第265話 Pー17 大広間

 雫と優が旧講堂に侵入する少し前。


 スゥイーリアこと風祭莉緒は遠隔操作型アバターを操り、旧講堂の屋上へと難なく登った。


「……このアバターも色々とヤバすぎですね」


 前回のアバターは半壊したことと、今回は強敵がいないため、スペックの劣るアバターであったが、それでもここまで難なく辿れるということは高スペックであった。


 莉緒は駐車場からアバターの光学迷彩を使って、大学敷地内へ進入、そして機動隊の包囲を潜り、旧講堂へ接近。それまですぐ近くに莉緒がいても彼らは一切気付かずにいた。


 多少の収音・消音機能はあれど、100%音を消すことはできない。


 それでも莉緒はバレずに旧講堂へと近づけた。


 その後は蜘蛛のように登り、屋上へと辿り着いたのだ。

 当初は摩擦力で蜘蛛のように登れると鏡花が言っていたが、どこか信じきれずにいた。


 けど、こうして本当に壁を登り切ったのだから、それは事実であった。


 屋上へと辿り着いたと鏡花へ報告。


 すぐに次の指示がなされる。


 屋上から階下へ。施錠されたドアはレーザーナイフでドアとドア枠の隙間に通して、ラッチを破壊。


 そして指定されたエリアに時限爆弾を設置。

 時限爆弾といっても威力は低く、音と煙が多いだけのもの。


「これでよしっと。次は……」


 時限爆弾の設置後、2階から縄梯子で胡桃を旧講堂内へと迎え入れる。


「他の2人はよろしいのですか?」


 莉緒は胡桃に問う。今回は計4人での活動と聞いていた。


「彼女達はまだ経験不足ですし、役目が違いますから。まずは私達で色々と」

「そうですか」


  ◯ ◯ ◯


 莉緒は旧講堂内にいる邪魔となる敵を光学迷彩を使って倒していく。


 それはとても簡単だった。


 相手はこちらが見えないので、すぐに背後を取ることが出来る。

 対して胡桃はというと、光学迷彩もないのに上手く立ち回って、相手を倒していく。

 そして今また敵を気絶させた。


「お上手ですね」

「心得があるだけです」


 胡桃は結束バンドで倒れた敵の腕と脚を縛る。

 そして莉緒が拘束された敵を人目のつかない部屋の隅へと移動させる。


「では、私は縄梯子を使って雫さん達を2階へと引き入れます」

「了解。私は敵を舞台裏へと誘導ですね」

「はい」


 莉緒は胡桃と別れ、立て籠りの中心のなっている雛壇型の大広間へと向かう。

 大広間までの敵は光学迷彩を使い、静かに潰していく。


 裏口から大広間に着くと、遠隔でブレーカーを操作。


 ブレーカーが切れたことで電灯が消え、真っ暗になる。

 人質達のくぐもった悲鳴と、立て籠り犯の怒号が大広間に響く。


 突然の暗闇に相手が混乱したところへ莉緒は攻撃をする。


 今度はわざと音を立てるように。


 少し難ありそうな敵を複数倒したところで莉緒は遠隔操作でブレーカーを戻し、電灯が再び灯る。


 莉緒は光学迷彩は切り、あえて姿を相手に見せる。そしてわざと逃げる。

 立て籠りの武装集団は怒り、莉緒を追いかける。


 ──これでよし。


 後ろから追ってくる敵を確認しつつ、莉緒は裏口を使って大広間を離れる。


  ◯ ◯ ◯


 一方その頃、雫達は2階から侵入し、胡桃と別れ、ロビーから大広間へと向かう。


 一階の角で身を隠しながら2人は機を伺う。


 ロビーの前には椅子やテーブルらしきものが散らばっている。

 それらはバリケードとして使用されていたが、先の騒動で破壊されたらしい。


「あれって、爆発騒動だったのかな?」


 優が雫に聞く。


「たぶん、そうじゃない。爆弾を使うって言ってたし」


 そしてそろそろ時限爆弾が爆発する。それを合図に2人は突入。


「上手くいくかな?」

「いかないと駄目でしょ」


 何を当たり前なことを、という感じで雫は言う。


「だよね」

「もしかして貴女、緊張してる?」

「そりゃあね」

『お話中すまないが、今は侵入中というのを忘れぬように』


 2人はインカムで鏡花から注意をされた。


「「はい」」

『周囲に注意をするよう』


 そう言われて2人は周囲を見渡す。


『そろそろ時限爆弾が爆発するからそれに合わせて中へ突入。マスクはちゃんとするようにね』

「ねえ、なんで時限爆弾なの?」


 雫が鏡花に尋ねる。


「遠隔操作では駄目なの?」

『妨害電波のためだよ』

「……それってプリテンドの?」

『そう。だから妨害電波を使うんだよ。どれほどの効果があるかは分からないけどね』


 もしまったくの効果がなければ、紗栄子達は元に戻る可能性は低いという。

 そして数分後に旧講堂内に爆発が起こり、2人は大広間へと突入した。


  ◯ ◯ ◯


 大広間は暗く、そして人の声で騒がしかった。


 武装した立て籠り犯のほとんどは莉緒が対応し、敵は壇上にいる人質の見張り3名とリーダー格らしき男、そして雛壇側にいる6名。


 そして莉緒に倒された敵が壇上に寝かされ、それを介抱している女子グループ。その女子グループの中に雫の友人、紗栄子がいた。


 雫は声をかけたい衝動を抑え、状況をきちんと把握する。


 攻撃担当は壇上のリーダー1人と見張りの3人、雛壇側の6人。


 雛壇側の6名は鉄パイプを握っているが、緊張と不安でうろうろしていた。

 彼らはたぶん無理に鉄パイプを握らされたのだろう。


 鏡花曰く、立て籠り犯全員が戦闘能力があるわけではないとのこと。


 そして人質は壇上に集められ、猿轡さるぐつわ、目隠し、手首と足首を縄で絞められていた。数は12名。その中にすみれがいた。


 雫と優は机と椅子の後ろで身を隠して、左右に別れる。


 雫が右、優は左。


 武器はスタンガン。テーザー銃も持っているが、それだと相手が倒れた時の音でバレる可能性ある。

 そのため危険性は高いがスタンガンで対応。


 雫は背後から隙だらけの敵を掴み、首にスタンガンを押し当てる。

 敵をゆっくりと床へ寝かせ、少しずつ確実に敵の数を減らしていく。


 リーダー格の男は莉緒のことで頭がいっぱいで雛壇側が攻められているとは勘付いていないようだ。


 雫と優は着実に敵を静かに倒しつつ、壇上へと近づく。


 そして見張り役3人のうちの1人が異変に気付いた。

 だけど、その時にはすでに遅かった。


 雫が壇上へ躍り出て1人を倒す。残りの2人は急に現れたマスクをかぶった敵に一瞬驚くも、すぐに雫へと襲いかかる。が、反対方向から現れた優が見張り役の1人を背後からテーザー銃で倒す。


 残りの1人は背後から現れた優に驚いて視線を動かし、体を止めてしまった。その隙に雫は動いて、回し蹴りで敵の股間を攻撃。相手が九の字に折れたところをさらにスタンガンで首筋を攻撃。


 立て籠り犯のリーダーはというと──逃げた。みっともなく叫び、慌てるように裏口へと走り去っていく。


 それを雫と優は追いかけることもなく、放置した。


 なぜなら、鏡花からそういう指示を受けていたからだ。

 どういう理由かは不明だが、リーダーは逃げるから放っておけとのこと。


 残るは莉緒によって倒された立て籠り犯を解放している女子グループ。


 彼女達はうつろな目で一歩前へ出る。


「紗栄子!」


 雫はテーザー銃を構えたまま呼びかけた。

 一瞬ピクリと紗栄子の体が反応する。


「馬鹿なことはやめて! 戻ってきなさい!」


 鏡花は紗栄子達はプリテンドによって操られているという。

 今ならまだ間に合うかもしれない。

 だが、紗栄子達は雫に襲いかかろうと足を速める。


「とりあえず無力化だよ」

「分かってる」


 優に言われて、雫は言葉を返す。けど、やはり友人を攻撃となると躊躇が現れる。


 そこへ第2の爆発が発生し、床がかすかに揺れる。

 相手がタタラを踏んだところへ、雫達はその隙に次々と相手を無力化していく。


 紗栄子は優が対応して、相手を気絶させた。


  ◯ ◯ ◯


 そしてプリテンド化した彼女達を全員倒した。

 その後、彼女達を人質と同じように縛る。


「これでいいの?」


 雫はインカムで鏡花に聞く。


『うむ。あとはこちらで』

「人質は?」


 雫は人質グループへと目を向ける。


 彼らは助けがきたのかと思い、猿轡さるぐつわの状態から何か叫んでいる。


『それは警察が。君達は帰投するように』

「分かった」


 雫は一度人質グループのすみれを見て、もう大丈夫だからと心の中で言った。

 そして優と共にその場を離れる。


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