第30話 Tー8 メタルカブキオオトカゲ
イベント六日目の夜、ロザリーからビデオメッセージが全プレイヤーに届いた。
その時、アリスは浴場にいた。浴場はレオが買い取った施設の中にあり、パーティー以外は入浴はできない。今、浴場にいるのはアリス一人。ただでさえパーティーメンバーの中で女子が少ないなか、一人だけで浴場を使うには広すぎた。
元々ゲーム内において体を洗うという行為は無意味で汚れてもすぐに綺麗になる。だが入浴は体だけでなく心もリフレッシュさせる効果があるので入浴はプレイヤーに好まれている。そしてゲーム内では全裸になって浴場はできず、入浴の際は水着姿になる。
今、アリスは白のビキニ姿でバスタブの中に浸かっている。足を伸ばして、背をバスタブに預け、両腕を手すりに乗せリラックスしている。時折、一人をいいことに行儀悪くばた足をして湯を撒き散らす。
「なにこれ? 制圧戦、明日だっけ?」
アリスは首を傾げる。けどすぐにエイラたちが明後日のことを話していたから違うと思い出した。
とりあへずアリスはビデオを再生した。空中、アリスの目線の高さに画面が投影される。
『はいはーい。みなさーん、お元気ですかー? ロザリーでーす』
間延びした声が浴場にこだまする。
「これ音量調整できないのかな?」
画面を見ながら一人愚痴るアリス。
『頑張ってる皆さんに私たちは感動しています。のでので明日は特別にメタルカブキオオトカゲを出現させまーす。なんと! レベルは130! 討伐参加人数は100人。あまりにも強いので一体だけですけど。お楽しみあれー』
そしてビデオメッセージは消えた。
「レベル100なんて無理じゃん」
自分には関係ないと決め込みアリスは再度寛ぎ始める。
○ ○ ○
勝手に乾くので体を拭く必要はないがアリスはタオルで体を拭き、部屋着に着替えた。アリスは自室に戻る時、廊下でレオとエイラに会った。その二人は廊下を走っていた。
「どうしたの?」
「ごめんね。急いでるの」
エイラは止まらずに謝る。そして二人はアリスを通り過ぎ廊下を駆けていった。
なんだろうとアリスは二人の背を見る。
しかし、どうでもよくなったのかすぐ自室へと足を動かす。
自室に入り、すぐにベッドにダイブ。
目を瞑り枕に右頬を当て息を吐く。
しばらくすると眠気が訪れる。アリスは抵抗することなく眠気を受け入れ、意識を沈める。
翌朝、目を覚ますと時刻は10時だった。一瞬、朝か夜かわからなかった。カーテンを開き陽の光を体に浴び朝であると確認。でもすぐに朝というか昼前だなと改めた。
部屋着から戦闘服に着替え廊下に出る。
食堂近くの壁に掲示板があり、掲示板には電子ペーパーが貼られている。内容を変える場合は端末で変えるようになっている。その電子ペーパーにはパーティー内の注意事項やお知らせ、今後の方針などが表示されている。
「メタルカブキオオトカゲ狩り?」
今日の方針内容でメタルカブキオオトカゲ狩りの攻略指針が書かれている。
「ああ! 昨夜のか」
攻略メンバーはレベル100以上でジョブもクラスⅤもしくはEXであることと記載されている。
自分には関係ないとアリスは食堂に入り、食パンを焼きバターを塗った。それをモーニングコーヒーと一緒に食す。
窓ぎわで遅めの朝食を嗜んでいるとケイティーたちが食堂にやってきた。
「ケイティー!」
アリスはケイティーに向け、手招きをした。
一団からケイティーだけがやってきた。他のメンバーはアリスから距離を取ったとこに陣取る。
「ねえ、もしかしてメタルカブキオオトカゲを狩りに出かけてたの?」
「はい。でも殺られちゃいました」
と、てへへとぎこちなく笑う。
「そうなんだ大変だったね。今はどうなってるの?」
「たぶん今はレオさんたちが頑張ってるかと」
「もう一回挑戦するの?」
アリスがそう聞くとケイティー残念そうに、
「それが挑戦回数は一回だけなんですよ」
「挑戦人数は100人だけなんでしょ。減っていくとやばくない?」
「それは大丈夫ですよ。100人と言っても討伐中の人数ですから100人を越えないなら誰でも参加できますよ」
「じゃあ私も参加できるの?」
と、アリスは冗談混じりで言うと、先程ケイティーがいた一団から失笑が漏れた。
アリスは嫌な視線をそちらに送った。
「でも強いのでやめておいたほうが……」
「わかってるわよ。冗談よ。冗談。ありがとう」
そしてケイティーは一団に戻った。
アリスはすぐに食パンを食べ、コーヒーを飲み干した。それから食器を片付け、食堂を出た。その間、食堂はいやに静かだった。
○ ○ ○
ゲーム内に友達はいない。現実の友達はアヴァロンをやっている。クラスメートの大勢もアヴァロン勢だ。本当はアリスも空気を読んでアヴァロンをプレイする予定だった。
しかし、すぐにアヴァロンをプレイすると周りにバレバレなので少しインターバルが必要だった。それと兄がタイタンで頑張っているので兄からVRMMOのコツを教えてもらうためタイタンに登録したのだ。このことはクラスメートにも話していない。
2丁拳銃には憧れはある。やるからには目指してみたいとも考えている。でも、それと友人を秤にかけどちらを選ぶかというと友人だった。アリスにとってタイタンに対する意識はそんなもの。だが別に怠けているわけではない。ただ本気度が少ないくらいだ。普通なら障りはないが兄であるレオ率いるパーティーたちはガチ勢で溝がある。ただでさえコネで入ったように思われている分、居心地は悪い。エイラを除いて仲良くなれたのはケイティーぐらいだ。
○ ○ ○
「こんちくしょーが!」
いつも通り、東の高原でアリスはゼカルガを狩っていた。あまり多く倒すとキング
ゼカルガが現れるので十体くらい倒すと狩り場を変える。
「くらえー」
アリスは声を出しながらトリガーを引き、銃弾をゼカルガに当てる。
ゼカルガはHPがゼロになり消失。
アリスは一息ついた後、狩り場を変える。ここ最近はずっとゼカルガ狩りだ。たまにはカブキオオトカゲにも挑戦してみたい。しかし、一人では無理だ。誰かとパーティーを組まなくては。今のランクなら足手まといにはならないはず。だが今いる兄のパーティーメンバーは皆、ソロで狩る実力者。いちいち必要のない者と組んでくれるとは思えない。
つまらなそうに高原を歩いているとキョウカたちと出くわした。
「こんにちは」
「やあ、アリス。今日は一人かい?」
本当は元々一人なんだけどと思いながらも、
「はい。皆はメタルカブキオオトカゲを狩りに出かけています」
「君は行かないのかい?」
「いやいや、無理ですよ。無理」
アリスは笑いながら手を顔の前に振って答える。
「でも試しに行ってみたりしないのかい?」
「迷惑になるだけですし。それにレベル100ですよ」
「しかし、掲示板では討伐チーム募集ってあるよ」
キョウカは端末を取り出し操作する。そして画面をアリスに向ける。
募集は複数あった。上級者から中級者クラスと色々なパーティーが人員を募集しているようだ。
「本当ですね。でもどの募集にも高ランカー求むですよ。それにどうせうちの兄貴が倒すんじゃあないですか?」
「おれ? 知らないのですか? 貴女のお兄さん倒されたんですよ」
さらっとクルミがとんでもない情報を教える。
アリスはしばらくの間、その言葉の意味を理解するのに時間を要した。
「……嘘でしょ? あの兄ですよ! タイタンでしか取り柄のない」
クルミは苦笑いして、
「ヒドイ言い様だね。でも本当だよ。お兄さんのパーティーは全滅。いや、君が残ってるから全滅ではないかな。今ではもう攻略班がどんどん誰でも参加してくれって言ってるよ」
「なら参加しても問題はないね」
キョウカは手の平を叩いて言う。
そしてクルミに背を押されアリスはメタルカブキオオトカゲと元に向かわされる。
○ ○ ○
メタルカブキオオトカゲは南の荒野の窪地にいた。そしてそれを囲むように大勢のギャラリーが取り巻く。まるでドームのようだ。
「すごいギャラリーだね」
キョウカが呆れたようにも驚いたようにも聞こえる声を出す。
イベント開始日の岬での集りと同じ数のように感じる。
中心ではプレイヤーたちが銃器ではなくなぜかブレードを使用していた。しかも一人ではなく全員が。なぜおかしな戦いかたをするのか不思議に思いながら観戦する。他のプレイヤーは助けに入らないのだろうか。
「さあ、行こう」
クルミがギャラリーをかき分けて中心にむかう。アリスはクルミに腕を捕まれ引っ張られ、背中をキョウカに押されて歩かされる。
「ちょっと待って。ほら誰も参加しないんだからさ。無理に参加する必要もないんじゃない?」
と、アリスは及び腰で言う。
「いえ、彼らはもう参加した人たちですよ。現に誰もターゲットオンされていないでしょ」
クルミがギャラリーの頭上を見て言う。
こちらからモンスターをロックできるように向こうからはこちらを敵視した場合、ターゲットオンが掛かる。
今、メタルカブキオオトカゲに挑戦しているのは47名で53名の余りがある。なら残り53名を周りから選出されるのだが誰も選出されていないということはここいるギャラリーはもう負けたということだ。
「アリス、お前も来たのか」
レオとエイラがアリスの前に現れた。
「よくこんな大勢の中で私を見つけたわね」
「お前、ターゲットオンが掛かってるぞ」
「げ! マジ?」
ターゲットオンが掛かったということは戦うか逃げるかだ。
「次に誰が戦うのかと思えばお前とはな」
レオは残念な顔をして言う。
「よし! 逃げよう」
「どうせなら戦えよ」
「無理に決まってるでしょ。ていうかなんで兄貴が倒さないのさ?」
「強すぎたのよ」
答えたのはエイラだった。
「まず銃弾、爆薬、ビーム、火炎、雷撃、遠投でのダメージはゼロなのよ」
「なにそれ? それでどうやって倒すのさ?」
「倒すには近接での斬撃と打撃なのよ」
「なおさら無理だ!」
得意武器を封印された状態で倒せるわけがない。
「あともう少しで倒せるんだ。やるだけやってこい」
レオもアリスの背を押す。
「バカ! 押すな!」
「バカはお前だ。ここにいたら周りの迷惑になるだろ。ターゲットオンが掛けられたならこっちに来るだろ」
「だったら逃げさせろ」
アリスの主張も空しくとうとうクルミ、キョウカ、レオの三人に押され中心に辿り着く。
「うぅ~。兄貴あとで絶対しばく」
メタル色になったカブキオオトカゲにアリスはスピードスターを構える。
「アリス! ダガーだ!」
ギャラリーとなったレオから注意を受け、すぐにダガーを構える。
目の前のメタルカブキオオトカゲは先に戦っているプレイヤーたちに高速の爪攻撃を繰り出している。
「あれ? あいつあんなに速かったけ?」
直接戦ったことはないがあそこまで速くはなかったような気がした。
「レベル100だからね。ステータスも上がってるよ」
クルミはファンタジーゲームで出てくるような両手剣を構える。キョウカは大きなハンマーを。
「では私とクルミが敵の注意をなるべく引き付けるからアリスとカナタは尻尾に気を付けながら攻撃したまえ」
キョウカはアリスとカナタに指示を出す。
「わかった。……って! カナタいたの!」
アリスは驚きカナタを見る。
「ずっといたじゃないか」
キョウカはしっかりしたまえと呆れながら言う。
「それでは行くよ」
キョウカとクルミは戦闘に向かった。
アリスはカナタに顔を向け、
「どうする? 行く?」
と、尋ねた。アリスとしてはカナタに怖いから嫌と言って欲しかったのだが。
「うん。行こう」
小さい子に言われたらもう引き下がれないなと決意を決めて、
「いっくよー」
アリスはメタルカブキオオトカゲに向け走った。
キョウカに言われた通りに尻尾に気を付けて左後ろ足をダガーで切る。何回か切りつけて相手のHPを確認する。全然減っていなかった。カナタは右後ろ足を攻撃しているらしいが大きな尻尾が邪魔でどうしているかわからない。とりあへずアリスは一生懸命切りつけることにする。
メタルカブキオオトカゲもじっとしてるわけではない。プレイヤーに近付き前足の爪で攻撃をしたり飛び跳ねたり、噛みついたり、体当たりをする。大きな図体にも関わらず俊敏に前後左右に動き回る。アリスはきちんと相手に合わせてステップを踏み、近づきつつも死角から攻撃を繰り出さなくてはいけない。
メタルカブキオオトカゲが前面にいるプレイヤーたちに体を回し尻尾を振った。
「きゃあー」
アリスは予想してなかったのか突然尻尾が回ってきて悲鳴を上げた。運よくぎりぎりで避けることができた。
だが、前後が替わったということはメタルカブキオオトカゲの横顔がアリスの目前にきたということ。その赤く獰猛な目がアリスを捉える。
そしてメタルカブキオオトカゲは大きな口を開き、アリスを噛みつこうとする。
「ちょっ、嘘でしょ」
噛まれると思い目を瞑った。
しかし、メタルカブキオオトカゲの口は上からの攻撃で閉ざされた。
「アリス下がって」
クルミがメタルカブキオオトカゲの口の上からの両手剣を刺していた。
アリスはすぐに下がり、また後ろ足をダガーで切り始めた。
「クルミ! もうすぐレッドゾーンだ! 雷撃が来るぞ!」
キョウカがクルミに注意を放つ。
クルミは相手の顔に大きく横一線の斬撃を放って離れる。
その一撃でとうとうメタルカブキオオトカゲのHPもレッドゾーンへとなる。
キョウカの言う通りメタルカブキオオトカゲは通常のカブキオオトカゲと同じくレッドゾーンで雷撃を放った。
そして雷撃が止むと皆は一気に自身の防御を省みない攻撃を繰り出す。クルミは両手剣で顔を刻み、キョウカはハンマーで右前足を叩く。カナタは下へと潜り、腹をダガーで切る。その他のプレイヤーも背に乗ってレイピアを刺したり、双剣で横腹を斬る。アリスも負けじと後ろ足をダガーで切り裂く。
もう終わりかなと相手のHPを確かめる。アリスはHPバーを見て驚く。
減っていなかったのだ。
アリス程度の攻撃ならともかくキョウカやクルミその他のプレイヤーの攻撃ならもうHPはゼロになってもおかしくないはず。
それはキョウカたちも感じているはず。彼女たちは焦りながらも攻撃を何度も繰り出す。
そしてメタルカブキオオトカゲが大きく飛び跳ねた。それは今までの跳躍を超えていた。
着地した時、真下にいたカナタは潰され消失。背に乗っていたプレイヤーも落とされ、衝撃波でアリスたちも弾き飛ばされる。キョウカたちは経験上衝撃に備えていたがアリスは対策を取っていなかったので誰より遠くに飛ばされた。
次にメタルカブキオオトカゲは二度目の雷撃を周囲に放った。その雷撃は一度目より広範囲でキョウカたちを焼き付くした。悪運良く誰よりも遠くに飛ばされたアリスだけが生き残った。
「うっ!」
アリスは一歩引いた。
メタルカブキオオトカゲがアリスに近づく。
ちらりと後ろを見るが誰も助けてくれそうにない。いや、誰ももうどうすることが出来ないのだ。
もう自分でどうにかしないといけないのかとアリスはもうやけくそになりダガーを握りしめ走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます