第2話 A-2 アシモの森

 開け放たれた扉をくぐると太陽の光がユウの目を刺した。


 ユウは眩しさで目を細め、右手でひさしを作った。次第に光に慣れ、外の景色が浮かび上がる。最初に目に入ったのは人だった。礼拝堂は大通りに面していて大勢の人が流れていた。その往来にはたくさんの職業の人が歩いている。戦士、騎士、格闘家といった屈強な人から吟遊詩人や遊び人といった飄々とした人までいた。まさにゲームの中でしか会えない姿の人たちだ。


 そしてユウは端末から町内マップを表示させ、噴水広場を確認した。チュートリアルでまずは噴水広場にて掲示板とエリアマップの確認をと教えられていたからである。

 噴水広場の位置を確認したユウは南の方角へと大通りを歩く。


 大通りを歩く中、一際大きく目につく獣が。それは二足歩行する獅子。いや、よく見るとそれは人であった。

 身長は2メートルを超え、ボディービルダーのように日焼けしたマッチョボディ。髪は赤色で獅子のようにふさふさ。服装も赤のパンツ一丁。

 ユウはその大きな獅子姿に驚き、口を開けた。


「あん? なんだ?」


 獅子が眉を八の字にさせ、低い声でユウに聞く。


「あ、すみません。つい」


 ユウは急いで頭を下げ謝る。

 その獅子はユウの姿に目を動かす。


「その姿は初心者か?」


 今のユウの服装は白の綿シャツに膝下までの灰色のカーゴパンツ。装備は腰に装飾のない鞘に収められた片手剣。左腕には鍋蓋のような木製の盾。どこから見ても初期装備しかない初心者姿。 


「はい」 


 ユウは首を竦めて、答えた。


「チュートリアルでも聞いただろう。いいか『相手を見ているけど……』」


 獅子は顎を差し向け、続きをユウに促す。


「『自分も見られている』ですね」


 ユウは続きを答えた。それに獅子は笑みを浮かべる。


「そうだ。マナーを大切にぬぁっ」


 その獅子のセリフはセクシーな女格闘家に脇腹をするどく突かれて遮られた。獅子は脇腹を押さえ悶絶する。


「そんなに気にしないでね。この姿じゃあどんなプレイヤーも二度見するから」


 そう言うがそちらも十分きわどい服装で目立ち、目のやり場に困る。

 セクシー女格闘家は悶絶する獅子に、


「アンタも痛みもないのにおおげさよ」

「いや、ほら、痛みはなくても急に脇を突くのはちょっと」


 獅子の抗議を無視して、セクシーな女格闘家はユウの肩を叩き、


「がんばんなよ」

「はい。失礼しました」


 ユウは一礼してその場を去った。

 初っ端から恥をかいてユウは顔を赤らめる。


 しばらく歩いて目的の町の中心地である噴水広場に辿り着いた。噴水広場は大勢の人でごったがえしていた。特に一番多いのは掲示板の前である。


 ユウは人が減るのをしばらく噴水のへりに座って待つことにした。

 噴水が太陽の光を反射し煌めいていた。

 ユウは煌びやかに流れる水を見つめているとつい手を指しのべてしまった。水は心地よい冷たさであり、ユウは水の触れた指を見てその冷たさに感動した。


 しばらくして人が減ってきたのでユウは掲示板へと向かった。

 しかし、掲示板に近づく前にすぐに人が掲示板に群がった。どうやらユウと同じ考えをしていたらしい。ユウは掲示板を諦め、隣のエリアマップに足を向ける。

 だが、エリアマップの前にも人が集まった。


「次、どこにするよ」


 短い金髪でがたいの良い肉食的な騎士がかわいらしい魔女っ子に聞いた。魔女っ子はメルクールたちとは違いハロウィンっぽさのあるかわいいを追求したコスプレっぽい衣装だった。


「私、次のイベントまで休みたーい」


 僧侶らしき優男が、


「セシ、準備はちゃんとしたのか? 今度のイベントは俺たちは不参加でお前ひとりなんだぞ」

「はいはい。わかってるわよ。マル兄はほんとに心配性ね」


 聞き耳を立てるつもりはないがエリアマップを見ようとするとどうしても聞こえてしまう。

 なんとか地図を見ようと首を伸ばした時、振り返った魔女っ子と目が合った。


 魔女っ子は口を尖らせていたらしく目が合うとすぐに口を元に戻して、ユウに向け照れ隠しで笑みを向けた。

 それにすぐ反応したのが金髪の騎士だった。


「おい、なんだ?」


 金髪の騎士はユウを睨んだ。


「え? いえ、自分は地図を」


 ユウはエリアマップを指す。


「今、ウチのかわいい妹に色目使っただろ」


 金髪の騎士はユウの胸倉を掴む。どうやら魔女っ子の照れ笑いを別の意味に取ったらしい。


「そんな? 使ってませんよ」

「そうよ。スグ兄。勘違いよ」

「ホントか?」

「本当ですよ」

「そうか。気をつけろよ」


 と、言って胸倉を放した。


「ごめんよ。こいつ重度のシスコンでさ」


 僧侶が手を合わせ謝る。


「シスコンじゃねえし。シスコン言ったらマル兄のほうだろ」

「俺のどこがシスコンだ」


 マル兄と呼ばれた僧侶が金髪の騎士の頭を杖で殴る。


「セシが登録してプレイし始めたら速攻でギルド抜けただろう」

「普通にセシ一人だと心配だからだよ」

「俺がいるだろ」

「お前だと心配なんだよ」

「なんだと」

「ああん」


 と、二人は互いに額を擦り合わせてメンチを切る。優しそうな僧侶も金髪の騎士並みに気が短いらしい。

 そんな二人を無視して魔女っ子がユウに尋ねる。


「ねえ、あなた初心者でしょ?」

「はい。今日が初めてで」

「それじゃあ、まずはアシモの森でレベル上げした方がいいわね。ここよ」


 魔女っ子はエリアマップからアシモの森を指す。森は町から南西の方角。距離は短い。


「あ、どうも」

「初心者応援クエストもあるからね。気になったら端末のお知らせを確認したらいいわ」

「はい。ありがとうございます」


 ユウは魔女っ子に一礼してその場を離れた。後ろから、「お前ももう一度アシモの森でレベル上げでもしたら?」、「じゃあ、あの子についてっちゃおうかな」、「おい。冗談だからやめろ」という会話を背中で聞いた。


 そして町を出たところで端末にエリアマップをダウンロードし忘れたことに気付いた。


  ○ ○ ○


 アシモの森は黒い木々が天高く伸び、葉も生い茂り陽の光を遮る。そして暗くて湿度も高い。肌がじっとりして気持ちが悪かった。たなびく葉の音が人のささやきのように鳴り不気味でもある。アシモの森は登録したての初心者に十分恐怖心を与えている。


 ユウは首をすくめ、慎重にアシモの森を進んだ。

 人が通るような道はなくすべてが獣道。地面は黒く、土を踏むたびにやわらかい感触を靴の裏から感じ取る。


 ユウは進みながらまだ見ぬモンスターを想像した。いきなり小鬼や牙をもつ猛獣は勘弁してほしい。初心者用のモンスターとしてスライムか小動物系が出てくるのをユウは願った。


 そして開け広げた場所に辿り着いた。そこは草が生い茂っただけの場所で広さはテニスコート半分程度の広さ。木々もなく青い空と陽の光が見える。そしてそんなオアシスに一体のモンスターがいた。それはユウにとって初めてのエンカウントである。


 そのモンスターはネズミ型で体長は八十センチほど。体毛は灰色で目が大きく赤い。耳も羽根のように大きく、前歯も大きい。


 ユウはそのネズミ型モンスターの頭上にあるモンスターネームを読んだ。名前はヌズミーと明記されている。レベルは3。そのヌズミーはユウを感知すると敵対意識を持ち、鳴きながら飛び跳ねてユウを威嚇する。


 普通のプレイヤーなら真っ先に武器を構え、攻撃をしかけるところだがユウは攻撃よりも先に好奇心が勝り、手を差し出し触ろうと試みた。


 だが、ヌズミーはユウの手を一噛みする。ユウは噛まれた手を見た。痛みはなかった。ただ噛まれたという感触はある。ユウは視界左上にある自身のHPバーとその下の数値を確認した。

 HPバーは減り、数値も60から57に減っていた。


 ユウは鞘から片手剣を抜き取る。右足を後ろに引き、剣を上に掲げ、狙いを定める。相手はもう間合いにいる。あとは剣を下に振るうだけ。ユウは一呼吸の後に剣を振り下げた。


 抵抗感とかすかな振動が柄を持った手に感じとる。

 刃は敵の頭を斬り、斬った箇所は一瞬赤くなるがすぐに元に戻る。


 ヌズミーは悲鳴を上げる。

 ユウはヌズミーのHPバーを確認する。半分ほどが減り緑色だったバーは黄色に変色している。ユウはもう一度剣を振った。


 次は断末魔を上げながら消失した。消えた際に経験値と金貨が現れた。ユウは金貨を拾おうとしたが金貨はすぐに虚空へと消えた。金貨が消えた箇所にユウは首を傾げた。そして剣を鞘に戻した。


 レベルを確認すると一つ上がり4になっている。それと所持金もわずかながら増えていた。

 上々かなと呟き、ユウはさらにレベルを上げるため奥へと進んだ。

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