Lost identity 〜ログアウトするにはライバル作品のプレイヤーを倒さないといけない!?〜
赤城ハル
第1部第1章
第1話 A-1 ログイン
白い世界から徐々に輪郭と色彩が浮かび上がる。
ユウは目を細めて辺りを見渡す。知識として知るヨーロッパ建築らしき講堂。いや、礼拝堂だろう。視界の高さから察するに礼拝堂内を高い位置から
その時、ブザーが礼拝堂に鳴り響く。
ユウは再度驚き、体を跳ね上げた。
そして、一人の神官らしき人物がするするとユウに近づいてくる。
「どうかなさいましたか?」
神官はどこか機械的な音声を発した。その神官の頭上を見上げるとNPC表記が。
「え、いや、別に」
「ではこちらに。他のユーザー様の迷惑になりますので」
と、階段を下りるように促された。
そこで自分がクリスタルゲートの前に立ち止まっていたからブザーがなったのだとユウは気付いた。
ユウはリアルと同じように顔を赤らめて階段を下りる。階段を下りきり数歩前へ進み、改めて礼拝堂をぐるりと見渡す。礼拝堂は全体的に薄暗くて、ピラミッド型の壇上とその壇上にある人の背丈ほどの大きさの青いクリスタル、そして太い柱のみの寂しい空間。上を見上げると不思議なことに天井が白く光り輝いていた。そして、なぜかその光は礼拝堂を明るく満たすことはなかった。
次にユウは歩きながら礼拝堂にいる人たちを窺った。屈強な体を持ち斧を背負う戦士。軽装で身のこなしが軽そうなシーフ。トンガリハットとマント、クエスチョンマーク型の杖を持つ魔女。全身を鎧で身に纏った騎士。ここいる者たちは決してコスプレをしているのではない。これがこのゲームでの正装なのである。
そうここはVRMMORPG『アヴァロン』の中である。
ユウはクラスメイトに頼まれて登録をし、さきほどチュートリアルを済ませたばかりの初心者。いや、入門者である。
ユウはそのクラスメイトと礼拝堂で待ち合わせの約束をしていた。しかし、どの人物がクラスメイトなのか判別ができなかった。向こうは着いたら手を挙げると言っていたのだが。
うろうろしていても周りの迷惑だろうと思い、とりあえず礼拝堂の隅へと移動する。
ユウは体を動かして改めてアバターから感じ取れる感覚に興奮した。登録後のチュートリアル空間でも体を動かしたが、あそこは非現実的でありマス目のある広くて黒い空間であった。そして、アバターの感覚を味わう前に、ナビゲートキャラクターがチュートリアルを始めたのである。ユウはただ指示通りに体を動かし、最低限の知識を叩きこまれただけだった。
今は体の重み、足裏からしっかり地を踏んでいる感覚、肌から感じる気温と風、耳から聞こえる音、どの感覚もリアルと同じに感じられ心躍った。歩くスピードも幾分と早くなる。
礼拝堂の隅ではなく一度外の空気を吸ってみようと出入り口の扉手前まで進んだ。その時、
「ちょっとユウ。こっちよ。こっち」
声の方へ振り返ると魔女装束の四人組の一人、赤い魔女がユウに手招きをして声を上げている。
ユウは呼ばれた方へ早足で向かう。
「もしかして山田?」
「山田は私よ」
黒魔女がしかめっ面で答えた。
ユウは黒魔女の頭上、プレイヤーネームへと目を上げる。
「メルクール」
「そうよ。それが私の今の名よ。山田って言わないでちょうだい」
「そうなんだ。ごめん」
「あんたは実名なんだ。まあ、ユウなんてどこにでもいるような普通の名前なんだし問題ないんじゃない」
それを言ったら山田も普通なのではとユウは心のなかで呟いた。
ユウは他の魔女の頭上を見上げプレイヤーネームを読んだ。
赤の魔女はコロン。黄色の魔女はレイヤ。青の魔女はレビ。全員元の名前とかけ離れたネーミングなので誰が誰かわからない。
青の魔女がユウに近づき、前屈みぎみにユウの体を眺めまわす。
「何かな? えっと、レビさん?」
「ねえ、ちょっとプロフ見せてくれない」
「プロフ?」
「もう、プロフィールよ」
「どうやってそのプロフを?」
「端末だして。視界の右上端に端末のミニアイコンがあるでしょ。チュートリアルで教わったでしょ」
視界の右上端にある端末アイコンがあり、チュートリアルで教わったことを思い出してアイコンに意識を向ける。するとカチっという音が頭の中で鳴り、ユウの目の前にタブレット型端末が現れる。端末は淡い光を纏い宙に浮いていた。
ユウが端末を手にすると淡い光は消えた。
「なにやってんのよ。早く」
レビが地団駄を踏み、苛立ちのこもった声で急かす。
「端末のアイコン一覧から一番下にプロフィールのアイコンがあるでしょ」
ユウは言われた通りに端末を操作する。そして、プロフィール画面をレビに向けた。
プロフィールにはプレイヤーネーム、性別、ランク、レベル、HP、MP、職業、職業レベル、所属ギルド、ギルド内での役職などの様々なことが記されている。ユウは入門者なので所属ギルドなどの表示は『-』となっている。
レビたちは目を細め画面を凝視する。
「やっぱ結構レアなんじゃない?」
と、レビが端末を指差して言うと、レイヤが続けて、
「このアバター、ガチャ産じゃなくてペルソナ型だ」
ガチャ産は登録時、ガチャを回して手に入れたアバターで。ペルソナ型はユーザーの記憶内における自身の身体特徴によるアバターである。つまりは現実とほぼ同じ似姿であるということ。
「それもだけど、レベルのとこ見て。レベル3だよ」
チュートリアル後なんだし、これくらいが普通なのではと思ったがコロンが感嘆の声を上げる。
「すごくない? チュートリアル速攻クリアなんじゃない?」
「ふーん。どうでもいいわ。それよりコード番号だして設定の一番下にあるわ」
ユウは端末を操作し設定アイコンをタッ
プ。そしてスクロールしてコード番号をメルクールに向ける。
メルクールも端末を取り出しユウの端末に表示されているコード番号を入力する。入力が終わるとユウとメルクールの双方の端末から軽快な電子音が鳴った。
「お、アイテムきた?」
コロンがメルクールに聞く。
「ええ、きたわ」
ユウには運営から招待されて新規登録したということで初心者応援アイテム。メルクールの端末には招待したということで返礼アイテムが届いた。
「じゃあ早速クエスト行こうよ」
レビが体をウキウキさせながら言う。
「それじゃあ、行きましょうか」
と、4人の魔女たちは談笑しながら外へと向かおうとする。
ユウは外へ出ようとする魔女たちの背中へ声をかける。
「え、あ、あのさ」
出した声は弱々しく情けなかった。
呼び止められた彼女たちはゆっくりとではないが妙な間をとるように振り返った。その彼女たちの表情は冷たかった。
その表情で彼女たちから、『え? 何? 私たち今から4人でクエストに出掛けるんだけど』と突き放す言葉が窺える。
リアルだと舌が渇くのだろうがゲーム内のアバターにはそのような身体的機能はなく、ユウは無意味に舌を口内で動かした。
「あの、俺、このゲームやり始めたばっかでさ、何をしたら、いいのかな?」
ユウは彼女たちから視線を外し、しどろもどろに尋ねた。本当なら登録させたのはそっちなんだから面倒見てよと言いたかった。
コロンが目を細め微笑んだ。しかし、冷たい雰囲気は消えていない。
「アシモの森でレベル上げしたら?」
それは自分ひとりでなんとかしたらという突き放す言葉だった。
「そうそう、そういえば花田もやってるから会ってみたら? あんたと同じ様に実名で魔法剣士やってるよ」
と、メルクールは言ってユウに背を向けた。3人もまた同じように背を向け歩き始める。
「がんばってねー」
最後にレビが振り向きもせず手をひらひらさせて言う。
彼女たちの姿が見えなくなりユウは顔を下に向け、息を吐いた。
むなしさと、情けなさと、憤慨が去来する。
このままログアウトして止めようかなと考えた。元は彼女たちに頼まれて登録しただけでこのゲームに対しては思い入れもない。しかし、せっかくの初のVRMMO体験。もう少しはプレイしてみようと考え直す。ユウはとりあえず外に出てみようと開け放たれた扉をくぐる。
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