第187話 Pー12 誘拐
結局あの後、アルクを敵から助けるという妙案は生まれず、藤代優ことアリスは家に帰った。
「ただいまー」
◯ ◯ ◯
ゲーム世界でも夜空を見上げて星を見た。でもそれらは偽物。けれど現実世界の夜空もまた偽物。灯る星々は人工衛星の光。
アリスがベランダで夜空を見上げていると、
「何しているの?」
と後ろから藤代優の母に声を掛けられた。
「星を見ていた」
アリスは振り返らずに言う。
藤代優の母はベランダに来て、アリスの隣りに立つ。
「もう4年ね」
と藤代優の母はアリスと同じく夜空を見上げて言う。
「4年?」
なんのことだろうか。勿論、それはアリスとのことではなくこの体の持ち主、藤代優とのことだろう。アリスは藤代優の記憶を
──4年前。中1の頃。
藤代優の記憶が蘇る。
不思議な感覚だ。実体験したことのない記憶が頭の中にあるのだから。でもその頭は藤代優の頭。だから当然のこと。
藤代優の記憶には叔父と軌道上にある衛星工場の事件が引っかかった。
4年前に叔父が働いていた衛星工場が中国工作員による攻撃により破壊され、叔父は死んだ。そのことを当時の藤代優はテレビニュースで知った。
朝のことだった。学校に行こうと支度を済ませて、スクールバッグを手にしたとき速報が流れた。
そこで記憶と共に激しい感情が押し流れてきて、アリスは慌てて蓋をする。
「もう4年か……」
アリスにとって他人事で意味のない言葉。それでも藤代優を演じるために、そして溢れる感情に蓋をするため言葉を発する。
「ひどい事件ね。……寒いから、もう部屋に戻りなさい」
と言い、藤代優の母はリビングを出る。
◯
その日、アリスは夢を見た。
それは藤代優の記憶によって出来た夢をだった。叔父との遊んだ記憶。
叔父は父の歳の離れた弟で優には歳の離れた兄のような存在だった。優の性に対するこも寛大で1番の理解者でもあった。仲が良く、色々なことを教えてもらったり、一緒に遊んだこともある。
夢は明るく、ほんわかするものだった。
だけどその夢も悪夢へと変わる。
研修で衛星工場に向かった叔父が帰らぬ人になった。
場面は真っ暗になる。
分かるのは落ちているという感覚。
恐怖はない。絶望という線が背中から引っ張り、底へと誘う。
そこでアリスは目が覚めた。
もう冬だというのに汗をかいていた。
「……変な夢」
これも全て叔父との記憶のせいであろう。
昨夜はなんともなしに夜空を見上げいたが、藤代優の母に叔父のことと勘違いされ、優の記憶がアリスの心を揺さぶった。
──そういえば、私としての記憶があるのはどうしてだろうか。記憶は脳に刻まれるもの。この体は優のだし。私の記憶は一体どこから?
◯
冬の気配が寒さを伴って訪れてきていた。
息で両手を暖め、アリスは早歩きで道を進む。
登校中の道、アリスは
「何かあったの?」
アリスはたまたまいたクラスメートの一人を見つけて、尋ねた。
「
「人拐い? 誰が?」
「アルクよ!」
そう声を掛けてきたのは渡辺茉莉花だった。アルクを犯人として疑っていたクラスメート。
「え?」
「急にバンが道を塞ぐ様に停まって、それからハイエースが横に停まって、中から黒ずくめの男達がアルクを撃ったの。そして倒れたアルクをハイエースに詰め込んで走り去ったの」
「警察は?」
「今呼んだとこ。もうすぐしたら来るかな」
「そう」
アリスは来た道を走る。
「ちょっと、優!」
◯
アリスは走りつつ、スマホで鏡花に連絡をする。
『やあアリス君、待ってたよ』
それは知っている口ぶり。
「鏡花さん、知ってますね」
『ああ。アルク君が
「敵は今どこに?」
『まずは新虎のビルに来てくれ』
と告げ、通話が切れた。
◯
花田悟が娘アルクが誘拐されたことを知ったのは妻からの電話であった。
すぐに所轄に向かい、まずは先に所轄にいた妻を落ち着かさせ、捜査員から情報を聞いて状況を確認。
一課長には娘の件は集団自殺事件と関わりがあると説明して娘及び犯人の捜索許可を得た。
まずはNシステムからバンとハイエースの行き先を調べた。
Nシステムは道路上に設置したカメラで走行中の自動車を追跡と調査をするシステム。
しかし、ある一定のところで追跡が不可能となった。
さらに捜査員を派遣させ周辺を調べさせると乗り捨てられてバンとハイエースが見つかった。周りには監視カメラも少なく、不審者を特定するのは難儀になった。
「クソッ!」
花田悟は怒りで机を叩いた。
こんなことなら朝も送ってやればと後悔した。
◯
アリスは新虎のビルに向かった。アルクがいつ攫われた時間は正確には知らない。ただ新虎のビルに着いた時には攫われてから一時間は経ったと考えていた。
「鏡花さん! アルクが!」
部屋に入って開口一番アルクは切羽詰まったように言う。
「うん。分かってる。そこに座りたまえ」
座る気はなかったが、じっと立っていてもおかしいし、アルクはソファに座った。座ると焦ったくて脚がムズムズした。
「で、どうするんです?」
「犯人の拠点は絞っている」
「なら……」
「絞っているということだ」
語気を強めて鏡花は言う。
「……それは?」
「どれかにいるということだ。ただ、相手も罠を仕掛けているし、ミスったら大変だ」
「それじゃあ……」
慎重に行かなければいけない。けれど慎重すぎて、ノロノロしているとアルクの身が危険に晒されていく。
「こちらだけで動きたいけど、こっちは少数だしね。警察側にリークをして、少し動いてもらうのも手かな?」
「なら早く」
「落ち着いて。今、仲間に話を通して準備してもらっているところだよ」
「仲間が他にいるんですね」
「ああ」
アリスはホッとした。けど、
「鏡花さん、ちょっといいですか?」
部屋を仕切る衝立の向こうから葵が鏡花を呼ぶ。
「ちょっとすまないね」
と鏡花はアリスに言って、衝立の向こうに。
少し話をしてから鏡花は戻ってきた。その顔は困ったことがあったようだ。
「アリス君、ちょっと頼みがあるんだが?」
「なんですか?」
「こっちへ来てくれ」
「はあ」
アリスはソファを立ち、衝立の向こうに進んだ。
衝立の向こうはテーブル一体型巨大タッチパネルがあり、画面には地図が表示されている。その地図には丸い点がいくつか灯っている。
「ここにアルクが……」
「彼らは途中でバンとハイエースを乗り捨て、別のハイエースで移動したもよう。その後、監視カメラの見つけた最後の映像を中心として、他の監視カメラのあるエリアまでを範囲として、そのエリア内の拠点がこちらになります」
と葵が説明。
「絶対にここらへんなの?」
アリスはエリアを指して葵に聞く
「乗り換えたハイエースが見つかっていないので、再度乗り換えた可能性は低いかと。それと他の彼らの拠点らしきビルも監視はしていますが、今のところ怪しい動きはありません」
「待って! 他の拠点も知っていたということ?」
「全てを知っているというわけではありません。向こうも情報を錯綜させるため色々と手を打っています」
「それって、他にもある可能性があるということ?」
「……はい。ただ今のところ、こちら側が得ている彼らの拠点は画面にマークされているビルです」
マークされているビルは川を挟んで5つある。東に3つ。西に2つ。
「で、問題とは?」
「見ての通り、数が多いのだよ。全部で5つ。たぶん罠を張っているのだろう」
と鏡花は言う。
「じゃあ、警察にリークして」
「不明なリークに警察が動いてくれるかい?」
「動いてくれるとしたら、せいぜい東か西のどちらかだろうね」
「つまり東を言えば西は信じてくれないと?」
「だろうね。さらに本当に何もなかったらリークは一切信じてくれないだろう」
「なら、東を警察に西を私達が動くと?」
「私達? おや、手伝ってくれくるのかい?」
「え? いや、あの……」
誘拐犯を捕まえるなんて危険極まりないことだ。それに相手は中国当局の工作員。武器や戦闘経験のある者もいるだろう。
女子高生一人が戦力になるのか。
かと言って、じっとするのも嫌だし。アルクを助けに向かいたいという気持ちもある。
「君は経験がある。それにいざとなったら命乞いすればいい。帰還者と言えば一時的に攻撃が止むだろう」
「武器はあります?」
「あるよ」
鏡花はサムズアップした。
「……危ないのは勘弁で。それとヤバいと思ったらマジで逃げます。私、強くないので」
「分かった。なるべく安全なビルをあてがおう」
「なんか日本語おかしくないですか?」
それに鏡花は笑った。
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