第188話 Pー13 アルク

 アルクは頭に被せられた麻袋と猿ぐつわを取られ、まずここがどこか、そして自分をさらった相手が何者かを視覚と聴覚による情報で冷静に収集と処理を行った。


 まずここはビルのフロアであること。

 灯りが少なく周囲は暗闇。椅子に座らされた自分と周囲に何人かの人の気配がある。


 ──窓がない。地下? ううん。エレベーターで登った感じがするから地上の2階以上かな? でも、駐車場が地下の可能性なら……。


 それからアルクが座らされてだいぶ時間が経った。でも、そのおかけで薄暗闇にもだいぶ目が慣れた。それにより周囲の人間はサングラスをしたスーツの男達と理解できた。どの男達も体ががっしりしていた。雰囲気からもプロか軍人だろうと思われる。


 男達はじっと立っていた。体幹がしっかりしているのだろう。まるでマネキンのようにしっかり立っている。時間は分からないが、ここに来て一時間近く経っているのではだろうか。


 アルクはそろそろトイレだのと嘘をついて声をかけるべきかと逡巡していた時だ。


「待たせてごめんなさいね。ちょっと色々あってね」

 艶のある声音が暗闇の奥から木霊する。


 ──この声。確か……。


 正面暗闇から女性の姿が現れる。セミロングヘアーで白のカットソーにデニムのホットパンツ姿。髪型が違えどアルクはすぐにわかった。いや、会う前から連れ去られた時からあの女の差し金と読んでいた。


「やっぱりアンタが山田達を殺したのね」

「あら。私が誰かわかっているのね。よかったわ」

「その整形臭い顔は忘れられないつうの!」


 アルクは雷電公主を睨め付けた。

 それに対して雷電公主は怒りの表情を見せなかった。それもそのはず。雷電公主は人ではない。その体も顔も対人コミュニケーション用として作られたアバター。相手に情報をさとされないように表情筋を微笑みに止め続けることも可能。


「ごめんなさいね。こんな手荒な真似をして。痛かった? 怖かった?」

「ざけんな。拉致監禁は犯罪だぞ。何様だよ」

「そんなに吠えないで。私はね貴女と話がしたかったの」

「話? 何のことよ?」

「アイリス社のゲームについてよ。貴女、囚われていたでしょ? その時のことを教えて欲しいのよ」

「意味わかんない」

「素直に吐いた方が良いわよ。私もね薬なんて使いたくないのよ」


 雷電公主が指を鳴らすと、男が二人が小テーブルと椅子を運んできた。椅子に雷電公主が座り、小テーブルの上に置かれている箱を開けた。そこには注射器と小瓶に入った薬がある。


 アルクは唾を飲んだ。


 そこへ黒スーツを着た強面の男がやって来る。


「雷……」

 続きの言葉を雷電公主が鋭い目で止める。


 すぐアルクに向き直り、笑顔を作る。


「少し待っててくださいね」


 そして男と共に暗闇の奥へと消え、ドアが開閉する音をアルクは耳にした。


  ◯


 雷電公主と男は廊下にでた。天井には申し訳程度の明かりがあった。薄暗いが先程のフロアよりかは明かりがある。


 雷電公主はまず、

「どうして私の名を言おうと?」

 言葉は柔らかいが、目は鋭かった。


「すみません。どうせ処分するのでしたら問題はないかと思い……」


 女より頭二つ分は背が高く、スーツからも分かるくらい引き締まった男が緊張な面持ちで頭を下げる。


 男は処分するからと言っていたが、雷電公主からするとそれがまさにわからなかった。

 処分するなら逆に名を告げることこそが無駄なはず。


 そもそも今回はすぐに処分するわけではない。聞くことは聞かないといけないし、彼らが救出に来る可能性もあるのだ。


 それに相手の子は父親が警視庁の人間。そのリスクを負って拉致監禁までしたのだ。ここで殺すとなるとさらに窮地に立たされる。

 勿論、そこまでを考慮し、自分達の素性が日本側に多少バレても問題はないよう動いた。


 が、それはそれ。


 無駄を最小限省き、アドバンテージを保つのが戦略というもの。


 雷電公主は息を吐き、

「で、何かあったので?」

「はっ! 実は警察がダミーに向かっているとの情報です」

「どのダミー?」


 この質問もまた無駄のように雷電公主は感じる。初めにどこが危険かを告げれば短縮はできるはずなのにと。


「デルタ1から3です」

「川の向こうよね。こちらには?」

「いいえ。こちらには向かっていないもよう」

「どうして警察はダミーに?」


 ダミーは拠点を隠す以外にも相手がどのような情報経路を使ったのかを知るためのもの。


「分かりません」

「そう」


 そして雷電公主は目を瞑り演算した。


 こちらに来る可能性もあるなら移動をすべきか。しかし、話を聞く限り、こちらに感づいている節はない。なら動く必要はないか?


 しかし、はどうだろうか?


 日本警察ごときがダミーに向かっているなら、彼らはこちらに気付いている可能性が高い。もしかしたら日本警察に情報をリークしたのも彼らかもしれない。

 けれどリークしたというならなぜこちらに日本警察が来ないのか。


 ──ここは知らない? もしくは……。


 演算処理は時間にして1.3秒。

 男からすると少し長めの瞬きにしか感じなかった。


「ここの守備を固くすること。ただし、外の者を差し向けては駄目。ここにいる者だけで対処。外にいる者には連絡するまで待機を」

「は!」

 男は何も考えず即答した。


 それは思考をやめたのか。はたまた雷電公主に信頼を置いているのか。


 ──まあ、どうでもいい。私に間違いはないのだから。


 相手がどのような行動を取っても最悪にはならないよう手を打っている。

 現に今のところ想定内でもある。


 もしも、最悪な事態になるとしたら、それは味方の裏切りやミス、相手側にこちらの預かり知らぬがある場合だ。


 雷電公主が男に背を向け、アルクのもとへ戻ろうとした時──。


 窓ガラスが割れる音、そして床への衝撃音、次いでビルが振動した。


「公主!」

 男が懐から拳銃を出す。


「あら大変。先程の命令は棄却。あなた達はあの子を連れてすぐ逃げなさい。ビルを出たら外の者に逃げるよう告げるように」

「え?」

「電波障害。連絡が取れないわ」


 雷電公主には内蔵の通信機器がある。それが現在送受信不可となっている。相手が妨害電波を出しているのだろう。


「さあ、早く。上の敵は私が対処します」

「了解」


 男は去り、雷電公主は壁にかけられている戦斧バトルアックスを手にする。男性でも持つのがひと苦労しそうな太く黒い斧を雷電公主は軽々と持ち上げる。


「さて私を楽しませてくれるのかしら」

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