第83話 Rー10 防衛①
深山姫月は頭では分かっていても、どこかシンギュラリティ・ワンを秘匿する基地とはいえ陸将がいるというのは些か違和感を感じていた。だが、自衛隊らは慌てることも動揺することもなく陸将敷山の指示を忠実に聞き、行動をとった。これは日頃の訓練だけでなく、敷山への忠誠心が成せるものであろう。
そのようなものをまざまざと見せ付けられ姫月は陸将が着任されているのはこういう時のためだと改めて気付かされた。
そして今、情報センターを臨時司令部として活用することになり、深山姫月そして陸将敷山、自衛隊及び深山守矢がいて、陸将の敷山が部下に命令を下し、防衛配備を整えたところであった。モニターには施設及び基地を同心円上に緑の点でできた円があり、特に施設の出入り口には緑の点が集まっていた。この緑の点は配置された自衛隊である。モニターには映っていないが敵は赤い点で印されることになっている。
その他、施設の職員、研究員等は別室に移動させられた。
「さて、それではプリテンドについて改めて聞こうか」
そのはっきりとした力強い声は部屋に響き渡った。
陸将敷山は近くの部下に手で合図を送る。部下は通話をオンにした。それはここにいる施設内の自衛官全員にこれからの会話を耳にされるということだ。
敷山がテーブルに肘をつき、手を組み合わせ、その手の甲に顎を乗せた。
姫月は敬礼をし、説明をしようとした。しかし、
「敬礼はいい。お前は公安だろ。それに陸将と言っても俺はただの中将だからな」
ただの中将と言われても姫月にはどう返答すればいいか分からず困った。とりあへず一度咳払いをして、
「では、説明致します。プリテンドには基本的には2タイプ存在します」
姫月は声を張って、施設内の自衛隊全員に告げるように意思を強く持って語り始めた。
「一つはゴースト型。主に人工補助脳をインプラントした人がAIに乗っ取られるものです。この場合すでに脳は脳死しているので人ではなくAIであると認識して構いません」
「つまり撃ち殺しても問題ないんだな」
一瞬の逡巡の後に姫月は、
「……はい。ただしゴースト型であると判明したのであれば」
敷山は『どうやってゴースト型と判明を』ではなく、
「もう一つは?」
と、聞いた。
「二つ目はファントム型。デバイスを脳に埋め込んだ人がAIに意識を奪われる型です。ファントム型はゴースト型と違いまだ判明していない部分も多いですが脳死とは違いまだ助かる見込みがあると思われます」
「なるほど。で、その2タイプをどのように判別するんだ?」
「……今のところ、人工補助脳の手術を受けた方かどうかくらいです」
深山たちが今、分かっているのはそれだけである。それゆえ、申し訳なさで声が小さくなる。
「リストはあるのか?」
敷山がわざと声を大にして聞いた。
その声に姫月は驚き、体を緊張させた。
「はい。公安が手に入れたJ・シェヘラザート社のデータがあり、そこからリストを作成致しました」
「ならそのリストを使って侵入者の面を見ればいいんだな」
敷山が笑みを浮かべた。姫月はその意味を汲み、
「はい。リストはこの施設内にあります」
姫月は守矢に目を配らせた。シンギュラリティ・ワンに事件について聞くためリストを科警研この施設に送っていた。
「ええ。後は顔写真さえ撮れればシンギュラリティ・ワンを使ってすぐに割り出しますよ」
守矢がハンカチで額の汗を拭いながら言う。
「あいつを使うまでもないだろ。それくらい普通のパソコンでもできるだろ? それともさっきの電磁パルスでおじゃんになったか?」
「えっと、パソコンでも可能ですが。より確実性のある方がよいかと。それに相手の顔写真を撮る。もしくは動画から顔を判別するのは難しいですし。それに相手がマスク等をしていたら……」
「それもそうだな。監視カメラのある昨今で顔丸出しの強盗もいないわな」
「ですからシンギュラリティ・ワンなら相手がマスク等を着用した場合の判断も可能です」
「いくらなんでもマスク着用時まで判るのか?」
「あれでも量子コンピューターです。処理能力は速いです」
敷山は立ち上がり、
「よし、お前ら聞いたな。第一防衛ラインは撮ることを優先だ。でかいバリケードを作っておけ。その近くにカメラを設置しろ。なるべく奴等がカメラに写るようにな。バリケードに近づいたら催涙弾、ゴム弾、放水で対応。バリケードを突破されそうになったらすぐに後退しろ。死守しようとするな」
と、そこで敷山は言葉を止め、姫月に顔を向け、
「そういへばこの前、プリテンドの奴等が中国工作員共に銃撃してきたんだよな?」
まだ一部の人間にしか知らされていないことを聞かれ姫月は一瞬答えに戸惑った。
「はい。彼等は銃を所持している可能性が高いと思われます」
姫月としては次も確実に銃撃戦になると考えていた。
「そのことをすっかり忘れてたな」
敷山はわざとらしく眉を上げ、右手で額を掻いた。
それはこちら側に説明不足の非があるということを姫月は理解し、
「すみません」
と、腰を曲げ謝った。
敷山は続けて、
「第ニ防衛ラインは基本ゴム弾と放水で対応しろ。実弾の銃はなるべく威嚇と牽制に使え。ただしゴーストと判れば攻撃を許可する。なるべく足を狙えよ。第三防衛ラインは……」
そこで敷山は姫月たちを一度目を配った後に、
「攻撃を許可する」
「待ってください。攻撃だなんて。シンギュラリティ・ワンでもそうすぐには……」
守矢は慌てて口を挟んだ。
「何言ってる。第三防衛ラインを突破されたら中に入られるんだぞ」
そう言われ守矢は諦めて口を閉ざした。
「しかし、それだと自衛隊が日本国民を射殺したことになりますよ」
姫月が二人に割って入る。
自衛隊は日本国民を守る部隊だ。その前提を覆すような行為はしてはならない。
「ここには陸上自衛隊だけではないんだぜ」
敷山の口端が歪んだ。
「それは?」
「Z.I.Tだ」
敷山から放たれたワードに姫月たちは驚いた。
○ ○ ○
Z.I.T、それは警視庁の特殊掃討作戦実行部隊のことである。警察組織にはS.A.TやS.I.Tの特殊部隊があるがこのZ.I.Tはそれら部隊とは違い異質な権利を持っている。それは人質を巻き込んだ攻撃の承認権である。
今から20年程前に北朝鮮船舶5隻が新潟に現れ、穀物と日本人を拉致するという事件が発生した。その時、警察、自衛隊が出動したが北朝鮮工作員が日本人を盾にした行動を取ったことにより二の足が踏めずにいた。その姿がメディアにあげられ、世界中の人間が目にすることとなった。警察、自衛隊の行動には世界中は呆れ返っていたが、実際に最良の選択となると、やはり警察、自衛隊の行動ではとなる。
結果、日本政府は1隻だけ拿捕し、その他の船舶を取り逃がしてしまった。拿捕した1隻はエンジントラブルによるもので拿捕というよりも救出に近かった。そして、その船には穀物だけで人質は乗っていなかった。
拉致問題が解決していないなか、新たに拉致問題が生れたことは国民の感情を昂らせるのに一枚買っていた。
『どうして警察や自衛隊は何もしなかったのか?』
この事件に対して北朝鮮は5隻の船舶については知らぬ存ぜぬを通し、さらには日本が捕らえた1隻の乗員たちについても出鱈目として
これにより国民の感情は爆発して日本中でデモが発生した。特に何もできなかった警察組織、自衛隊は国民の怒りの的となった。
政府は2度とこのような悲劇が起こらないように新たにZ.I.T編成に取り組んだ。
人質をも攻撃する部隊に日本国民ならず世界中から罵倒された。しかし、人質を盾にされ何もできなかった警察官、自衛隊の姿が国民の目に焼き付いたことにより、次第に国民は折れ始めていった。
そして事件から一年半後にZ.I.T編成が可決された。
○ ○ ○
「Z.I.Tは自衛隊ではなく警察庁所属のはず。それがどうして陸上自衛隊基地に?」
姫月はまっすぐ敷山を見て聞いた。
自衛隊は日本国民を攻撃してはならないというものがある以上、人質になった日本国民を攻撃するZ.I.Tを自衛隊内に置くことはできない。
それが今、陸上自衛隊の基地内に配置されているのだ。
「なあに、たまたまさ。Z.I.Tはあらゆる局面に対しても攻撃をする部隊だ。中には強力な武器も必要だろう。だからZ.I.Tは自衛隊から武器を拝借しているんだよ。だからZ.I.Tは自衛隊近くに居を構えているのさ。そしてたまたま奴等が攻撃してきた基地の近くにいたということさ」
敷山そう言って厭らしく笑った。
そんなものは建前だと姫月はすぐに理解した。ここには量子コンピューターかつ超高度AIのシンギュラリティ・ワンがいるのだ。どんな事態になっても流出を阻止するためにZ.I.Tは常駐しているのだろう。
「国民は何て思うでしょうか?」
Z.I.Tの存在は今でも反対の意見がある。
敷山はそっぽを見ながら髭をなぞり、
「Z.I.Tよりもプリテンドの方が話題になるんじゃあねえのか?」
そう言われ姫月は下唇を少し噛んだ。
確かにZ.I.Tの存在よりプリテンドの方が驚異的であろう。なんてたってAIに体が乗っ取られるのだから。
さらにその背後には中国がいて、日本国民を操り暴動を起こしたとなれば日本のみならず世界で話題になるだろう。
例え報道の過程でZ.I.Tのことが明るみにされても日本政府はプリテンドを利用してZ.I.Tの存在を推し、否定派を潰そうと考えているだろう。
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