第186話 Pー11 暗中模索

 下校中、花田アルクは背後の視線に気付いた。


「あっ! スマホ鳴った?」みたいていで自然にスマホを取り出し立ち止まる。そしてインカメラで後ろを確認する。


 画面には下校中の生徒、そして見知った車が写っていた。


 アルクは大仰に息を吐き、そしてUターンして車に近づく。

 そして助手席側のウインドウをこんこんと叩く。


 ウインドウが下がり助手席の男が、「乗るか?」と聞く。

 男は父の花田悟だった。


「何やってんの?」

 アルクは険しい目つきで凄む。


「護衛だ」

 それに悟は目を逸らして答える。


「頼んだ?」

「お前が次に狙われやすいんだよ」

「は? 何で狙われるの?」


 アルクは後部座席側のドアを開け、中へと入る。


「集団自殺で亡くなってないのはお前だけだからな」

「正確にはあの場にいたのは私ではないんだけどね。で、誰かわかったの?」

「ああ」

「旗本でしょ?」

「……」

「あいつ殺されたんでしょ? 犯人は見つかったの? あと、あの女性の正体判明した?」

「捜査情報は話せない。蒔田、出してくれ」


「はい」と蒔田は車を発進させる。


「私、クラスメートに疑われたわ」

「なんでだ?」


 悟は驚き、振り向く。そこには娘を心配する一人の父としての顔があった。


「山田とはトラブルはなかったけど、自殺前に一緒に行動していて。で、その次は山田の件で私を疑った旗本が死んだ。最悪ね」

「いじめられてないだろうな?」

「ないわよ。それに少し考えれば私じゃないって分かるし。あんなのやっかみよ」

 機嫌悪くアルクは言う。


  ◯ ◯ ◯


 アルクが車に乗って去っていたのを藤代優ことアリスは棒立ちで確認した。


「……行っちゃったよ」


 ──自ら乗ったし。あれはお迎えかな? 私、どうしよう? 鏡花さんのとこ行こっかな?


 そこへハイエースが一台、車道を通過する。


 ──もしかして、あのハイエース、アルクを誘拐しようと!?


 怪しいと思いアリスはスマホで撮ろうとしたが、

「やめた方が良いよ」

 と止められた。声の主は鏡花であった。


「ここで何を?」

「立ち話もなんだし、カフェに行こう」


 そしてアリスと鏡花は近くのカフェへと入った。


「あの、いいんですか? ほっといて」


 注文したコーヒーが届いたところでアリスは聞いた。


「君、あれは罠だよ」

 そう言って鏡花はコーヒーカップに口をつける。


「罠?」

「ハイエースは我々、もしくはアルクを守ろうとする者を呼び出す罠だよ」

「本当に?」

「ああ。すでに敵について幾つか判明していて、あの時は2台動いていたんだ」

「そこまでわかっているなら。どうして敵を攻めないのですか?」

「敵は強い。今の戦力ではやられるよ。なんてったって雷電公主が出張ってるんだから」

「雷電公主? 誰?」

「おや? 知らないかい? 中国のAEAIさ」

「強いんですか?」

「そうか。君は知らないんだっけ?」

「ん?」


 鏡花は少し間を置き、

「ついこの前、雷電公主と麒麟児の攻撃によりこちら側のAEAI……つまりロザリー達は破壊されたのだよ。現存するこちら側のAEAIは葵とマルテのみなのだよ」

「ええ!? それって大丈夫ではないですよね。クソやばいですよね。てか、ユウや兄貴達はどうなってるんですか?」

「ロザリー達の献身的な防衛によりは制圧されなかったよ」

「ん、それって……タイタンは敵の手に落ちたと?」

「落ちたといっても麒麟児の手にね。それに麒麟児自身もまだ囚われた状態でかつてロザリー達がしたような好き勝手はできないよ。雷電公主とも接触は出来ないらしい」

「そうですか」


 アリスは胸を撫で下ろした。


「麒麟児はカナタだよ」

「…………ん?」

「麒麟児の正体はカナタだよ」

 鏡花はもう一度告げる。


「ええ!?」


 アリスはテーブルに手をついて驚き、つい大きな声を上げる。他の客もその声に驚き、アリスへと振り向く。


「大声は他の客に迷惑だよ」

 鏡花が困り顔でたしなめる。


「……すみません」


 アリスは周囲に頭を下げる。そして、

「カナタが麒麟児って本当なんですか?」

 次は声を殺して鏡花に聞く。


「本当だよ。そしてクルミのフリしたマリーが今まで監視していたんだよ」

「……クルミのフリをしたマリー?」

「君がゲーム内で会っていたのはクルミでなくクルミのフリをしたマリーなんだよ」

「マジで?」

「マジ」

「あー。だからかー。なんかよそよそしいと思ったらそういうことか」


 てっきりユウの姿ゆえによそよそしいのかとアリスは思っていたから、実は別人だったと言われ納得した。


「そのマリーも麒麟児に?」

「残念ながらね」

「……」


 クルミのフリをしていたとはいえ、仲良くしていたのだ。すっと受け入れられることではなかった。


「ま、そういうことだから君もおいそれと刑事ごっこみたいなのはよしなさい」

「ごっことは何ですか!」

「それじゃあ、君は何ができんの? 心配してアルク君を追いかけることかい?」

 鏡花は小馬鹿にしたように言う。


「……」


 アリスは目を細め、唇を尖らす。


「だが私達と手を組めば彼女を助けることができるぞ」


 アリスは両手を見つめる。それは藤代優の手。自分の手ではない。

 もし鏡花と手を組めば命に関わる出来事に幾度と遭遇する羽目になる。


「その誘いだけど。これは私の体ではないから……」

「そうか」


 鏡花はさして残念そうもなく、コーヒーを飲む。


「まあ、今はアルク君についてどうするかだね」

「そうです。雷電というのが狙っているんでしょ? どうするんです?」

「君はどう考えてる?」

「ええと襲ってきたところを倒す? そして捕まえる。で、警察?」

「……君ねえ」

 鏡花はやれやれと溜め息を吐く。


「それだと基本後手じゃないかい?」

「なら先手打つとか? でも相手の居場所知らないし。……それに居場所知ってるなら警察に通報すればいいのでは?」

「警察に通報してどうにかなる敵ではないよ。相手は工作員を従えている。中には戦闘特化も何人かいるだろうし」

「ええ! それだとますます私達では無理ですよ」

「なあに、タイタンプレイヤーならそんじょそこらの工作員程度一捻りさ」

「いやいや、無理ですから」

 アリスは手を振って否定する。


 VRMMOといえど所詮はゲーム。本物の肉体を動かしてたわけではないし、ステータス数値によって筋力や瞬発力が変動するのだ。


 現実で動くのとは全然違う。

 ただ、あるとすれば銃火器を扱ったという経験だろう。


「鏡花さんはアルクの件、どうお考えで?」

 と聞いて、アリスはすっかり忘れていたコーヒーを飲む。コーヒーは冷め、ぬるくなっていた。


「今は雷電公主の動きを探り、そして目的がわかり次第攻撃するつもりだよ」

「目的って、アルクですよね?」

「それだけかい? どうして雷電公主は集団自殺なんてものを仕向けたのかな? 何かメリットはあったかな?」

「えっ! ええと……集めているのは記憶が蘇り不安になっている人達だから、あの当時のことを知ろうとしている?」

「ならなぜ集団自殺を? そんなことをしたら警察が動くだろ? 実際、動いているし。敵からするとデメリットでは?」

「ううん。……用済み? あ、でも警察が……むむむ」


 アリスは腕を組み悩む。

 雷電公主は麒麟児を助けようとしている。

 そのため葵達を探している。


 それで雷電公主はあの当時のゲーム内の記憶を持つプレイヤーを探し集め、そして集団自殺させた。けれど集団自殺でアルクは生き残り、雷電公主はアルクを狙う。しかし、動いたら罠と鏡花は言っていた。


 そう罠と。


「罠?」

 アリスは鏡花を伺う。


「それで誰を捕まえようと?」

「私達。葵達のことを知っている私とか協力をしている鏡花さんとか」


 鏡花はにっこり笑い、

「正解。雷電公主の狙いは私達だ。そしてアルクを狙えば私達が動くと知っている」

「だから無闇動いてはいけない」

「そう」

「でも助けないと」


 ──なんか堂々巡りしているような気がするんだけど。


 アルクを助けなくては。でも罠ゆえ無闇に手を出してはいけない。けれど何もしないでいるとアルクの身に危険が。


 ──堂々巡りだ。


 アリスは溜め息を吐き、両手で頭を抱える。


「なんとかする方法があるとしたら?」

 そんなアリスに鏡花は解決案があるような言葉をかける。


「え!? あるんですか!?」

 驚き、アリスは下げた頭を上げる。


「こちらも罠を張るんだよ」


 鏡花はにやりと笑う。その目には悪巧みの光があった。


「罠!? 具体的には?」

「先程アルク君を尾行していた君のようにね」

「私?」

「そう。わざと大袈裟に尾行するんだよ。それで相手に君のこと認識させ、そしてターゲットをアルク君から君へと変えるんだ」

「なるほど……って、それじゃあ私が捕まるじゃないですか!」

「うん」

 にっこりと鏡花は肯定する。


「ダーメーでーすー。無理です。私、弱いもん」

 アリスは両腕でバッテンを作る。


「鏡花さんがやればいいのでは?」

「私は無理だ。指揮側だからね」

「胡桃さんは?」

「彼女は私のお付きだよ。あと葵も駄目だよ」


 ならばあとは誰がいるのか。今のでアリスが知っている味方全員が駄目ということになる。


「他はいないんですか?」

「現実世界に戻ってまだ日は浅いからね。帰還者で使えそうな人は何人かいるけど」

「なら、その人をさっさとスカウトすれば良いじゃないですか?」

「君、言っておくけど、スカウトの失敗は許されないからね」


 確かにスカウトに失敗するとそれは鏡花達の存在が世にバレるという可能性がある。


「ならなんで私に接触したんですか?」

「そりゃあ、君は特殊だからだよ。帰還者で他人の体に戻ったのは君だけだからね」


 アリスだけが藤代優の体に戻ったのだ。それはクルエールを奪われないために必要な手であった。そしてクルエールがゲーム世界でユウと繋がったことを隠すためにも。


「戻してくださいー」

「仕方ないさ。ユウを守らないといけないんだから」

「てか、この体が大事なら私を囮にするとかありえないんですけどー」

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