第28話 Rー6 江戸川河川敷殺人事件

 江戸川河川敷で松本弁護士の遺体が発見された。


「第一発見者は犬の散歩中だった主婦。仏は心臓を一突き。争った形跡はなし。顔見知りの犯行が高い。凶器はまだ見つかっていない。それとゲソ痕は仏のものを含め3つ。どれも男性のものと思われる」


 鑑識が淡々と答える。


「仏さんは誰かと会ってたのか?」


 飯島班長は辺りを見渡して聞く。

 江戸川河川敷は広く。少年野球やサッカー等のグラウンドがわりとしてよく利用される。しかし、仏が倒れてる場所は草木が生えている場所。そして仏のゲソコンがあるということは仏がこの人気のない場所まで来たということと思われる。


「スマホのやり取りから仏は田宮陸と昨日の午後18時にここで会う約束をしたいたらしいですね」

「田宮?」


  ○ ○ ○


 花田と蒔田は田宮陸の自宅に車で向かっていた。飯島班長から出来れば任意で引っ張ってこいとのこと。


「まさか田宮陸が田宮敏郎の息子とは意外でしたね」


 運転席に座る蒔田が前を見ながら呟く。


「敏郎の顧問弁護士だから田宮って時点で田宮家関係ってわかってたがな」

「それでも、まさかの引きこもりの息子ですよ。あんな人気ひとけのない河川敷で一体なんの話なんですかね」


  ○ ○ ○


 田宮敏郎の家には記者が数名いた。


「もう情報来てるんですかね?」

「いや、違うだろ。こんなに早くはない。田園調布の件だろ?」

「それにしてはおかしくありません?」


 チャイムを鳴らし警察と説明をする。

 そして田宮明恵がドアを開け、二人を中に招く。


「今日来たのは田宮信子さんの件でなく息子さんの陸君にお話があってきたのです」

「息子が何か?」


 花田は玄関正面から見える階段を見て、


「事件の件で」


 と、言って勝手に階段を上り始める。


「あの、止めて下さい。息子は今、誰とも会えないんですから」


 明恵が後ろから静止しようと袖を引っ張ろうとする。


「公務執行妨害ですよ」


 蒔田が明恵の腕を掴み答える。

 花田は止まらずにどしどしと音を立て階段を上り続ける。


「会えないのに弁護士とは会おうとしてたんですね」

「なんのことを言ってるんです」


 明恵は蒔田に何を言ってるんだという顔をする。

 花田はちらりと窺ったその顔からは嘘はついていないと感じた。


「息子さんに直接聞けばわかりますよ」


 花田は2階へと辿り着いた。そして陸の明記されたプレートのあるドアに向かった。


「止めてください!」


 蒔田が間に入り明恵を花田に近づかせないようにする。


「田宮陸君。警察だ。少し話がしたいんだが」


 ドアをノックして聞く。しかし、向こうから返事はこない。


「花田弁護士と会う約束をしていたね。用はなんだったのかな?」


 再度、花田はドアを叩きながら聞く。


「息子をあまり刺激させないで下さい」


 明恵は声を上げ、懇願する。

 花田はドアノブを掴み回した。てっきり鍵がかかってると思ってたので驚いた。そしてゆっくりとドアを押した。


「え?」


 その驚きの声は明恵から発せられた。明恵も鍵がかかってると思っていたのだろう。

 花田はドアを開けて中を窺った。部屋は真っ暗で花田はドア付近の壁にある電灯のスイッチを押して部屋の電灯を点けて部屋を明るくした。そして部屋には田宮陸の姿はなかった。

 花田は明恵に顔を向けた。


「息子さんは今どちらに?」


 その問いには返事せず、明恵はドアへと進み部屋の中に入った。


「陸? どこなの? 陸?」


 明恵は花田たちに向き直り、声を震わせ、


「あ、あの、む、息子が……」


  ○ ○ ○


 混乱ぎみの明恵を落ち着かせリビングで花田たちは質問をする。


「息子さんの行き先に心当たりは?」

「ありません。ずっと家にいて……」


 明恵はハンカチを握りしめ、ぶんぶん首を振る。


「スマホには何か連絡は?」


 明恵はすっと立ち上がり、ダイニングに早足で向かった。そしてダイニングテーブルの上に置かれたスマホを手に取り戻る。


「いいえ。連絡はないです。今、通話を試みていますが『おかけになった電話番号は現在電源が~』というアナウンスが……」

「息子さんの部屋にパソコンとVRMMO用の据え置きゲーム機がありましたがそちらの方を調べてもよろしいですか?」

「……はい」


 少し迷ってから明恵は頷いた。

 花田はスマホから班長に電話をかけて状況を報告。そして鑑識を寄越してもらうよう頼んだ。


「一つ聞いていいですか?」


 蒔田が手を上げ明恵に尋ねる。


「家の外のマスコミから何か尋ねられたりはありました?」

「え? いえ。ずっと家の近くにいて特に何も? 主人が目当なのでしょうか私には何も」

「ご主人は帰ってきていないのですか?」

「はい。マスコミがいる間は近くのホテルと言ってました」


 鑑識が来て花田たちは彼らに後を任し家を出ようとする。


「マスコミにちょっと話を聞いて見ましょうか?」


 蒔田が問う。


「そうだな見張ってるなら田宮陸がいつ出たか知ってるだろう。ただ弁護士事件については何も語るなよ」

「それくらい、わかってますよ」


 二人は玄関を出て、外の景色を見て驚いた。

 なんとマスコミがいなくなっていたのだ。


「どういうことだ? 一人もいないぞ?」


  ○ ○ ○


 江戸川警察署で捜査本部が置かれ、翌朝捜査会議が行われた。今回は係長が指揮をとる。


 松本弁護士の死亡推定時刻は22日水曜日の午後18時頃で田宮陸との約束の時間と同じとなる。会議では行方不明となった田宮陸が重要参考人として身柄確保するようにと捜査方針が成された。未成年が関わる案件ということで所轄の少年課も動くこととなった。


 そして会議後、班長が花田たちに指示を出す。そこで、


「花田、どうした? 気になることでもあるか?」


 花田はガイシャの着信履歴が載ったプリントを目を細め読んでいた。


「いえ、少し気になって。ガイシャのスマホからこの黒木という弁護士からの着歴なんですが」


 プリントを班長に向ける。


「一昨日の夕方からだな。次は昨日の朝9時、そして12時と……。これがどうした?」


 班長は何かおかしいとこあるかという顔をする。周りの捜査員も首を傾げる。そんな中、


「あ、もしかして全部00分だからですか?」


 と、蒔田が言うと周りもああと感嘆の声を出す。


「おいおい。それだけで怪しいのか? 几帳面な奴だっているだろう」

「確かにそう言われたら何も言い返せませんが、なんか引っ掛かって……」

「刑事の勘というやつか」

「誰か黒木っていう弁護士に話を聞いたんだよな?」


 花田は周りの捜査員に向け聞いた。


「ああ。一応な。弁護士事務所で奥さんに話を聞きに行ったときにな。な、木村」

「ええ」


 そう答えるのは亀田たちだ。


「もう一度聞きに行っても?」


 班長は腕を組み少し考えてから答える。


「いいだろう行ってこい」


  ○ ○ ○


 松本弁護士事務所は現場の江戸川区にある大きなビルの中にあった。夫婦で事務所を立ち上げていて妻の松本愛菜も弁護士だった。


 部屋全てが壁ガラスでできていた。

 秘書らしき女性に警察であると告げると松本愛菜の元へ案内された。


「それで私に何のようで?」


 松本愛菜は刺すような視線を二人に投げる。


「いえ、貴女ではなく。黒木弁護士にお話しをと」

「あの子は出払っているの」

「いつ頃おかえりですか? なんでしたらこちらから伺いに行きますが?」

「後もう少しじゃない」

「では、その間待っていても?」

「ええ、どうぞ」


 ゆっくりとした口調の中に苛立ちが見える。

 二人は黒木の仕事部屋に通された。


 部屋は全面壁ガラスなので勝手に物色はできない。花田は目を動かし棚の資料を読む。


 棚にはバインダーがほとんどで過去の判例を集めたものばかりであった。

 中には地図関係の資料があった。港区、江戸川区、環七。


「お待たせしました」


 棚に集中してたからか黒木弁護士の気配に気づけなかった。


「どうも警視庁の花田です」


 動揺を隠して挨拶した。


「ま、蒔田です」


 蒔田の方は動揺を隠しきれなかったようだ。


「それで私に何のようでしょうか?」

「松本弁護士について少々」

「わかりました。私でお役に立てるのあればなんなりと」

「では、松本弁護士の身で最近おかしかったことはもしくは変わったことはありませんでしたか?」

「その質問は昨日もいたしましたが」


 黒木は不思議そうに、だが少し冷たさを含めて聞く。


「すみません。できればもう一度お願いしませんか。それと、もしかしたら何か思い出したこととかありませんか。こういうことって何度も話していると思い出すかもしれませんでしょ」


 黒木は見せるようにため息を吐いた。


「昨日も答えましたが先生の身におかしなことはありませんでした」

「何か悩んでたとかは?」

「いいえ。何も」

「では事件当日におかしなことは? 些細なことでも構いません。お気づきになったことは?」

「全く」

「そうですか。では、貴女は夕方に松本弁護士に電話をかけておりますよね?」

「ええ。18時、21時。翌日は9時、12時、15時に。計5回」

「何か急ぎの用でも?」

「はい」

「どのような件で」

「守秘義務ですので」

「守秘義務ですか」


 花田は言葉を噛むように反芻した。ここまでの質問すべてが打てば響くように返される。


「質問を変えますが松本夫人との仲は?」

「私の知る限り良好です」

「最近喧嘩とかは?」

「プライバシーの件についてはわかりかねます」


  ○ ○ ○


 弁護士事務所のあるビルを出て蒔田は息を吐いた。


「あの人、機械みたいでしたね」

「ああ、あの若さで動じずに答えられるんだ末恐ろしいな」

「でもこの前と雰囲気が違いませんでした?」


 確かにあの時は孟がはきはきと答え、黒木は静かだった。

 二人は駐車場まで歩く。通りには人が少なく路駐してる車も少ないので路駐しても問題がないようだが警察が駐車場があるのに路駐なんかしてキップなんて付けられたら大変だ。だから花田はなるべく路駐はせずに心掛けるようにしている。


「おい。蒔田」


 花田は小声で呼んだのに、


「え、なんですか?」


 蒔田は声を大きくして聞き返す。


「小声でしゃべろ」

「すみません。それで何か?」

「いいか。今から言う通りにしろ」


 そして花田は声を下げて指示を出す。


「すみません。トイレに行きたいので先にコンビニに行ってますね」


 蒔田は声を張って言った。


「わかった。さっさと行ってこい」

「ああ、漏れるぅ~」


 と、言って走る。そして蒔田は十字路で右に曲がった。

 それを見て花田はこっそりと溜息を吐いた。


 そして蒔田が走った方へ歩き始める。

 十字路で右に曲がり。そして通路左側の路地に入った。そのまま路地を進み、また左に曲がる。そして先程の通路に出て少し進んで振り返る。路地から若いジャケットを着た男が出てきた。その男は花田を見ると視線を反らす。


「待ちな。さっきから、こそこそこっちの後を追って何のようだ」

「あん? 何言ってんだ? おっさん」

「下手な芝居だな。やさぐれ感が足りねえぞ。この下手くそが。探偵か?」


 男は後ろへ逃げようとするも。


「は~い。逃がしませんよ」


 先に行ってたはずの蒔田が通せんぼをしていた。

 花田が男の腕を捻る。


「痛、たた」

「さあ、てめえは何もんだ?」

「待て」


 声を出したのは男でも蒔田でもなく。


「そいつは私の部下だ」


 新たな人物が蒔田の後ろから現れた。そいつはなんと公安の金本だった。





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