第27話 Aー13 スピカ
「あら? 早く帰ってきたわね」
ユウとセシリアが宿屋の一階にある食堂で夕食を食べているとアルクが帰ってきた。
「もう、終わったの?」
ユウが尋ねると、うんと言ってアルクは椅子に座った。少し覇気がないようだ。そしてNPCのウェイトレスを呼び、バーガーセットを注文する。
「どんなことをしたの?」
「丸一日、ゼカルガ狩り。そしてキングゼカルガ狩り」
ユウとセシリアは目を見開き、そして顔を向き合わせた。
「ん? どうしたの?」
「いや、こっちもキングゼカルガを狩ったんだよ」
「そうそう超でかいやつ」
セシリアは端末画面から討伐履歴を表示させそれをアルクに見せる。
「ほんとだ。ところでこのミリィって誰?」
摘まんだフライドポテトで画面を指す。
討伐メンバーにミリィの名が明記されていたのだ。
「ミリィって昨日会った人でね」
ユウは昨日のジョブチェンの後から今日のキングゼカルガのことまでを話した。
○ ○ ○
「あのアムネシアのミリィか!」
「知ってるの?」
「そりゃあ有名だし。しかし、そっちも有名人とキングゼカルガを狩ってたなんて驚きだな」
「それでそっちはどうだったのさ。ソードマスターって実際に見てどうだったの?」
「すごかったよ。キングゼカルガも軽く一撃だったし」
「一撃!」
こっちはユウが何度も切り、セシリアが魔法で何度も攻撃して倒したのに。
「まあ、最強クラスはそんなものよね」
セシリアはあっさりと受け入れる。
「なんか。私が一緒に戦う必要なくてさ。すぐに別行動だよ」
アルクは少ししょぼくれて言った。
「もう少し会話したかったな」
○ ○ ○
ホワイトローズの屋敷隣にある湖は夜になると月が水面に映る。月の姿は下弦。右半分のない月。現実とあわせているのだうか。分かるのは偽物だということ。
ゲームの世界では完全な夜闇はなく濃い青色の世界が広がる。それでも湖に映る月は見るものの心を奪う。それを応接室の窓からスピカは眺めていた。
「どうでしたか? 彼女は?」
スゥイーリアが後ろからスピカに尋ねた。応接室にはスピカ、スゥイーリア、メイド、男の四名がいる。
「普通に強かったです」
パーティーに取り込めるかを聞いたのだが相手の強さについて答えられた。
スピカの言う普通に強いというのは『私たちには劣る』という意味だ。
「それで、パーティーに来てもらえそうですか?」
スピカは残念そうに首を振る。
「脈なしです」
「あら、残念です。ソードマスターに惚れて籠絡とはいかなかったですか」
スゥイーリアは肩を落とす。
「元々スピカと組ませるのがいけなかったのでは?」
メイドが口を挟む。
「スピカと一緒に組めば大抵は自分の弱さに気恥ずかしくなって避けるでしょう。戦闘を見るだけならかっこ良くて惚れ惚れするのですが」
「なるほど。では次にゼカルガの件はどうでしたか?」
「あれは本当でした。名前はキングゼカルガでマルチ型。平均レベルは65。今日一日で6体倒しました」
「獲得ポイントは?」
「30万でした」
「なるほど。でしたら私たちはカブキオオトカゲ討伐で問題ないですね」
スゥイーリアは男に向き、
「ナリユキさん。掲示板の方、お願いしますね」
「はい」
ナリユキと呼ばれる男は返事をして部屋を出ていった。
「スピカも今日はお疲れさまです」
その後、自室に戻り就寝についたが変に目が覚めてめてしまったスピカは自室を出て、何か飲み物を求め食堂に向かった。廊下は青暗く静まり返っていた。真っ暗ではないのでスピカにとって別段恐怖心というものはなかった。むしろ馴れない洋館がゲーム内に閉じ込められたことを際立たせ、大きく苛立ちの方が
ゲームでは青色の世界が夜となる。その濃さは夕陽が沈んでから日が地平線からのぞくまでの間はどれも同じ。時間を確かめないとつい夜明け前と勘違いする。
スピカは時刻は確かめた。時刻は深夜1時28分。
食堂のドアを開けると光が廊下に漏れる。
どうやら食堂には先客がいたようだ。だが部屋には誰もいなかった。なら、キッチンの方だろうか。スピカはキッチンへ向かうとコーヒーの香ばしい匂いが鼻腔を刺激した。
「あら、スピカ。どうしたのです? こんな時間に?」
先客の正体はメイド姿のメイプルだった。メイプルはコーヒーをカップに淹れているところだった。
「ちょっと紅茶でも飲もうと」
「あらそうですの?」
キッチンは広く、現代のレストランのような銀色の調理場である。ここだけがゲーム世界とギャップが外れている。
メイプルはコーヒーをカップに淹れた後に、棚を開け茶葉を取ろうとする。
「あ、いいです。私もコーヒーで」
スピカは慌ててメイプルを止めた。
「そうですか? でもコーヒーにはカフェインが入ってますよ」
「いやいや、本物じゃあないんだから。カフェインは入ってないよ」
「それもそうですわね」
メイプルは食器棚からもう一つカップを取り出し、そこにコーヒーを淹れる。
コーヒーの濃い香りがキッチンに充満する。
正直言えばスピカはコーヒーが嫌いだ。苦いとかそういうのではない。彼女はコーヒーの香りを嗅ぐと延髄辺りがうずき、つい首を回したくなるのだ。
「どうぞ」
スピカの手前にカップが差し出される。
砂糖とミルクを入れて、スピカは意識して首を回すのを堪える。そしてカップを手にし、コーヒーの香りを嗅いでから飲む。
苦さが甘さを越えて舌を刺激する。コーヒーの香りは強く鼻や口にまとわりつく。
スピカはちらりとメイプルを窺う。メイプルは上品にカップを顔に近づけ、香りを楽しんでからコーヒーを飲む。
同じように飲んでいるのにどうしてこうも様が違うのか。
再度スピカはコーヒーを一口飲む。
「スピカはどうして黒ドレスなのですか?」
意外な質問が来て少しだけ動揺をする。
「え、いや、白だとなんか汚れたときどうしようかなと。それで」
「別段、ゲームだと汚れなんてないでしょうに」
「分かってはいるですけど、つい」
「私はてっきりスゥイーリアに合わせて黒にしているのかと」
スピカはすぐに首を振って否定する。
「それは違いますから」
メイプルは笑顔の後にコーヒーを一口飲む。
「メイプルはどうしてメイドに?」
このアヴァロンにはNPCでメイドがいてもメイドというジョブはない。
「ん~。特にないです。いつの間にかメイドが合ってたんでしょう」
「たまにはメイド服以外を着てみては? いっそ私がメイド服でメイプルが黒のドレスとか」
「あら、面白そうですわね。衣装交換機能さえあればできたかもしれませんね」
「それは仕方ありませんけど。別にそんなに高いわけでもないですし購入しては?」
「でもこの服装が私のアイデンティティみたいなものですから」
メイプルは自身のメイド服を見る。
「分かります。確かに私の服はやっぱこれだって思いますよね」
スピカにとっても馴染み深い黒のドレスは大切な体の一部のようでもある。
「でも一度くらいは衣装替というのもいいかもしれませんわね」
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