第267話 Pー19 撤収
九条と鏡花は大学近辺のマンションから離れ、今は八王子にあるビルにいた。
「いやあ、助かったよ。さすがは元サイバーフォースメンバー」
九条は科警研の鮫島にスマホ通話で礼を述べた。
『なに、良いってことだよ。こっちも量子コンピューターの葵と一緒に仕事ができて良い経験になったしね』
鮫島は弾んだ声で答える。
「またよろしくお願いしますね」
『ええ』
九条は通話を切り、次に胡桃に連絡を取る。
「どう?」
『今、トラックに乗り、移動中です。30分以内には到着します』
「怪我人とかはいない?」
『はい。誰も怪我はしておりません』
「了解」
「九条君、ちょっと替ってくれるかい?」
「あっ、はい」
九条はスマホを鏡花に渡す。
「胡桃、私だ。雫君は初の実戦だったけど、精神面では何か異常は?」
『見たところ平気でしたが、詳しくは』
「アリス君は?」
『同じく問題はありません』
「わかった。では、待ってるよ」
『はい』
鏡花は通話を切り、スマホを九条に返す。
◯ ◯ ◯
トラックの荷台。
荷台の中にはモニターにテーブルや椅子が置かれており、そして今その荷台の中に雫達が椅子に座っていた。
「……本当に貴女がスゥイーリアなんですか?」
雫が車椅子の女性に尋ねる。
「はい。この姿では初めましてですね。車椅子で驚かれました?」
「いえ」
雫は手を振って否定する。
「た、確か遠隔操作のアンドロイドで活躍したとか?」
「はい」
「すごいですね。そのアンドロイドは?」
「遠隔操作で使用したアンドロイドはここにはなく、別のトラックで運ばれたようです」
「へえ。風祭さんは鏡花さん達とは……その、こういうことに以前から加担していたんですか?」
「少し前に」
そしてアリスこと優へ視線を向ける。
「貴女も前に何かやってたの?」
「うん。私も前から作戦にね」
「よくそんな危険なことに関われるわね。普通は警察とかに……って、警察関係者も仲間にいたわね」
そして警察組織や政治家が腐敗しているためまともに機能しないとも言っていた。
「確かに危険なことです。でも、私は今だに囚われている仲間を助けたいんです」
風祭のその目には強い意志があった。
「貴女も彼氏を救いたいとは考えませんか?」
その質問はずるいと雫は心の中で毒づいた。
愛する彼氏を救いたいという想いはある。
しかし、
しかも相手は中国。
すでに人がゲーム世界に囚われ、体を奪われ、今日のように危険なことも発生している。
「私は鏡花さん達になら、皆が救えると思えるのです」
「それは名家だから?」
「はい。それに量子コンピューターの葵もいますし、あと警察庁や科捜研の中にも味方はいます」
雫は額をかく。
「無理強いは致しません」
「ねえ、最後に一ついいかしら?」
「なんでしょう?」
「仲間っていっても、ゲーム内の……アヴァロンのでしょ? 助けたところでメリットはあるの?」
アヴァロンもタイタンもサ終している。
なら、ここでメンバーを助けてもメリットはあるのだろうか。
もちろん、人を助けることは意味のある行為だ。
でも、それは自己満足に過ぎないのではと雫は考えていた。
「メリットはありません。これは私が助けたいという自己満足です。でも、たとえ自己満足でも私は仲間を助けたい。必ず」
その答えを聞いて雫は息を吐く。
「そっか」
そして優へ目を向ける。
「貴女、アリス……井上風花なのよね」
「うん」
「一応、生年月日言ってくれる?」
「いいよ。なんなら雫と兄貴の初デートから初のつくことを言おうか?」
「生年月日だけでいいわよ」
優は井上風花としての生年月日を告げた。
「……合ってるわ」
「本当に他のことは聞かなくていいの?」
「言わなくていいから。もう信じるわよ。これから貴女を優ではなく風花として呼ぶわ」
「普段は優でね」
「ええ。分かってる。ただ作戦時は風花って呼ぶから」
「ん? それって?」
「私も手伝うわよ」
雫は溜め息交じりに告げた。
「やった」
「それと貴女は莉緒でいいかしら?」
雫は風祭に聞く。
「お好きなように」
「で、このトラックはどこに向かってるの?」
荷台の中からでは外の様子は分からない。
「さあ? 秘密とのことで教えてくれませんでした」
莉緒が肩を竦めて答える。
やはり怪しいから抜けるべきだったのではと雫は少し後悔し始めた。
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