第29話 Rー7 江戸川環七廃工場

 白のワンボックスカーに花田たちは案内された。中は後部座席が外され右側にモニターが。そして細長いテーブル添えられ、左側に沿って長椅子が。窓には暗幕が掛けられ外からは中が窺えないようになっている。


「いつ気づいた?」


 金本が花田に聞いた。


「弁護士事務所に向かった時に怪しいワンボックスカーがあるなあって思ってたんだ。それが俺たちがビルから出ると一人が尾行してきた。しかも中途半端な服装でな。暖かくなる時期にジャケットっていうのもおかしいだろ。それに途中でジャケットを裏返して着たのが痛手だったな」


 金本は額を押え、


「なるほど。それでお前たちはどうしてここに?」

「公安ならもう知ってるだろ。松本弁護士が殺されたんだよ。江戸川河川敷でな」

「それでどうしてここに? 田宮陸を探さないのか?」

「もちろん探してるさ。ただ、気になってな」

「刑事の勘か?」

「公安こそどうしてここに? 田園調布の件と関係が?」

「……」

「なら俺たちはここで」


 花田は腰を上げようとする。


「待て」


 金本が声を上げ止める。

 花田は息を吐き、


「話があるならそっちも情報を提示しろ」


 花田と金本が視線をぶつける。


「わかりました。いいでしょう」


 その声は助手席から発せられた。声から察するに若い女性であろうと推測される。その声の女性は後部座席を振り向かずに話しかける。


「多少のことならいいでしょう」

「深山さん!」


 金本が止めに入る。しかし、


「花田さんは何を知りたいのですか?」


 まだ名乗ってないのに深山という女史は花田たちのことを知っているようだ。


「黒木弁護士の経歴とここ最近の弁護士としての仕事を」

「わかりました。金本君」


 金本は一瞬逡巡したが意を決してテーブル上のキーボードを操作する。そしてモニターから黒木弁護士の情報が映し出される。


「事件当日のアリバイはいいのか?」

「いや、どうせアリバイはあるだろ」


 金本は鼻を鳴らした。


「蒔田、こことここをメモれ」

「ええと、現在の住所と、弁護士記録の廃ビル、江戸川区環七の妹尾工場……依頼者の……」

「おい、交友関係はいいのか?」


 金本が怪訝そうな顔を向け花田に尋ねる。


「いや、いい。蒔田、書けたか?」

「はい。きちんとメモしました」

「では、こちらの方からよろしいですか?」


 深山女史が尋ね始める。


「貴方は松本弁護士を殺したのは田宮陸ではなく黒木弁護士だと?」

「いいえ。自分は田宮陸でも黒木弁護士でもないと思います」

「では誰が?」

「わかりません」

「田宮陸が犯人ではないなら彼はどこへ? そしてどうして行方を眩ましたのでしょうか?」


 花田は少し間を取った後に、


「……さらわれた可能性があるかもしれません」

「田園調布の事件との関係は?」

「あると思います。ただ犯人は別人だと思いますが」

「では最後に田園調布事件の裏に何があると思いますか?」


 その質問に花田は眉間の皺を寄せた。


「わかりませんが。田宮信子はもう人ではなかったのではないのでしょうか?」

「人ではないなら一体なんだと?」

「外から操られていたのでは」

「もう結構です」


 質問というか尋問だなと花田は心の中で呟いた。


  ○ ○ ○


『公安だと?』


 スマホの向こうから飯島班長の驚いた声が届く。


「はい。公安の深山という女史です」

『……聞いたことあるな。確か深山グループの令嬢だったな』

「深山グループって、あの?」

『ああ。あの深山グループだ。向こうはなんと?』

「さっぱり。要領が掴めませんでした。公安が松本法律事務所を張ってることは何かあるのかとしか」

『まあ、いい』

「そっちは田宮陸の足取りの方は? 何か掴めましたか?」

『さっぱりだな。ネットカフェやマン喫、VRMMOクラブ、カラオケを重点に探してるが何もない』

「あのできれば調べてみたいとこがあるのですが」

『どこだ?』

「蒔田、手帳を。さっきメモしたとこを見せてくれ」


 蒔田は手帳を開き、花田に手渡す。


「田園調布の毛利ビルをご存知ですか?」

『毛利ビル?』

「田園調布事件の廃ビルですよ」

『ああ! あそこか!』

「黒木弁護士がそのビルの件で関わっているのです。そしてこの他に環七の工場の件にも仕事で関わっているんです。もしこの殺人事件に黒木が関わってるなら、この工場が怪しいと思います」

『この工場に何があると? まさか田宮陸がひそんでいると?』

「わかりませんが可能性としてですが」

『しかし、黒木はアリバイがあるんだろ。それに江戸川河川敷のゲソ痕は男性のものだ。黒木は女なんだろ』

「はい。しかしこの事件は一人ではなく複数の人が関わってると思われます」

『わかった。行ってこい。ただし許可が出るまで中には入るな。いいな。それと連絡は密にな』

「はい」


  ○ ○ ○


 くだんの環七の廃工場は工場や倉庫が建ち並ぶ区画の端にあたる場所にあった。


「メモだとここなんですが」


 蒔田はスマホの地図アプリで表示された画面を見ながら言った。


「二つあるな」


 二人の目の前には二つの建物がある。建物はフェンスに囲まれているが一部破損していてひと一人入れる穴があり、建物自体両方ともぼろぼろで、さらに敷地の外には缶やポリ袋、菓子類の包装が散らばっている。


「どうやら一つは廃工場でもう一つは倉庫兼事務所だったらしいですね」

「よし。お前は倉庫兼事務所に。俺は廃工場に行く」

「ええ! 入っていいんですか? 班長にはダメだって……」

「なにバレなきゃあいいんだろ。それにバレたら最近若者がたむろっているからとか腐臭の苦情があったとか言えばいいんだよ」


  ○ ○ ○


 廃工場のシャッターは硬く閉められていたが脇のドアは鍵が掛かってないらしくノブを回すとぎこちない音を出しながら開いた。


 中は電気が通ってなく電灯のスイッチを押しても灯りは点かなかった。窓からの明かりとスマホのライトを頼りに中を突き進む。

 使われてなくなってから大分月日が経っているらしく機械類に触れると埃と錆が手に付いた。


「田宮陸君! 警察だ! 居たら返事をしてくれ!」


 廃工場内に花田の声がこだまする。

 返事はなかった。

 花田は奥へ差し掛かった。道はここで終わってる。花田は着た道を戻り、開けた場所で立ち止まった。何かないかとライトを向け辺りを見渡す。しかし、使われていない機械のみで何も得られなかった。

 花田は諦め、蒔田に連絡を取ろうとする。だが、蒔田に繋がらなかった。もう一度、通話をタップし掛け直す。だが、コール音のみで一向に出る気配がない。何かトラブルでもあったのだろうか。花田はすぐ廃工場を出て、隣の倉庫兼事務所に向かった。


 慎重に音を立てずにドアを開ける。

 花田は開けてもすぐには中に入らなかった。目を瞑り、耳を立て、中の気配を窺う。近くに不振な音がないのがわかると慎重に中に入った。


 電気は通っていなくここも中は薄暗かった。光は窓から入る太陽の光のみ。目を慣らし中を確かめる。


 一階は物置きだったらしく部屋の半分を汚れた段ボールが占めていた。

 花田は段ボールの中身を確かめながら部屋を窺う。


 一階は何もなく花田は奥にある階段を上り、二階へと進む。

 二階は事務所で廊下には積まれた椅子に棚、段ボールが乱雑に置かれている。

 事務室の窓には内から段ボールが邪魔をして中が窺えない。


 花田は深呼吸してドアを開いた。中は真っ暗だった。段ボールが窓を内から覆い外の光を遮っているのだろう。

 花田はスマホのライトを部屋の中に向ける。すると明かりの中から足が見えた。ライトを奥へと向けて横たわる体が露になる。それは蒔田だった。部屋の中心でうつ伏せになり倒れている。花田はすぐに部屋に入らずスマホを画面カメラモードにし、それを鏡がわりにしてドアを付近の左右を確認する。人が忍んでる様子もない。花田は小さく蒔田の名を呼ぶ。返事はなかった。部屋の左右、下に注意しながら中に入る。徐々に蒔田の全貌が見える。花田は名を呼ぼうとして止めた。蒔田は後ろから頭をかち割られていて後頭部から血を流していた。すぐに絶望的だと感じた。


 その血だまりの向こうから足と椅子の足が見える。ゆっくりとスマホのライトを上に向けると猿ぐつわをされ椅子に縛られた少年の姿が露になる。


「田宮陸君かい?」


 縛られた少年は首を縦に振る。

 花田はゆっくり近づき蒔田の手からカッターを見つけそのカッター取り、スマホを片手に縄を切り始める。


 足元側に縄に少し切れ目があった。蒔田も縄を切ろうとしてその時に後ろから頭を狙われたのだろうか。しかし、なぜ足元からか? 不思議に思いながらもすぐにも切れそうな足元に屈み、カッターの刃を当てる。

 その時、少年が猿ぐつわされたまま叫んだ。


 反射的に振り向いた花田は少年の視線が自分の上に向いているのを知り、横へ素早く倒れる。

 ドン、ガンの二つの重低音が部屋に響く。


 花田は距離を取り、スマホのライトを向け先程自分がいた場所を見る。

 四十代半ばの男がいた。男はハンマーを持っていた。それは男が飛び降りて、手に持つハンマーを地面に叩きつけたということだろう。


 男は花田に向き、ハンマーを上へと持ち上げる。そして一気に距離を詰めハンマーを花田に振り下ろす。


 花田は左にうまく避け、相手の顔面に右フックを当てる。

 相手はハンマーを放し、後ろに倒れた。


「殺人及び公務執行妨害、未成年略取誘拐容疑の現行犯逮捕だ!」


 花田は相手の体を回し、うつ伏せにさせ手首に手錠を架けようとする。

 しかし、また田宮陸がくぐもった声を発する。


 花田は何だと思い田宮陸の方を向く。田宮陸はまた何度もあごを上の方へと向けている。

 そして花田の周りに複数の衝撃音が生まれた。

 相手は一人ではなかったのだ。


「クソっ! マジかよ」


 囲まれた。花田は先程の男が放したハンマーを手にした。

 何人いるかは正確にはわからない。ただ三人以上いるのはわかる。


 こういう場合は相手が動く前にこちらが動くべきだろうと考え花田は足を動かそうとした時だ。視界が一瞬で白く瞬く。電灯がいたのだ。暗闇の中、急に現れた光は花田たちの目を突き刺す。

 花田は目を左手で押える。


 そして銃声が4発鳴り響く。

 少しづつ光に慣れ花田は目を細め辺りを窺う。

 部屋の中にショートカットの女の子が拳銃を左右に持ち立っていた。そして男女合わせて4名が脳天を撃ち抜かれて絶命している。


「君は?」


 花田は女の子に聞いた。

 女の子は銃口を花田に向ける。


「待て」


 花田は慌てて手の平を彼女の前に向ける。

 しかし、女の子はトリガーを引く。


 花田は屈んで目を瞑る。そして自分のすぐ後ろから人が倒れる音を耳にした。

 ゆっくりと目を開け、自分の体を見る。撃たれた形跡はない。どこも痛みはない。


 花田は後ろに振り向き、倒れた相手を見て驚く。倒れた相手は蒔田だった。蒔田は額を撃ち抜かれて倒れていた。


「そいつもプリテンドよ」


 そう言って女の子は部屋を出ていった。

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