第4話 A-4 ギガマッチョ

 端末で時間を確認すると15:37だった。イベントは18:00から始まる。そういえばどこで開始するのだろうかと思い、ユウは使用したイベントチケットを取り出した。切り離したチケットには開始時刻は書かれていてもなぜかイベント開始場所が書かれていなかった。


 おかしいと思い、何度もチケットを確認するがやはりどこにも書かれていない。


 悩んだ末、とりあえず街に向かうことにした。マップを開き、街を確認する。街はここから北西に向かったところにあり島の中心部にある。まず街に向かうには森と平原を越えないといけない。森はここに来たときに通った森だが、平原に向かうには崖のある場所とは違う北西向きのルートを通らなくてはいけない。


 迷いそうだなと思い、端末をいろいろ操作しているとナビを見つけた。ユウはナビを起動させると端末画面に『目的地を設定して下さいと』現れ、街を選択しタップする。すると視界の左上端にある端末アイコンの下にコンパスとプルートという町名、そして矢印が現れた。


 ユウはビーチを離れ、その矢印に沿って歩き始めた。


  ○ ○ ○


 森を抜けた先は平原ではなく高原であった。

 森を抜く直前に長い坂道に差し掛かり、ユウは一呼吸してから坂道を上る。上りきって振り返ると森の頭、そしてその向こうには先ほどまでいたビーチと海が視界一面に現れる。西へ向くと最初に飛ばされ着いた崖。北西には岬があり、目を細めて見ると白い灯台が一つ見えた。北と東の向こうは山脈が聳え立つ。


 そよ風が吹き、ユウの髪を撫でる。

 広大な自然の景色を眺め、ユウは肺を膨らませ、ゆっくりと息を吐いた。

 そして湧き上がる気持ちを足への活力に変え、高原を北へと進み始める。


  ○ ○ ○


 道中、大型モンスターと戦闘をしている一団と出くわした。モンスターは猪型で名はギガマッチョ。ユウはそのネーミングがおかしくて吹いた。


 邪魔にならないよう離れて観戦した。

 そのギガマッチョの大きさは大型トラッククラス。レベルも60と高い。


 彼らは連携してギガマッチョを狩る。身の軽い格闘家が敵の注意を引き付け、時には敵の攻撃をかわしつつカウンターを入れる。剣を構えた戦士が斬りつけ、敵が戦士を攻撃する際には大楯を持つ全身鎧の戦士が盾となる。遠くから僧侶が前線で戦う味方に回復やバフ系の魔法をかける。そして敵が弱まったところで魔法使いが大魔法で攻撃。


 見事な連携だった。ユウは遠くからそれを眺め、拍手した。


  ○ ○ ○

 

 しばらく歩いてユウは膝に手をつき、息を整えた。ゲーム内では肉体的疲労はないが精神的疲労はあり、本人も知らないほど蓄積されていた。ユウは休憩できるポイントを探す。そこで隆起した場所に一本の大木を見つけた。そこの木陰で一休みしようと決め勾配を歩き始めた。だが、大木に近づいて腐臭を嗅ぎ取った。鼻を摘み、その腐臭の方へ顔を向ける。


 大木の向こうには大きな沼があった。沼は紫色で泡立ち、明らかに危険である。ユウは試しに小石を沼へと投げ入れた。小石が落ちたところから炭酸が抜ける音と煙が立ち昇った。

 これは酸の沼だなと考え、危ないのでその場を離れることにした。


 ユウは沼に踵を返し、その場を去ろうとした時、少し離れたところに大きな段差を見つけた。そこは地肌が剥き出しになるほど、地面が大きく抉られていた。さしずめ戦闘の後のようだ。大きな魔法を使い地面を吹き飛ばしたのだろうか。しかし、ゲーム内ではフィールドを傷つけようがすぐに戻るはず。ならこれは最初からの仕様というわけであろう。


 ユウは近づき、抉られた地面に座れるほどの大きさの岩を見つけそこに腰を下ろした。腐臭の匂いはかすかにするが我慢できないほどではなかった。しばらくの間、休憩し、毒沼をぼんやり眺めた。


  ○ ○ ○


 ゆるやかだけど勾配のある坂のような道を上っては下りを繰り返し、一際高い丘の下まで辿り着いた。一呼吸のあとユウは坂を上り始めた。


 中ほどまで進んだところで、進行方向から女性の悲鳴と大きななにかが地を駆る音を耳にした。


 ユウは首を傾げ、進行方向の丘の頂上を窺う。だが丘の上には誰もいない。しかし、悲鳴と轟音は徐々に大きく聞こえ始める。

 嫌な予感がして、ユウは唾を飲んだ。


 そして頂上から女の子が飛び出してきた。遅れて女の子の背後からあのギガマッチョが現れたのだ。女の子はポニーテールの格闘家で悲鳴を上げながら坂を下りる。逃走方向はユウから離れていたので、ギガマッチョはユウに目もくれず一直線に女格闘家を追う。


 女格闘家は悲鳴を上げながら走り、そして後ろも見ずに粉の入った袋をギガマッチョに投げつけた。粉袋はギガマッチョの前で弾け、粉煙が発生する。


 ギガマッチョは停止し、粉を払おうと顔を振り、鼻息を荒くする。

 その隙に女格闘家は坂を下りきり、高原を駆る。


 ギガマッチョは女格闘家を追うのをやめ、振り返った。

 そこでユウはギガマッチョと目が合ってしまった。


「おいおい、嘘だろ」


 ユウは顔を引きつらせ呟いた。

 ギガマッチョは顔を天に向け、雄たけびを上げた。そしてユウに突進を開始する。

 ユウは向かってくるギガマッチョをブロンズソードを構え倒そうとした。が、すぐに吹っ飛ばされると思い、鞘に戻した。


 ギガマッチョが雄たけびを上げ近づいてきた。


 ユウは横へと飛び、なんとかギガマッチョの体当たりをぎりぎりでかわすことができた。しかし、それはユウが坂の上にいたからできたわけで、次はギガマッチョが坂の上から下へと駆けることになる。その時はかわせないと理解しユウはすぐに坂を下りる。


 ギガマッチョはUターンを始め、ユウの背を追いかける。

 坂を下りるギガマッチョのスピードは先ほどより速く、ユウの背中にすぐに追いつく。


 ユウはもう一度横に飛び、突進を回避しようとする。しかし、次は先程と違い、足をかすめてしまった。それだけでHPが半分以上減り、大きく削られた。かすめてこれほどなら、直撃だったら即死だろう。


 ユウは急いで立ち上がり高原を駆けた。ギガマッチョは下り坂からの猛突進の影響か、横に倒れていた。これを期に一気に差をつけようとユウは必死で走った。


 しかし、スピードは向こうにがあり、すぐに追いつかれた。

 ユウは何とか横に転がり突進を回避、そして腰のシースからウィンジコルを抜き取った。このまま逃げてもどうせ時間の問題だと考え、なら戦おうと。


 そこで口笛が鳴った。音の方へ振り向くと人がいた。それもたくさん。ユウとギガマッチョの周りにはギャラリーが集まっていた。


 彼らは助太刀に入ることもなく観戦していた。彼らは声を張り、「いけ」だの「がんばれ初心者」とエールを送っていた。だが、今のユウにはエールより手助けが欲しかった。


 そんなギャラリーの中にはビーチで会った女剣士がいた。彼女はユウに向けアドバイスなのか声を上げ、ギガマッチョの頭上を指したり、何かジェスチャーを加えていた。しかし、ギャラリーたちの囃し立てる声にアドバイスは掻き消される。


 ギガマッチョはユウに突進を始める。ユウはそれを正面から見据え、きちんとタイミングよく横へと転がり、すれ違いざまになんとかウィンジコルの刃を当てた。


 ユウはギガマッチョのHPを確かめるがダメージは全く与えられてはいなかった。やはりレベル60という差は大きい。


 無理だ。ユウはやはり諦め、走り去る。ギャラリーからはブーイングが鳴る。


 逃げ去ろうにもギガマッチョに追いつかれる。ユウは今度も突進をかわし、ウィンジコルの刃を当てようとした。だが、それは失敗に終わり、ギガマッチョに体を吹き飛ばされる。直撃ではないが、それでも大きく開いたレベル差のためか体を大きく飛ばされた。


 ユウの体は放物線を描き地面に激突。数度転がって立ち止まる。即死だなとユウは思った。しかし、まだユウは生きていた。それだけではない。なんとHPが全く減っていなかった。ユウは現状を理解しようと体を確かめようとする。だが、ギガマッチョが突進で邪魔をする。


 ユウは避けつつ考えた。ギャラリーの誰かが助けてくれたのか?

 もう何度目かの突進を避けたとき、視界にあるものが見えた。

 ユウはそれに向け走った。いや、正確には少し離れたあるポイントへ。


 ギガマッチョが追いかける。すぐにユウの背中へと近づく。

 ユウはギガマッチョの突進をと避けた。


 ギャラリーたちは躓いて転んだと考えた。だが、転んだユウの体は消えていた。それにギャラリーは目を見張った。もしかして踏まれたのか?


 すると、彼らが視線を向けるギガマッチョの姿も忽然と消えた。

 ギャラリーたちはユウとギガマッチョの消えた先へと走った。


 近くまで着く前にユウの頭と肩が地面から現れギャラリーは驚いた。そして彼らはユウの立っている場所を知った。


 ユウの立っている場所は大きな段差の下であった。

 そしてその向こうには紫の沼が。


 そうスピードを緩めず猛突進したギガマッチョはその毒沼にはまってたのだ。

 ぶくぶくと泡立ちギガマッチョの体からは白い煙が立ち昇る。もしリアルだったら皮や肉が溶けグロテスクであっただろう。しかし、ここはゲーム世界。


 ギガマッチョは悲鳴のような雄叫びを上げる。

 これで終わりだろうとユウはギガマッチョのHPを見る。そのHPはみるみる減ってゆく。あとは0になるの待つだけ。これでひと安心。


 だが、ギガマッチョは雄叫びをあげ、沼から少しずつ這い上がってくるではないか。

 そして完全に這い上がって、ユウに近づいた。まだHPは三分の一は残っている。もう策はない。ユウは完全に諦めた。その時──。


「ロックを解除しろ」


 声の方を振り向くと女剣士がギガマッチョの頭上を指して言った。


「ロックだ。奴の名前の後ろに赤い『×』があるだろ。解除しろ」


 解除しろと言われても意味が分からなかった。とりあえず端末を取り出すように視界の赤い『×』に意識を集中する。すると赤い『×』の色が消え半透明になった。


 それを確認すると女剣士はすぐさま飛び上がりギガマッチョの頭に剣を突き刺す。そしてHPが0になり、ギガマッチョは断末魔を叫んで消えた。


 ギガマッチョが完全に消え去る前に剣を抜き取り、女剣士はユウの前に降り立つ。

 ギャラリーたちは沸き立ち、歓声と拍手喝采がユウと女剣士に向けられる。


「大丈夫か?」


 女剣士が尋ねる。その女剣士がギャラリーに向ける視線にどこか冷たいものがあった。


「ありがとうございます。死ぬかと思いました」


 ユウは丁寧にお礼を述べて頭を下げた。

 

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