第223話 Pー5 大学
大学の講義が終わり、雫は友人グループとの待ち合わせ場所のピロティへと移動した。そして友人グループを見つけると2名の姿がないことに気づいた。
「穂波は?」
雫は友人の紗栄子に聞く。
「振り替えで今から講義だってさ」
「すみれも?」
「すみれは呼び出し受けたらしいわよ」
「ああ、やっぱりね」
花菜が呆れたように言う。
「やっぱって?」
「ほらあの子、天安門事件についてレポート書いたじゃない」
「なんでそれが?」
「うちの大学、留学部があるじゃない?」
留学部、正式には日本留学部。
海外の日本留学生用の学部で日本の文化を学ぶことを目的にした学部。
本来は文学部や社会学部がそれに相当するのだが、留学部は留学生が中国語で日本文化を2年間学ぶ特殊学部。
でも実際のところは中国国内で受験に失敗した生徒が訪日してきて、本学部を受けて2年勉強して中国大学に編入するというシステム。
「最近は向こうからの寄付金で大学が成り立っているからさ、中国当局に不都合な情報は規制気味なのよね」
「すみれは知らなかったの?」
「知ってた。知ってたからワザとよ」
「あの子、左翼気味だからね」
と紗栄子が言う。
「左翼?」
「ほら最近、あの勉強会に参加してたじゃない」
「あの怪しいやつ?」
「怪しくないし、左翼でもない」
急に放たれた言葉に皆は驚き、一斉に振り向く。
『すみれ!』
サイドポニーテールの女性が腰に手を当て、仁王立ちでいた。
「まったく。普通の勉強よ。日本の政治から法律を学ぶだけよ」
「でも、わざわざ天安門を取り扱うなんて……」
「ウチの大学、留学部からなんて思われてるか知ってる?」
「え、ええっと……」
皆はどもり、視線を泳がす。
「金さえ出せば好きに出来るだよ」
すみれが答えを言う。
それは雫も知っていた。
留学部生でまともに学校に来ている学生は少なく、代返も本校の生徒ではなく、バイトで雇った一般人とか。
夜はクラブで遊び、チャイニーズマフィアからドラッグを買っている。
犯罪は揉み消しは当たり前。揉み消しが効かない事案は送還。
当校への在籍は中国の大学に編入するためのモラトリアムと考えている。
「このままだと英国のケンプリ大の二の舞になるよ」
英国ケンプリ大学。かつて超名門校であったが、今では中華英国支部なんて言われている。
中国留学生のみならず、教授から講師までもが中国人。研究データは勿論、中国当局行き。それゆえにスパイ拠点とまでも揶揄される。
「それと左翼勉強がなんになるのよ。攘夷運動か?」
「だーかーら、左翼ではないって!」
「で、今日も勉強会?」
「ううん。教授に目つけられたからね。しばらくはじっとしておく」
そんな時、学生達が前を横切る。何やら急いでいるようだった。
「あれ? 横川先輩どうしたの?」
すみれが横切る人達の中から1人の人物を呼び止める。
「岡田か」
「何かあったんですか?」
「部室が取り押さえられたんだよ」
「なんで?」
「当局が圧をかけたんだろ。本国民に悪影響のある部活があるからとか言ってな」
「私のせい? 私が天安門のことを……」
話を察するにすみれの勉強会絡みであろう。
「いいや、違う。ドラッグ絡みだろう」
「ドラッグ?」
「俺らが仲介したってことにしたいんだろ」
「何それ? 揉み消しならぬ、隠蔽工作と押し付け?」
「だろうな」
横川は険しい顔して地面に視線を向ける。
「横川!」
学生の1人が遠くから早く来いというように横川の名を呼ぶ。
「じゃあな」
と言い、横川は部室のある方へと走る。
「ごめん、私も行ってくるわ」
すみれは雫達にそう言って、横川のあとを追う。
◯ ◯ ◯
「すみれもどうしてあんなのと関わるのかな?」
喫茶店で紗栄子が誰ともなしに聞く。
「意外と正義感が強いからねー」
と花菜が拾って答える。
「前の件が尾を引いているのかね?」
「前の件?」
雫は紗栄子に尋ねた。
「ほら置き引きゲーム」
「クラブの?」
「あれですみれも被害に遭ったじゃん」
「遭ったけど犯人捕まったんでしょ?」
その置き引き事件は今年の夏季休暇前に起こった。
「そいつウチの留学部のやつで送還されたらしいわよ」
「なんで? 捕まったんでしょ?」
警察に捕まったら出られないはず。
「釈放されて、その隙に」
「そうだったの!? 捕まって終わったとばかりに……」
「ないない。それで左翼の勉強会に入ったのかもね」
そして紗栄子は溜め息を吐く。
「被害はどうだったの? 中国って慰謝料をたんまり出してくるでしょ? すみれ受け取らなかったの?」
「すみれ自身は少しだけ。でも、芋蔓で余罪がわんさかだったらしいわよ。で、和解云々で解決できないとかで本国送還」
そこで3人のスマホが同時に鳴る。スマホを確認するとどうやら穂波からグループメッセージがきていた。
『やばいよ。すみれ達が部室に立て篭もったよ!』
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