第84話 Rー11 防衛②

 第1防衛ラインは基地と外界の境界に展開している。だが、そのほとんどの隊員は出入り口に配置されている。出入り口は3つ。南の正面口、北の裏口、鬼門の非常用出入り口。


 出入り口の隊員はバリケードを作り、基本装備は盾と催涙弾。一部の隊員は放水のホースを構えている。共通しているのは黒の防弾装備である。


 それ以外の第1防衛ラインの隊員は塀の周辺、施設等の屋上から外を窺うものにあてがわれている。もし出入り口以外からの侵入があれば即通達し、威嚇と牽制を許可されている。


 彼等、第1防衛ラインの隊員たちはバリケードを死守するのではなく、プリテンドの撮影と足止めである。そのためプリテンドの顔を撮影するためにバリケードや外の木々にカメラが設置されている。その他にも撮影エリアをいくつか設置されている。隊員はカメラとゴム弾と実弾の銃をそれぞれ装備されている。催涙弾を所持しているものはバリケードから少し離れた場所にいる。催涙弾は対人には強力だが撮影には不向きであるがゆえに。


 隊員たちにはデモや暴動程度なら持ちこたえる自信がある。だが、相手は銃を所持したプリテンド。人であって人でないもの。予備知識なしでは混乱するだろう。今でも先程の姫月と敷山の発言に疑問を抱いているくらいだ。もちろんこの状況下で嘘ではないだろうが、少なからずプリテンドと呼ばれる集団が攻めこまないことを祈っていた。


  ○ ○ ○


 そして午後3時にプリテンドが現れた。


「こちら正面口、松川班。望遠レンズから目標を目視しました。距離300。人数はまだ正確には分かりませんが多数であることは分かります。繰り返します。目標、目視。距離300」

『司令部了解。人数については他の部隊からも確認させる。松川班及び正面口の部隊は手順通り、無理なく押し止めよ』

了解ラジャー。……っ! 待ってください!」


 松川はプリテンドの集団上空をレンズ越しに見た。奇妙なことに赤黒い点がいくつもある。松川は望遠レンズの度を調整し、その赤黒い点が何かを調べた。


 拡大して露になったそれは赤い細身の体、左右に羽。体の下部には銃口。

 その姿を見て松川はすぐにその正体が何か理解して驚きの声を上げた。


「ファ、ファイヤービー! ファイヤービーです。プリテンド上空に無数のファイヤービーが展開しています! 繰り返します。プリテンド上空に……」


 狙撃蜂ファイヤービー。それはドローン型遠隔狙撃兵器の愛称である。ハチのような形をしていることからそのような名になった。


『こちら司令部。近づいたら実弾を使い上空のファイヤービーを狙撃しろ』

「りょ、……待ってください。ファイヤービー下降。プリテンドの前……いえ、プリテンドに並ぶように移動!」


 上空にいたファイヤービーはプリテンドたちの間に下降する。これだとプリテンドに銃弾が当たる可能性があるので狙撃することができなくなる。それを踏まえての行動なのであろうか。


『……放水部隊を前へ。それ以外は第ニ撮影エリアの後ろまで後退』

「待ってください! まだ何かあるようです!」

『なんだ!? まだ何かあるのか!?』


 その怒声は敷島であった。

 松川はプリテンドたちが左右に別れるのを見た。その動きは二手に別れるのではなく中央を開けるような動き。


 そして中央から、

「ク、クモです」


 大型の黒色のクモが現れた。


『クモ?』

「クモ型陸上戦略兵器です!」

『なんだってそんなものが? 型番は判るか?』

「すみません。ここからではよく……」

『分かった。クモの動向に……』


 注意しろと言おうしたところで爆発音に邪魔された。


  ○ ○ ○


『松川! 今の爆発音は?』


 しかし、松川から返答はなくノイズ音だけが鳴る。


「こちら第1防衛ライン、新山! 現在クモからの砲撃によりバリケードを破壊。及び、バリケード後方の部隊に被害あり」


 代わりに新山からの報告がきた。

 新山班は正面口近くのビル屋上にいる部隊である。主目的はプリテンドの撮影、動向を探るための調査部隊である。人数も三人編成で元は基地内の通信兵だ。


『クモが砲撃? 武装は?』

「腹部天井展開して砲身が!」


 敷山の知識にはクモに砲身という武装はなかったはず。なら最新型だろうか。


『バリケードはどうなってる?』

「一部瓦解していますがまだ機能はしています」

『クモからの再度砲撃の気配は?』

「気配は……」


 レンズからクモを窺うと、クモもプリテンドも動かずにいる。バリケードは一部瓦解しているがそれでもプリテンドたちにとっては今だ邪魔な障害物である。


「砲身が右へずれました。第ニ波の可能性あり」


 その報告を受けて敷山は、


『正面バリケード付近の兵はすぐに後退しろ!』


  ○ ○ ○


 クモ型陸上戦略兵器は中国が最初に開発、運用した兵器だ。二本の腕に六本の脚。その六本の脚にはタイヤが付いていて走行も可能。凸凹した地面に対しては歩いて進むことができる。さらには脚に爪があり、それによって垂直の壁をも登ることができる。兵装は機関銃が頭部に二門。腹部に対空ミサイル二本。


 実戦投入されたのはチベット暴動を鎮圧した時である。


 一見、細い脚が弱点のように見えるが、この脚がまた頑丈で中々へし折るのに骨が折れるらしい。しかも脚を全て折っても、脚と腹部を捨て、頭部に備え付けられている飛行ユニットで飛ぶことが可能でもある。チベット暴動以降、中国国内での使用はない。だが、中国はアジア諸国にクモを売りつけ、アジアでの内戦等では今でも現役で活躍している。


 そのクモが日本に持ち込まれている。銃とは違い大型で持ち運ぶには大変なもの。

 しかも本来は装備されていない大砲が備わっている。


 第2波が放たれ、バリケードは弾き飛ばされた。

 司令部では今、クモの解析が終わったところ。

 どうやら改造型であるらしく、各部位も様々な型からの部品であるらしく大砲に至っては本来の規格外のことで無理矢理であった。


 そのせいか、次の砲撃まで長いインターバルがある。敷山はすぐにバリケードから兵を避難させるよう命じた。

 その英断のおかげか第三波の時には全員を避難させることに成功した。


  ○ ○ ○


 五発の砲弾でバリケードは完全に崩壊した。クモも仕事を終えたと砲身を腹部へと収納した。


 プリテンドはクモの前に出て、正面口へと進み始める。それに追従するかのようにファイヤービーも動き始めた。


 第1防衛ライン正面口は怪我人は後退させ、その他の隊員は別の撮影エリアで盾と放水で応戦。撮影でき次第退避。退避の際は催涙弾を使わせた。


 戦況は最悪だった。

 クモの投入から第1防衛ラインの目的は一瞬にして消失となったも同然。別の撮影エリアで撮れた画像も少なく、かつ不鮮明であった。


 唯一判明したのは敵の規模であった。施設屋上からの通信兵の情報によると相手は30人弱の規模と判明。クモは一台、ファイヤービーはプリテンドの2倍の数であると。


 こうなってはZ.I.T投入を急くべきてがはと敷山は考えた。第2防衛ラインもまたすぐにバリケードが破られる可能性があった。

 それだと闇雲に被害を増やすのみである。どうせ第2防衛ラインでも顔認証が無理であるならいっそ早めにZ.I.T投入させ殲滅した方がましであろう。


 敷山はクモを監視している新山に現在のクモの状況を聞いた。

 もしクモがプリテンドたちと離れて別行動をしているなら、まずクモを爆破部隊で罠を張り攻撃。プリテンドたちはバリケードとゴム弾で時間が稼げる。


 だが、先程からの報告ではクモの周囲にフルフェイスのプリテンドたちが守るように囲んでいるらしい。


 他のプリテンドたちはマスクや面を身に付けているのに対し、クモ周囲のプリテンドはフルフェイスなのが気にかかるところである。なぜ最初から全員フルフェイスではないのか。それはこちら側の事情を知りつつ、顔認証を諦めさせないためであろうか。


 新山とは中々繋がらないらしく、もしかしたら敵に見つかり、拘束ないしは殺られた可能性がある。


「……新山、応答せよ! ……クモの現状は? ………新山……新山」


 ノイズ音だけが聞こえてくる。諦めるかけた時、新山から応答があった。そして敷山は新山からの報告を聞いて顔をしかめた。いや、敷山だけでない。司令部にいる全員が報告を聞いて疑問の声を上げた。


 敷山は司令部にいる兵にすぐに現場に残っているカメラから映像を撮り、モニターに流せと命じた。


 そしていくつもあるモニターの中央にクモの様子が映し出される。


 そこには地面に横たわるクモが。脚は千切れ、腹部は押し潰され、頭部は弾けていた。

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