右上には131と数字が記されている。それは的に当たった弾の数。
「約4%ですか。全然ですね」
しかもそのほとんどが端。中央には程遠い。
「なんでこんなに低いの?」
アリスはショックを隠し切れないようだ。
「スピードスターに頼りすぎたんですよ。あれは自動補正で照準さえ合わせたら当たるようになってますからね」
「でも約4%は低すぎるよね」
がっくり肩を落とすアリス。
「まあまあ、ライフルから拳銃に変わったのですから致し方ありませんよ」
「あと気づいたんだけど弾倉外すのって左手必要よね。それって2丁拳銃は無理ってこと?」
「スキルで銃口を上に向けるとリロードってのがありますかは大丈夫ですよ」
「本当! よかったー」
「でもそれにはガンナーのジョブをマスターしないと駄目ですね」
「ねえ、ここで練習したらジョブレベル上がる?」
アリスは期待を込めて聞いた。
「上がりません。ジョブレベルを上げるには実践あるのみです」
「ええー!」
「さあ練習ですよ。次は左で」
「? 何で?」
「2丁拳銃を目指しているなら左撃ちを経験してみるべきです」
「わかった」
訓練プログラムをセットして、今度は左撃ちで的を狙い始めるアリス。
◯ ◯ ◯
「約2%。右の半分以下ですね」
「うぅ、だって利き腕ではないんだもん。左撃ち始めてだし」
アリスはしょんぼりして言う。
「次は左右撃ち。つまり2丁拳銃で」
「できるの!?」
今のアリスでは武器は一つしか扱えないはず。
「ここは訓練場ですから。お試し機能があるんですよ」
と言ってケイティーはカウンターに嵌め込まれたタッチパネル式の液晶画面を操作して、スキル2丁拳銃とクイックリロードをタップしてアリスでも使用可能にできるようセットする。
「あっ、でも私、拳銃一丁しか持ってないや」
「一丁だけでも大丈夫ですよ。その場合は同じ拳銃が生まれるで」
ケイティーの言う通り、同じ9ミリ拳銃のシグがカウンターに現れた。
「これで私も2丁拳銃ね」
「いえ、訓練ですからね。本当に2丁拳銃使いになりたければスキルを習得すればいいですから」
「もう、わかってるわよ。野暮な事は言わないでよ。……って、あれ? でもエイラは前に2丁拳銃使いに会えばいいわねみたいなこと言ってたけど」
スキルを得られれば2丁拳銃も難しくないはず。それなのに2丁拳銃は難しいみたいことを言っていた。
「それにデュアルをお勧めしたけど?」
「まずは試してみて下さい。そしたらエイラさんが言ってたことがわかりますよ」
「? まあ、やってみるわ」
アリスは左右に同じ拳銃を持って訓練を開始する。
「あっ、忘れてました。クイックリロードも登録しておきましたので、リロードの際はトリガーを引きつつ銃口を上に向けるだけでいいですから。それと銃弾が0になってからリロードするように」
「オッケー!」
◯ ◯ ◯
「……難しいというか。その、こんなのって……」
「無理でしょ」
ケイティーはニヤリと笑って言う。
的には計6037発中17発しか当たらなかった。
「照準に合わせられないとはね」
「そうです。それに一つを合わせるともう一つは
右を合わせたら左が。左を合わせたら右が。目は左右にあれど照準を合わせるのは一つだけ。
勿論、先に一つを合わせて、その後でもう一つを合わせて撃つのも手である。だが、それだと時間がかかるし、その間にブレが生じる。射撃というものは、ほんの些細なブレで的から大きく離れるもの。
ましてやリロードの度に合わせなくてはならないとなると面倒なものである。
「つまり2丁拳銃使いはいないってこと?」
「いませんね。せいぜいデュアルです」
しかし、絶対ではない。アリスのような2丁拳銃スタイルに憧れる者はいる。そして2丁拳銃スタイルをしている者は少なくはない。だが、そういった者のほとんどが下手っぴである。
仮に上手なものがいたとしても強いわけではない。なぜならゲーム内では大型のモンスターを退治するのが普通だからである。ゆえに2丁拳銃では火力が低く心許ない。
しかし、デュアルは違う。
「デュアルはどういう役割なの?」
「弾幕、挑発、誘導役ですね。主に巨大モンスター戦で活躍しますね」
「デュアル……ねえ」
「嫌ですか?」
「う〜ん。2丁拳銃の道は険しい?」
やはりどうあっても2丁拳銃に憧れるアリス。
「わかりませんね。今のところ2丁拳銃の道を突き進んだ人は少ないですし」
「うちのパーティーにもいないの?」
「残念ながらいませんね」
「何か上手くなるコツとかないの?」
「話によるとクイックショットを極めたらいいとか?」
ケイティーは疑問系で答える。
「クイックショットの訓練システムはある?」
「え? 諦めないんですか?」
「やるだけやってみようとね」
アリスは握り拳を作って言う。
「…………じゃあ、やってみましょうか」
◯ ◯ ◯
二人は2階の射撃訓練場に向かった。カウンターは一人用。
「さあ、こっちですよ」
ケイトは先にカウンターに向かい、あれこれと操作をする。
「ここはさっきとどう違うの? 一人訓練?」
「的が違うんですよ。……っと、これでオッケーと。さあ、練習ですよ」
「シグが一つだけなんだけど」
「まずは拳銃一丁で」
「それってさっきと──」
「的が違うって言ったでしょ。次の的はぱっと現れるんですぐに撃って下さいね」
「オッケー。クイックショットってことね」
ケイティーはカウンターに嵌められたタッチパネル式液晶画面から開始をタップ。
しかし、的はすぐには現れなかった。
ちゃんと始まったのかとアリスはケイトに聞こうとした時、モンスター型の的が現れた。
「あっ!」
アリスは急いで的を狙うが、トリガーを引いた時には的は消えてしまった。
「早く撃たないと駄目ですよ」
後ろでケイトが注意を言う。
また的が現れる。今度は先の的から右へと離れた所に。
「これも?」
アリスは銃弾を放ちつつ聞く。
「そうですよ。的は同じ所に出るわけではないですから。照準を合わせたら間に合いませんよ」
そしてまた的が現れる。今度は左上に。
◯ ◯ ◯
「あ、当たらない」
訓練が終わり、アリスは
命中させるのも難しいのに、早撃ちとなるとさらに難易度は上がる。
「これをクリアして次は左撃ちで。そして最後に2丁拳銃でクリアすれば2丁拳銃の道は近づくでしょう」
とは言うものの、今のアリスではかなり険しい道のりであろう。
「ちなみにケイティーはできるの?」
「2丁拳銃ですか? いえ全然。パーティー内では需要はないですからね」
「そう? 一人くらいはいてもおかしくない?」
「2丁拳銃は火力が低いですし。それならデュアルの方がまだ高速連射でダメージ与えられますから」
「でも対人戦とかで」
「基本PKは存在しませんが、模擬戦や公式戦なんかでもライフルの方が優位ですよ単発や3連発ができますし。それとクイックであるなら1丁で問題ありませんから」
「うう、肩身が狭い」
「まあ、まずは下の階の訓練場で的に当てる練習をしましょう」
「……うん」
◯ ◯ ◯
「……ということがありました」
ケイティーの報告にエイラは、
「そうなんだ。なんかごめんなさいね」
「気にしないで下さい。こっちも久々に初心に戻れた感じでしたし」
ここはリーダー室。今は副リーダーのエイラとケイティーしかいない。
「2丁拳銃は諦めたかしら?」
「どうでしょうね。でも、的に当てることすら難しいので諦めるかもしれませんね」
「さっさと諦めてくれると嬉しいのだけど」
とエイラは苦笑して言う。
「おや? エイラさんは反対ですか?」
「そりゃあ2丁拳銃なんてうちのパーティーに益はないもの。あまり自由にさせ続けるのも良くないのよね」
アリスがここに居続けれるのはリーダーであるレオの妹ということ、そしてこのデスゲームに囚われた初心者であるということの2つである。
しかし、特別視されていることに不満を持っているプレイヤーは多い。
今は愚痴の一つ程度だが、いつレオへ直接抗議をするのか分からない。
ゆえにエイラはアリスが早くパーティー内で有益な存在になって欲しいのだ。
「でもアリスさんはそこそこ活躍しているではないですか。この前のストーリーイベントのラスボスだってアリスさんの報告がなければパーになってましたよ」
「まあ、あれにはさすがに助かったわ」
つい先日、対デスゲーム用の大規模パーティーを作るために攻略班、有名パーティーから無名パーティーを集めてのラスボス攻略戦を執り行った。
そして、それが失敗しそうになった。だが、諦めかけたその時、アリスからの報告でラスボスを退治することに成功したのだ。
もし失敗していたら大規模パーティー計画は今ごろ白紙になっていただろう。
「大規模パーティーの進捗はどうです?」
「そこそこよ。あともう少しってとこね」
「それは良かったです。では私はこれで」
ケイティーはソファーから腰を上げて部屋を出ようとする。
それをエイラが止める。
「あっ、待って」
「なんです?」
「皆に言ってることだけど、大規模パーティーまであと少しだからイメージを悪くする行為は駄目だからね」
ケイティーはにっこり微笑み、
「大丈夫ですよ」
と言ってリーダー室を出て行った。
ケイティーが出た後、エイラは溜め息を吐いた。
ここ最近、ケイトが暴走気味だという報告を聞いている。
エイラはソファーの背もたれに寄りかかり、天井を見上げ溜め息混じりの息を吐いた。
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