第3話 A-3 イベントステージ
一時間は経っただろうか。レベルは12になり、今では一撃でヌズミーを倒せるほどになった。森はヌズミーしか出てこないのか他のモンスターとは出会わない。ヌズミー狩りに飽きてきたのでユウはアシモの森を出ることにした。そして、元来た道を振り返る。
だが、目の前は木々。右も左も同じ景色。どこを向いても同じ。
「……」
嫌な汗が流れる。ユウは来た道を思い出そうとするも何も覚えていなかった。記憶はすべて同じ景色を映す。さらにどの方角から来たのかも忘れていた。ユウは顔を下げ頭を抱える。
困り果てたユウは大きな根っこに腰かけた。
だれか人が来るのを待つべきか。それとも当てずっぽうに、いやまっすぐ進めばいずれは……。などと考えては溜め息を吐く。こういうときに取説やヘルプでもあればと考えた。
その時、ユウはあるものを思い出し、手を鳴らした。
――そうだ、こういうときは端末だ。
ユウは端末を取り出した。もしかしたら道に迷った際の対処法があるかもしれない。そう信じ端末を操作し始める。
そこでプレゼントボックスのアイコン端に赤い丸が灯っていた。ユウは気になってプレゼントボックスのアイコンをタップした。するとプレゼントの一覧が画面いっぱいにずらりと並んだ。武器、防具、アクセサリー、回復アイテム、チケットなどがプレゼントボックスに入っていた。
「こんなに一杯!? すごいや」
それらは招待コードによるプレゼント、初心者応援プレゼント、登録者100万人記念のプレゼントであった。
ユウはそれらのプレゼントを確認した。その中でテレポート石で手を止めた。それは初心者応援プレゼントの一つで、ユウはそのテレポート石の説明を読む。
『最後に使用したクリスタルゲートまで使用者をテレポート移動させる』
それは礼拝堂に戻るということだ。ユウは喜び、胸を撫で下ろした。
余裕ができたユウはその他のプレゼントを調べては一度取り出してみたりする。
取り出すには、画面上の『使用』、『装備』、『確認』のどれらかをタップしなくてはいけない。
初心者プレゼントにはブロンズソード、ブロンズシールドがあり、それを使えばもっとさくさくヌズミーを倒せたのかもしれないと後悔する。しかし、あの程度なら別に問題なかったかとすぐに考え直す。ユウはとりあえず今の装備と交換をする。『装備』を押すと『現在の装備と交換しますか?』と現れた。その下には『YES』、『NO』が。ユウは『YES』をタップ。すると片手剣と鍋蓋のような盾が消え、代わりにブロンズソードとブロンズシールドが装備される。自分で手で脱着させるのではなく、自動に武具が消え、新しい武具が装備されるらしい。
次に登録者100万人記念プレゼントの武器とチケットを調べる。
武器の名はウィンジコル。説明文には使用者のランクによって攻撃力が変動。スキル効果は極稀に相手ステータスを大幅に下げると。ユウは『確認』を押そうとしたが間違えて『装備』押してしまった。そして
『YES』、『NO』の確認が現れずにウィンジコルがユウの目の前に現れた。大きさはダガーほどで色は全身真っ黒。一通り刃や柄を眺め回し、収納しようとした。しかし、どこへ? ポケットには入らない。ユウは自身の体を見渡した。そこで背中側の腰に革製のシースを発見した。ユウはそのシースにウィンジコルを収納した。
最後にチケットを調べた。端末にはなにも明記されていないので一度『確認』をタップして取り出した。ライブや映画のチケットのように切り目があった。表にはイベント招待チケット、使用期限4月20日(日)時間14:00~17:59、イベント開始時間18:00と書かれている。裏返すと注意事項が書かれていた。
『本券は一度のみの使用となります』
『本券の使用は表記の時間帯のみとなっております。それ以外の時間帯での使用はできません』
『チケット使用の際は切り目に沿って、切り離しを行ってくださいますように』
『使用後はテレポート石と同様な効果となります。ただしクリスタルゲート前でなくランダムでイベントエリアのポイントに飛ばされます。急遽、モンスターと遭遇する可能性が高いので準備は万全の状態であることを推奨します』
ユウは時間を確かめると14:17分で少し前から使用が可能であることを知った。
「イベントか……」
テレポート石と同じなら今、使用しても問題ないかなと考えた。しかし、今日が初プレイでレベル12の自分がイベントを楽しめるのだろうか。倒せないモンスターに遭遇して終わりだろう。なら今日はこのくらいにしてログアウトをすべきではないか。ユウはチケットを端末に戻そうとした。だけど、なぜか後ろ髪を引かれていた。
チケットの表をもう一度見る。登録者100万人記念。
100万人記念。ユウはその言葉を何度も心の中で反芻する。
記念イベントだから、さほど難しくないのではないか。少しだけ覗いてみようかなと考えた。別に面白くなかったらそれでもいいではないか。元々頼まれて登録したゲームだ。つまらなかったら辞めればいい。
――そうだ。好きにやろう。
意を決し、ユウはチケットを切り目に沿って切る。
するとユウの体が白く光り輝いた。光は輝きを増し、ユウの体を包む。そして光が弱まり徐々に消える。
消えた後にはもう何も残ってはいない。
風が吹き、木の枝葉が揺れる。
○ ○ ○
飛ばされた先は海岸沿いの芝生だった。
ユウはいきなりモンスターに遭遇しなくて良かったと思い、海の方へと近づいた。潮の香りが鼻腔を刺激する。
ぎりぎりまで近づいてみると崖の上であると知り、びっくりして後ずさりをした。その際、みっともなく尻餅をついてしまう。尻をはたきながらゆっくりと立ち上がり、また崖まで近づいた。
崖はそう高いわけではないが落ちたら死ぬレベルのもの。
ユウはなるべく下を見ないことにし、大きく息を吸った。
空は高く、綿のような雲がたゆたい、海は陽の光を吸って輝き、波はなめらかである。
頼まれて登録をされ、かつ一人にさせられてしまいこのゲームに対してこれといった面白味もなかったが、この風景をみることができ少しはこのゲームを始めて良かったとユウは感じた。
海に触れてみたいなと思い、崖の下を覗った。崖はきりだっていてどこからも降りることができないことを知った。他にどうにかして海へと近づく方法を模索した。そこでマップがあるのではと思い、端末を操作する。マップは基本的にダウンロードしないと手に入らないのでないのかもしれない。あってくれと願いユウは端末を操作する。そして幸いにもイベント用のエリアマップがあった。
マップで調べるとここから南に森があり、その森を抜けるとビーチに辿り着けることを知った。
また森かと辟易したが、海への渇望が強く、ユウは森へと足を踏み入れることにした。
不思議と森の中でモンスターに遭遇することもなく、そして森も小さいのかすぐに抜けた。
木々の間から空ではなく海の青が目に入ったときユウはうれしくて走った。しかし、一人の先客に気付きすぐ足を止めた。
先客は長い金髪を風になびかせ、海を見つめていた。赤を基調とした剣士で背の高さはユウより少し低い。
その先客はユウの気配に気づき、振り向いた。その時、ユウと剣士は目が合った。
剣士は顔はまだ幼さが残っているが整った顔立ちをした女性であった。
女剣士はなぜかユウをじっと見つめる。ユウはまずいことでもしたのかなと思い、ちょっとおじぎをして、
「ど、どうも」
と言ってそそくさと離れ、波打ち際に向かう。
女剣士はユウとは逆に森へ足を向けた。ユウはその足音を背中で聞き、その足音が消えるとほっと息を吐いた。
そして靴、靴下を脱ぎ海へと足を入れる。
ひんやりとそして、こそばゆさが足から頭へと抜ける。ユウは反射的に肩を上げ、唇を結ぶ。
もう少し海へと近づこうと前へ進んだ。しかし、くるぶしより少し上のあたりが浸かった時、鼻先に衝撃を受けた。
ユウは驚き、右手で鼻先を押さえ後ずさりをした。ユウは虚空を訝しみ、そして左手を前に差し出し、ゆっくりと前へ進んだ。すると左手に反発を感じ取り、次は右手も差し出した。両手から謎の反発を感じ、両手を反発に触れたまま上下左右に動かしたりして、目の前に壁があることを理解した。どうやらこれ以上は前に進めないと知ったユウは砂浜に戻り、腰を下ろした。
そして濡れた足を地に着けぬように上げた。ポケットからハンカチか何か足を拭くものを探したが、何もなく。仕方ないので手で拭いたり、足を振った。そしてある程度足が乾いてから靴下、靴を履いた。
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