第131話 Tー10 訓練

 アリスは最低一日一回は射撃訓練場で三千発撃ってから外でソロプレイによるモンスター退治を行なっている。


 場所は東南東にある荒野エリア。レベルの低いモンスターが多く、ランク上げにはもってこいの場所と攻略班からの情報ではそう言われている。


 少し南に進めば砂漠地帯。砂漠地帯はまだソロでモンスターを倒せないので、間違って砂漠地帯に入らないよう注意しなくてはならない。


「てや!」


 アリスはトリガーを引き、モンスターを倒す。


「うりゃあ!」


 次のモンスターも撃ち倒す。

 最後に銃口に息を吐き、カッコつける。


「ふぅー、こんなものね」

「さまになってるね」

「ぶひゃあ!」


 背後から突然の言葉にアリスは跳ね驚いた。


「キョ、キョウカさん! はー、びっくりした」


 声をかけてきたのキョウカだった。その後ろにはお付きのクルミと子供のカナタがいる。


「ハハハ、驚かせてごめんよ。久しぶりだね」

「お久しぶりで……そんなにお久しぶりですか?」

「ん? 2週間ぐらいかな?」

「お嬢、11日です」


 クルミが後ろからキョウカに教える。


「ふむ。そんなものかね。いや、ゲーム世界だからかな。どうも長い間会っていない気がしてね」

「……はあ」

「今日も一人で練習かい?」

「周りはハイランカーですから」


 アリスは肩を竦めて答える。


「それはつらいね。でも今の君も中々じゃないか」

「レベル40のランク32ですよ」

「二、三ヶ月でそのランクはなかなかだよ。私なんて半年くらいはかかったよ」

「それはログアウトができて現実の生活があったからでしょ。私はログアウトできずにずっとここにいるからですよ」


 この発言にデジャブを感じたアリスはすぐにケイティーにも言ったことだと思い出した。


「それでもすごいよ。カナタも負けずに頑張るように」

「うん」


 アリスはカナタの頭上に表示されているレベルを見ると、


「レベル46。カナタ、すごいじゃない!」

「レベルはね。……ただ、ランクは低いんだ」


 とカナタは淋しそうに言う。

 カナタのランクを見ると32。


「……ん? ランクはそんなに上がってない?」

「皆が甘やかすからね」


 とキョウカが苦笑いして言う。


「皆?」

「この前のストーリーイベントの時にね。他のプレイヤーがさっさと倒してしまうのさ」

「ああ! 確か他のプレイヤーと組まされてたらしいですね」

「私は外されましたけど」


 とクルミはどこか拗ねたように言う。


「クルミは強いからね。で、カナタはレベルだけ上がってランクは上がらなかったんだ」


 ランクは戦闘によって上がるもの。戦わないならそのままということ。


「それで今日はカナタのランク上げでここに来たんだ」

「そうなんですか」

「ああ。それじゃあ」

「ええ」


 キョウカ達は離れていく。

 姿が見えなくなり、


「…………えっ!? マジ!?」


 アリスは驚いた。

 いつもなら「一緒に」と誘うのに今日はなかった。


「なーんだ。残念」


 アリスは不貞腐顔で練習を再開する。


  ◯ ◯ ◯


 夕刻、今日はこれでしまいにしようとアリスは狼型モンスターを倒した。そして首都グラストンへと帰ろうと身を反転させた。


「のわっ!」

「やあ」


 おっかなびっくり。後ろにはキョウカ達がいたのだ。


「びっくりした。いたなら声を掛けて下さいよ」


 胸を押さえてアリスは言う。


「ごめんよ。声を掛けようとしたんだけど集中していたからね。撃退した後で声を掛けようと思ってたら。君が急に振り向くから」

「でも気配くらいは発して下さいよ」

「そうだね。少しは人のいる気配は出しておくべきだったね。で、どうだい? これから一杯」


 キョウカは右手親指と人差し指で輪を作り口元へ持っていく。

 その動作がアリスには何の意味か分からなかったようで首を傾げる。


「食事だよ」

「ああ! そうですか。いいですよ」


 アリスはキョウカ達と共に都市へ戻る。


「カナタはどう? ランク上がった?」

「うん。鬼教官のおかげで」


 クルミのことかとアリスは理解した。


「君はどうだったのだい?」


 キョウカがアリスに聞く。


「ぼちぼちですね。ランク上げもそうですけど今は武器に慣れないといけなくて」

「ジョブチェンしたのかい?」

「はい。ガンナーに」

「ほう。カナタと一緒だね。なら今度は一緒にどうだい?」

「一緒にですか? まあ、いいですよ」


  ◯ ◯ ◯


 そして翌日から鬼教官クルミの訓練が始まり、早々に辞退しておけば良かったとアリスは後悔した。


「教えたようにきちんと構えて撃つ! 相手との距離をきちんと把握するように! アリスさん、姿勢をしっかり! インナーマッスルを意識して!」

「インナーマッスルって、ここゲームよ」

「無駄口言うなら弾を撃つ!」

「はっ、はい」


  ◯ ◯ ◯


「アリスさんは相手の動きを予測するように。狙ってトリガーを引いても、そのかんに照準から外れます。止めて撃つのではなく動いて撃つ! もしくは止まるのを待つ!」


 休憩時、クルミからそう告げられた。


「でもそれだと反動は?」

「勿論、腕を動かせば反動はあります。しかし、腕を振るうのではなく主に上半身を回すようにするのです」

「……上半身」

「こんな感じです」


 クルミは指で銃の形を作り指先をアリスへ、そして腰を回して狙いを左右に動かす。


「なるほど」

「腕だけを回して対処すると肩を痛めます」

「ここはゲーム内だよ。肩を痛めることはないよ」


 と訓練を傍観していたキョウカが口を挟みます。


「まあ、そうですけど姿勢は大事です」

「君が以前、私に教えてくれた練習はどうだい?」

「カメラを使った特訓ですね」

「カメラ?」

「はい。動くものを写真で撮る訓練です」

「それが訓練に?」

「まずはやってみましょう」


 ◯ ◯ ◯


 ──ということでアリスはカメラを使った特訓を始めることになった。

 カメラはプレイヤー標準装備の片手サイズのミニカメラ。


「端末のカメラは駄目なの?」


 とアリスは聞いた。というのも端末にはカメラ機能が付いていて、ミニより端末の方が大きくて使いやすいのではとアリスは考えた。


「駄目です。端末カメラで撮ると大きくちゃうのです」

「? ブレではなく?」

「端末では被写体を画面上から下へと撮影するのです。そのさい時間差が生じてズレが生まれるのです」

「へえ、撮影って一瞬だと思ってた」

「端末系では撮影システムはそうなっています」

「でも最近のは高性能でズレもブレもなしですよね」

「それは現実の高性能スマホ、端末の話です。

 ここではカメラ機能は低いものです」

「そうなんだ。でも、どうしてここではカメラ機能が低いのですか?」

「さあ? 私にはなんとも。さて始めましょうか」

「はい」

「敵はお嬢とカナタで対応しますのでアリスさんは写真を撮ることに専念して下さい」

「え? 私も手伝うのかい?」

「私だと敵を瞬殺してしまいますので」


 クルミはハイランカー。ここ周辺はレベルの低いモンスターしかいないのでクルミだと本当に瞬間してしまう。


「私のランクでも瞬殺しそうなんだが」

「攻撃力の低い拳銃なら問題ないでしょうし。あくまでお嬢はカナタの補佐をすれば問題はありません」

「仕方がないな」


 とキョウカはデリンジャーを取り出した。


  ◯ ◯ ◯


「で、どうだった?」


 戦闘の後、アリスはキョウカに問われ、


「たぶんバッチリ撮れたと思いますよ。……それでこれってやっぱりお店で現像してもらわないといけないんですかね?」

「写真ならそうだけど、撮ったものを確認するだけなら端末からでも可能だよ」

「あれ? これってデジカメでしたっけ?」

「いや、ゲーム内ではそういう特別仕様なのさ」

「なんでブレやズレはあれど、そこだけゲーム仕様なんですか?」

「それは運営に聞いてみてくれ。まあ、もしかしたそういうカメラを使った訓練を想定してのことかもしれないかもね」


 端末のカメラ機能を使わせないためにズレを残し、現像の手間を省くために端末で確認できる仕様にしたということだろうか。


 アリスは端末を使って画像を確認する。


「……うん。まあまあかな」

「ズレてるね」

 被写体のモンスターは写っているが、二重のようにボヤけている。

「駄目ですか?」

「駄目です!」


 クルミは即答した。


「うっ!」

「さあ、もう一度」

「なんかコツってあります?」

「慣れです」

「経験論とかでなく」

「集中です」

「精神論でもなく」

「う〜ん」


 クルミは腕を組み悩む。


「動きに沿って撮るんだよ」

 とカナタが言う。


「沿って?」

「写真でなく動画を撮るようにずっと追いかけるんだ。そして撮る。そうしたら上手に撮れるよ」

「ふうん。……よし。やってみるよ」


 アリスは拳を握って意気込む。


  ◯ ◯ ◯


 カナタと言う通りにやってみるとくっきりと被写体のモンスターは写っていた。


「おお! すごい! ちゃんと写ってるよ。ありがとう、カナタ」

「これで次は射撃ですね」


 クルミが満足そうに頷いて言う。


 その時、アリスは銃での訓練をイメージした。

 カメラのよう銃口を動く的に沿って動かし、そしてシャッターを押すようにトリガーを引く。


「…………あれ? これってスナイパーの動きでは?」


 イメージがどうもアリスが目指す2丁拳銃には合わない。


「スナイパーだけではないですよ。ちゃんとガンナーとして初歩的な技術です」

「ん〜、でもイメージにさ〜」

「イメージ? ええとアリスさんはどんなスタイルを目指しているんですか?」

「2丁拳銃」

『…………』


 三人は言葉を止めた。


「どうしたの? 2丁拳銃って、そんなにおかしい?」


 キョウカは生優しい目を。

 クルミは困った顔を。

 カナタは無表情で小首を傾げている。


「2丁拳銃は効率的ではないよ」とキョウカが。

「聞いております」

「かなり難しいですよ。乱発するだけならデュアルもありますが?」とクルミが。

「それも聞いております。そして勧められました」

「なんで2丁拳銃?」とカナタが不思議そうに聞く。

「かっこいいから!」


 アリスははっきりと言う。


 その言葉と真っ直ぐな意志を持つ顔を見て三人は顔を合わせる。

 そして、


『マジなの?』

「マジです。大マジです。ビバ2丁拳銃!」


 少し間を置いてキョウカは笑った。


「クルミ、すごい教え子ができたね」

「お嬢、2丁拳銃はさすがに」

「クルミさんでも無理ですか」


 アリスはしょんぼりする。

 本当に2丁拳銃使いはいないのか。


「いや、一応できるよ。なあ?」


 とキョウカがクルミにいやらしく笑みを浮かべて言う。


「本当に?」


 アリスは顔を上げてクルミを見つめる。

 それにクルミは目を逸らして、


「……まあ」

「まあではないだろ。クルミは2丁拳銃を死ぬほど頑張って習得したんだよ」

「死ぬほどではありません」

「クルミさん!」

「はっ、はい!」


 アリスはクルミの両手を掴み、


「どうか私に教えて下さい」


 クルミはキョウカに視線で助けを求める。

 しかし──、


「いいではないか。教えて上げては?」

「お嬢!」

「ありがとうございます」

「ええ!」


 認めたわけではないのに、流れで教える雰囲気に。


「アリスさん、あのですね……」


 私にはお嬢のお付きとして仕事があるのでと言おうとしたが、


「アリス君、訓練だ」


 とキョウカが面白がってどんどん話を進める。


「お嬢!」

「頑張ります!」


 アリスの張り切った声が青空に響き渡る。


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