第145話 Tー16 スキル・ロミジュリ

 森を抜けアリスはユウの背を探す。森を抜けた先は岩が突き出した荒野だった。


「いないなー。どこ行ったのかしら?」


 アリスは手の平でひさしを作り、周囲をうかがう。


「うーん。…………ん?」


 南西の方角に小さい人影を見つけた。

 アリスはスコープを取り出して、その小さい人影を確認する。


「お! ユウだ! おーい! ……ってここからじゃあ聞こえないか」


 アリスは走ってユウの後ろ姿を追い掛ける。


  ◯ ◯ ◯


 ユウの姿が近くに見えて、アリスは声をかけようとしたが止めた。そして近くにあった木の裏にそそくさと隠れた。


 その理由わけは、ユウがタイタンプレイヤーと戦闘をしていたからだ。

 今、ユウは岩の後ろに隠れ、銃撃を防いでいる。


 ──どうする? 助けたらまずいし。


 逡巡していると銃撃が止んだところでユウが前に出た。


 だが、それは罠だった。敵は二人いてユウが出たところをもう一人がライフル銃で攻撃する。

 何発かが体にヒットする。それでもユウは戻らなかった。走って銃弾の嵐を突っ切る。


 ──無茶だ。これじゃあ当たりに行くようなものよ。


 しかし、ユウは当たるよりもはやく駆ける。左回りに旋回し、相手に近付く。


 相手も銃ではなくナイフに武器を変え、迫ってくるユウに斬撃を放つ。


 ユウはそれを回避し、カウンターでダガー・ウィンジコルで胸を刺す。そして横を回る時に腹を切り、膝裏を蹴る。相手はバランスを崩して倒れる。


 もう一人のタイタンプレイヤーはスタン付き警棒でユウの頭を叩き潰そうとする。

 それをサイドステップで右に躱す。そして左フックで横面を叩き込む。


 すぐに相手の背後に回り込み、頸椎を一回、背中を二回、切り込む。最後に両手でダガー・ウィンジコルを逆手に持ち、相手の心臓部に背後から刺す。


 相手のHPが0になり消失。


「てめえ、よくも!」


 まだ生存していた最初の敵は怒り目でナイフを突き刺さそうと飛び込む。

 そのナイフをダガーで弾き、前のみりの相手の下へと潜り、相手の腕とベルトを掴み、一気に起き上がって投げ飛ばす。


 相手が倒れ、そこへユウがダガーで相手の胸に止めの一刺し。


「ふう」

 ユウは相手の消失を確認して息を吐いた。


「!」

 気配を察してユウは振り向いた。


 そしてダガーを──。


「ちょーと、私よ!」


 ダガーの刃をアリスの首元で止める。


「……アリスか」


 ユウはダガーを腰のシースに戻して息を吐く。そして肩の力を抜いた。


「何やってんだ? お兄さんは?」

「バカ兄貴は可愛い妹をほったらかしてどっかへ行った」


  ◯ ◯ ◯


「……ということがあったのよ」


 場所を川の近くに変え、昼食を交えてアリスは兄から知った現在の位置と状況をユウに話した。


 川が近いゆえか、高湿低音で気持ち良かった。


 配布された昼食はサンドウィッチとドリンク。


 ドリンクは端末プレゼントボックス内の配布昼食セットをタップした際、ドリンクの中身としてコーヒー、紅茶、麦茶、コーラの欄が生まれ、どれかをタップすることによりドリンクが生まれる。ユウはコーヒーをアリスはコーラを選んだ。


「どうしてお兄さんの下に残らなかったのさ? てか、俺に話してよかったのか」

 サンドウィッチを食べ終えてユウは聞く。


「私は役に立てないなんて言われたし。それにここら辺、タイタンプレイヤーが多いんだって」


 そう言ってアリスはサンドウィッチを頬張る。説明をしていたせいか、サンドウィッチはまだまだ残っている。逆に聞き役だったユウは食べながら聞いていたので早めに昼食を終わらせていた。


「そっか。敵が多いのか」


 今、二人がいるエリアは島の東側に属する。

 東の岬はタイタンプレイヤーが敗れるとイベント復帰時に飛ばされるポイントであるため東はタイタン、西はアヴァロンプレイヤーが多くなってきている。


「……まあ、教えてくれありがとう」


 しかし、敵対関係なのに教えてもらって良いのかなと不安になるユウ。


「そういえばさっきのすごかったね。アンタ、あんなに強かったっけ?」

 サンドウィッチを食べ終えて、アリスは尋ねる。


「自分でもびっくりだよ。レベルとランクが上がるとあんなに動けるのかと」

「ちょっと端末の戦闘履歴見てみなさいよ」

「端末の戦闘履歴って使えないんじゃなかった?」

「違うわよ。使えないのはアイテム、武器、掲示板よ。戦闘履歴は見れるんだって」

「それもお兄さんから?」

「まあね」


 ユウは端末を取り出して戦闘履歴を確かめる。


「ええと、これかな」


 先程の戦闘データを表示する。


 どこを攻撃したのか、与ダメージ、そして受けた攻撃、被ダメージ等が表示される。


「たぶんアビリティかスキルだと思うんだけど」


 ユウは戦闘データを読み、そして見つけた。


「これだ。『スキル・ロミジュリ』が自動発動している」

「『スキル・ロミジュリ』? ユウも持ってるの?」

「ということはアリスも」

「うん。リゾートイベントの後くらいかな、なんかいつの間にか習得しててさ。兄貴もエイラも知らないスキルでさ」

「そうそう。こっちも周りが誰も知らなくてさ。リゾートイベント終わってからなんだよ。なんだろう? このスキル。効果が記載されてないから、どんなのか分からないんだけど」

「だよね。ロミジュリってことはロミオとジュリエットか……」

「……」

「……」


 ロミオとジュリエット。それはシェイクスピアの有名な戯曲で、身分や立場上結ばれることが許されない男女の悲恋物語。


 二人はこの時、同じことを考えていた。


「もしかして……」

「私とアンタが?」


 二人はお互いに何度も自分と相手を指し続ける。


『ええーーー!』


  ◯ ◯ ◯


「でも、どうして私とアンタが?」

「それは……アヴァロンとタイタンという立場だからかな?」

「……ふ、ふぅ〜ん」


 今、二人は渓流へと目指している。


 渓流付近のアヴァロンプレイヤーはタイタン側により駆逐され、タイタンプレイヤーも獲物がいないということで渓流付近にはいないらしい。さらに渓流近くには森があるためもしもの時は隠れることも可能ということで二人は渓流へと向かっている。


「スキル『ロミジュリ』って私とアンタしか習得してないのかな?」

「どうして?」

「だって、もし他のプレイヤーが習得してたらスキル発動とかどうなるわけよ」


 ユウは少し考えた後に「確かに」と頷く。

 スキル『ロミジュリ』の発動条件は同名スキル保持者が近くにいることで自動発動する。

 誰がではなく、同名スキル保持者ということで。

 ならこのスキルはユウとアリスしか習得していないということにもなる。


「いやあ、困ったスキルだね。名前とか」

 どこか恥ずかしげに言うアリス。


「困ったスキルだけど効果は高いね」


 戦闘データからスキル効果も判明。

 スキル効果は攻撃・魔法攻撃・スピード20%アップ。運10%アップ。被ダメージ20%カット。武器スキル発動率・効果量10%アップ。


 普段はアヴァロンとタイタンプレイヤーは離れているので会うことは決してない。会うのはこういうイベント時のみである。


「ここらへんでいいかな?」

 とユウは立ち止まった。


「いいんじゃない」

 アリスも頷く。


 そこは小石の多い川岸で広く、背もたれや椅子代わりになる岩もあった。


  ◯ ◯ ◯


 夜も更け込み──はここゲーム世界ではない。夜は濃い青の世界、空は暗く、星が瞬いている。


 夕食を食べ終えて、ユウとアリスはのんびりと寛いでいた。


 渓流の音がさらさらと流れ、森のどこかでフクロウが鳴いている。


 ユウはいざというときのため、アリスから少し離れた所に座り、背を岩に預けている。

 アリスとしてはきっと誰も来ないから大丈夫だと告げたが、ユウはもしもの時と言い、離れて座る。


 ぼんやりと焚き火を見ていたアリスが、


「ねえ、元に戻りたい?」

「え?」


 脈絡もない質問にユウは疑問の声を上げる。


「現実に戻りたいかってこと」

「そりゃあ、戻りたいよ」

「……ふうん、そう」

「なんだよ急に」


 ユウは姿勢を正してアリスに向き直る。


「ほら、クルエールことよ。……私達の内どちらかが融合……だっけ? それを受け入れたら、どちらかを解放するって話」


 ユウとアリスは以前リゾートイベントでクルエールに会い、そして交渉の話を持ちかけられた。


「ねえ、現実に帰りたい?」

 もう一度アリスは問う。


「そりゃあ現実に帰りたいよ。アリスは」

「勿論、私もね。……でも、私は兄がいるし」

「それを言ったら俺だって友達がいる」

「無理しなくていいよ」

「してない。友達見捨てて帰る気はない」

「意地っ張り」

「どっちが」

「ねえ、あれからクルエールと会った?」

「ない」


 嘘。本当は一度夢の中で再会している。それをユウは言わないでおこうと決めた。


「アリスは?」

「同じく」

「……やっぱ嘘なんだよ。帰れる訳ないよ」


 一拍置いて、「……そうなのかな?」とアリスは呟く。


「そうだよ」

 とユウは返した。


「ねえ、アンタはどうしてアヴァロンを選んだの?」

「へ?」


 脈絡のない質問にユウは疑問の声を出した。


「つい最近登録したんでしょ? なら、どうして新しいソフトのタイタンではなくアヴァロンを選んだの?」

「……頼まれたんだ」

 少し間を置いてユウは答えた。


  ◯ ◯ ◯


「アハハハ、何よ、クラスメートに頼まれたのに即振られたってこと?」

「…………」


 馬鹿笑いするアリスにユウはジト目を向ける。今、2人は焚き火を挟んで向かい会っている。


「あー、ごめんごめん。そんなに怒らないでよ。でも、別の友達と合流できたんでしょ?」

「まあね」

「あーおかし」

「そっちはどうしてタイタンに?」


 今度はこっちの番だとユウは尋ねる。


「そりゃあ新作だし」

 明後日の方向を見てアリスは答える。


「嘘だね」

「嘘じゃないわよ」

「女の子が銃とか好む?」

「それ偏見よ。好きな子だっているんだから」


 とアリスはユウに人差し指を向ける。


「人様に指を向けない。それとアリス、君は銃とか苦手でしょ? それに世間ではアヴァロンは女子、タイタンは男子の割合が多いのよ」

「うっ!」

「なんでタイタンを選んだの?」

「兄よ。兄」


 アリスは指をもじもじさせながら答える。


「えー?」

「ほ、本当よ。兄貴がハイランカーだからVRMMOのコツを教えて貰おうとタイタンを選んだのよ」

「……本当?」

「本当よ!」

「で、どうだったの?」

「駄目よ。駄目。うちの兄貴、全然教えてくれないし、挙句には自分の彼女に押し付けたのよ」


 アリスはやれやれと両手の平を上に向ける。


  ◯ ◯ ◯


「もうこんな時間だ」


 時間を確かめると夜の23時47分。もう少しで日付が変わろうとする。あれこれ談笑しているといつの間にか時間が経っていた。


「明日のため、もう寝ないと」

「そうね」


 ユウは焚き火を消し、腕枕して地面に仰向けになる。アリスは頭ほどの石にポーチを被せ、その上に自身の頭を乗せる。


「それ痛くない?」


 ポーチを被せているとはいえ、石の硬さが伝わるだろうし、寝返りを打ったりすると痛いだろう。


「ゲーム世界なんだから、痛みはないわよ」

「そっか」

「でも硬いわ」


 アリスは枕から頭を離す。


「ならやめたら?」

「私、寝る時、頭に高さがないと駄目なの」

「それはまた大変だね」

「…………」

「何?」


 じっとアリスが見つめてくるのでユウは尋ねる。


「アンタに腕枕になる権利を上げるわ」

「いりません」

 ユウは即答した。


「お願い」

「えー!?」


 アリスは手を合わせてお願いするもユウは不満そうな声を出す。


「一日だけ! ね? ね?」

「…………」

「お願い! お願い!」

「…………わかったよ」

「ありがとう!」


 ユウは左腕を伸ばし、アリスはその上に頭を乗せる。


「カップルになった感じだな」

 ユウは空を見上げて言った。


「キモい」

「空気読めよ」

「はいはい」

「綺麗だな」

「私が?」

「星が」

「空気読みなさいよ」

「はいはい」

「ねえ、アンタは明日どうするの?」

「山へ向かうよ」

「ふうん」

「アリスは?」

「私はここら辺をぶらぶらしておくわ」

「お兄さんの手伝いしないの?」

「手伝うんだったら、アンタの後、追いかけないわよ」

「そうだな」


 アリスは頭と体をユウの方へと向ける。

 視線を感じてユウもアリスへと向く。


「こっち見ないでよ」

「君だってこっち見てるじゃん」

「私はいいの。こうしないと眠れないから」


 どちらともなく2人は向き会ったまま目を閉じる。


「おやすみ」

「うん。おやすみ、ユウ」


  ◯ ◯ ◯


 アリスは起きていた。


 そして少し頭を浮かして、ユウに近づく。


 手を伸ばし、ユウの胸を触る。指を動かし、感触を確かめる。


 硬い胸。男の胸。女のように柔らかくはなく、逞しい胸。


 指を止めて、手の平で心音を聞く。

 規則正しく響く、小さな振動。

 ユウの心音が手の平を通してアリスへと伝わる。


 ゲーム世界なのにそういう所は細かい。

 相手の緊張と共に心音も変動する。

 鼓動は速い。いや、もしかしたら自分の鼓動が速いのかもしれない。


 アリスはなかなか眠れなかった。


 でも、そういう夜もいいのかもしれない。


  ◯ ◯ ◯


 ユウは起きていた。そしてアリスが近づいて来るの感じていた。


 プレイヤーは無臭である。しかし、花の香りが鼻腔をくすぐる。


 香水だろうか。


 ふと近づいたアリスに胸を触られて驚いた。でも、ユウはなんとか反応せずにじっとする。


 初めは感触を確かめるように指が動いているのが分かる。そして指の動きが止まる。


 それでも手は胸から離れてはくれない。


 緊張しているのがバレているだろうか。

 起きているのがバレているだろうか。


 アリスは手を当てたまま、動きを止めている。寝たのか、それともまだ起きているのか。


 手をどけさせることも可能。


 けれど、たまにはこういう夜もいいのかもしれない。

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