第185話 Aー9 前夜

「おお! 豪勢じゃん!」


 テーブルの上に並んだ料理を見てセシリアは感嘆の声を出した。

 サーロインステーキ、焼き魚、シーザーサラダ、シチュー、ピラフがテーブルの上に並んでいる。


「まさに最後の晩餐?」

「アホか!」

「アベシッ!」


 アルクがセシリアの後頭部にツッコミをいれた。


「冗談よー。もうー」


 後頭部をさすりながらセシリアは言う。


「にしても私以外皆選ばれるとはねー」

「……本当だな」

 とユウは苦笑気味に言い、席に座る。


「頑張ってよ」

「わかってるよ」

「さ、皆さん、しんみりはよしましょう」

 ミリィが笑顔で食事を促す。


 この日の食事はいつもと違っていた。

 談笑があり、軽口があり、友人らしい温かい輪がある。


 でも、その背後には不安があった。

 背後の不安に気付きながらもユウ達は食事をした。


  ◯ ◯ ◯


 食後、ユウが自室で一人になっているとドアがノックされた。


「はい」

「私だ」

 その声はアルクであった。


 ドアを開け、アルクを中へと促す。

 アルクは備え付けの椅子に座り、ユウはベッドに腰掛ける。


「明日のことだが、大丈夫か?」

 アルクは俯いて聞いた。


 もしろ大丈夫と聞かれるのは元気のないアルクなのでは感じられる。


「……俺はね。そっちは? なんか、俺のせいかもと思うけど」

「いや、お前のせいではない」

「じゃあ、なんでランクインするのさ」

「それは……」


 しかし、言葉が続かなかった。この部屋にくるまで頭の中でシミュレーションしていたのに。いざ、ユウと相対すると心が縮こまり、言葉が喉から引っ込むのだ。


「無理に言わなくてもいいよ」

 ユウは優しく言う。


 だが、それでは駄目だ。伝えなくてはいけない。

 それは強制でも義務でもない。誠実だ。


 ──けれど本当に誠実だろうか。それは自己満足ともとれるのではないか。


 話すことで解決することはない。あくまですっきりしたいがためであろう。自分が誠実な人間あると。


 ──私はまた卑怯なことをしていないか?


「でも話したくなったらいつでも聞くよ」


 その言葉でアルクは顔を上げる。

 優しいユウの顔が目に映る。


 ──ああ。私は卑怯だ。甘えては駄目だ。言わなくては。


「聞いてくれ」

「うん」

「……私は卑怯なんだ」

「卑怯?」

「前にアヴァロン黎明期の後くらいにゲーム登録したと言っただろ」


 アヴァロン黎明期。

 それはサービス開始してまだ月日が経っていない頃。当時は不具合や不正行為が多く、ランクシステムもなく、チートプレイヤーが台頭していた時代。


「うん。丁度ごたついていた時期にやり始めたとか」

「違うんだ。それより結構前で。勿論、サービス開始直後ではないよ。でも……」


 そこでアルクは下唇を噛んだ。


「チート行為したんだね」


 ユウの言葉にアルクは静かに頷く。


「私も警察官の娘としてする気はなかった。でも、チート行為をしなければ自分を守れなかった」


 昔を思い出したのか、アルクは自身を抱きしめる。


「そっか。そのチートは何度も?」

「一回だけだ。一回だけ私はレベルを跳ね上げた」

「まあ、一回だけならいいんじゃない?」

「いや、レベルを上げるということはジョブレベルも上がるということなんだ」


 レベルを上げる経験値もジョブレベルを上げる経験値も同じで、モンスターを退治することで得られる。


「だから本当のレベルもも違うんだ」

「?」


 それはどういうことか。


 ランクは黎明期の後に生まれ、そしてランクを上げるには熟練度である。


 経験値でレベルを上げてもランクは上がらない。そういうシステムだ。


「私がなぜ魔法剣士かわかる?」

「え? 得意ジョブだから?」


 アルクは首を横に振る。


「違う。逆なんだ。苦手なんだよ。苦手だからランクもなんだ」

「待って待って、それは……え? おかしくない?」


 ランクがなんてありえない。上がることはあっても下がることはないのだから。勿論、特殊なイベントにより一時的に下がることはあっても、プレイヤーの操作によりランクを下げるなんてありえないはず。


「普通はね。普通はそう思うよね。でも事実で、私はタイタンプレイヤーから恨まれているんだ」

「タイタンプレイヤーに?」

「正確には元アヴァロンプレイヤーのタイタンプレイヤーさ。彼らからすると唯一チートで残ってるのが私だから恨んでいるんだろうね」

「それって逆恨みじゃん」


 アルクが「でも」と言いかけたところでドアがノックされた。


「はーい」

「ミリィがケーキだってさー」

 声の主はセシリアだった。


「わかったー」

「じゃあ、行こうか」

 アルクは腰を上げた。


「話は?」

「また今度にしよう。私がランクを隠しているってことを覚えてくれたらいいから」


 アルクが廊下に出ると、ミリィがアルクの部屋をノックしているところだった。


「あれ? そっちにいたの?」

「うん。ケーキだって。楽しみだな」

「あんた、たらふく飯食ってたじゃん」

「ここはゲームだよ。いくら食っても太らないし。食べ続けられるよ」


 ゲーム世界だから本当の体ではない。そして口にするものも本物ではない。けれど味覚は存在する。


 一階のリビングに向かうとテーブルの上にストロベリーショートケーキとチョコレートケーキのホールが二つある。他にもエクレア、マカロンの載った皿が。


「わお! 背徳感ましまし」


 セシリアはテーブルの上にあるスイーツをを見て、歓喜の驚きをする。

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