第53話 Tー5 設営キャンプ

 ノック音を聞きアリスはドアを開ける。開けた先にはレオが立っていた。

 アリスは目をぱちくりした後、黙ってドアを閉めようとする。


「おい待てコラ、何閉めようとする?」


 レオはドア端を掴み、閉まるのを止める。

 それをアリスが力を込めてドアを閉めようとするがレオの方が力があり閉めることができない。


「えっと、部屋間違いでは? エイラはここにはいませんよー」

「お前に用があって来たんだよ」


 レオはドアを抉じ開け部屋の中に入る。そして断りもなく椅子に座る。

 アリスはため息をつき、ベッドに座る。


「で、何よ?」

「ストーリーイベントの件だが……」

「あーもう! それやめて!」


 アリスは耳を塞いで俯く。アリスは宇宙船墜落、空港半壊の報道を後になって見たのだ。そこでボサボサの髪と煤だらけの顔でインタビューを受ける間抜け姿の自分を見たのだ。思い出すだけで顔から火が出る。


「最後まで聞け」


 レオはアリスの頭を小突く。


「痛い!」

「痛覚はないだろ」


 そう。ゲームでは痛覚はない。いや、正確には今はない。先のイベントでは痛覚があったのだ。ポイントが少なかったペナルティとしてタイタンプレイヤー全員に。


「何よ! もう」


 抗議の言葉を放つとレオは一度息を吐き、


「いいか。今からストーリーイベント攻略のため南の山へ設営部隊を派遣する。それについてこい」

「せつえい?」

「設営部隊知らんか?」

「知るわけないじゃん」


 なぜか堂々と胸を張って言うアリス。

 それにレオは額をおさえ、ため息を吐く。


「いいか。設営部隊とは中間地点や前線にベースキャンプを置く部隊だ」

「へえー、ん? ……それに私が?」


 アリスは自身に指差して聞く。


「そうだ。これならお前も参加できるだろ」

「まあ、危なくないなら頑張るけど。それなりに」

「良し。なら行くぞ」

「行くって今から!?」

「ああ、今から」


 レオはアリスの腕を掴み、立たせて外に向かう。


「ちょっ、引っ張るな!」


  ○ ○ ○


 設営部隊は首都の南門に集まっていた。設営部隊にはレオのパーティーだけでなく他のパーティーも加わっていた。


「キョウカさんたちもですか?」


 キョウカたち三人も設営部隊として参加していた。


「ああ。君のお兄さんに誘われてね」

「うちの兄が迷惑かけてすみません」

「何、いいってことさ」


 しかし、隣のクルミはどこか不満そうであった。


「どうしたんですか?」

「……いえ別に」


 そうは言うもののどこか険のある表情だ。


「クルミのことは気にしないでくれたまえ」


 プレイヤーと話をしていたレオがキョウカたちに挨拶へとやって来た。


「どうも参加ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ誘ってくれありがとう」

「こちらへ」


 向かった先はトラック三台とその前にキャンプを一式道具と大きなシャベルと太いステッキ。その他にも段ボールが数箱。


「このトラックは?」


 アリスがレオに聞く。


「見ての通りこれで山の麓まで荷物を運ぶんだよ」

「端末に入れたらいいんじゃない?」

「あのな。なんでも端末に入れられるわけではないんだぞ」

「え? アイテムとか収納できるじゃない」

「回復アイテムや貴重アイテムはな。でもこういうのは無理なんだよ」

「そうなんだ。でもトラックで山登りも楽になる?」

「あのな、トラックで山なんて登らないだろ。さっき言ったように麓までだ。そこからは歩きだ。荷物を背負ってな。ほらお前も荷物を荷台にのせろ」

「はーい」


 アリスはしぶしぶ手伝う。


  ○ ○ ○


「あなた、インタビューの子よね」


 荷物をトラックにのせ終えるとポニーテールの女性に声をかけられた。


「ああ、……はい」


 少し気恥ずかしくアリスは頷いた。


「やっぱり、やっぱり。見たよ。すごく面白かったよ~」


 と、笑みを向けられるもどう反応すればいいのか分からなかった。


「うちの妹がお見苦しいところを」


 レオが頭を少し下げる。


「ええ! レオの妹さんなの!?」

「はい。恥ずかしながら本物で」


 ――何が恥ずかしいだ!


 アリスは目で抗議をするがレオはスルー。


「え!? 妹!?」

「まじで!?」

「設定でなくリアルの!?」


 アリスの周りにプレイヤーが集まる。


「レベルひく!?」

「こいつ初心者なんだ。多少は大目に見てやってくれ」

「へえー、あれ? この子もしかしてメタルカブキオオトカゲの時の子じゃない!?」

「ああ。あの時、運良く止めを刺せて」


 ――なんでお前が親のように説明するんだよ!


「あ、こっちに小さい子がいる」

「ホントだ!?」


 アリスからカナタへと注目が向けられる。


「最近、噂になってる子!?」

「もしかしてレオの子?」

「そうです。エイラとの子です。ハレンチです」


 仕返しにとアリスは嘯いた。


「アホ! 何平然と嘘ついてる」


 レオに素早くアリスは小突かれる。


「いや、違うから。この子は知らない子で」


 レオは手を振って否定し、カナタについて説明する。

 アリスはそれを遠くからクルミがどこか機嫌悪く見ていたのに気づいた。


  ○ ○ ○


 南の山は豪雪地帯で膝ほどまで雪が積もっていた。


「さ~ぶ~い。し~んど~い」


 風が雪を運び、アリスの体に押し当てる。寒さで体を震わせ、脇を強く絞める。手はかじかみシャベルで雪をかいては息で手を暖める。


 アリスたちは山の麓から除雪用シャベルでキャンプ設営地点まで雪をかいていた。

 アリスを含めた6名のパーティーが雪をかき、モンスターが現れたらクルミを含めた5名が倒し、残りがリュックを背負い山を登る。


「たまにはパーティーのために貢献しろ。穀潰しのままでいいのか?」


 後ろから兄であるレオにきつく言われる。


「私、初心者だし。色々貢献してるし」


 アリスは文句を言いながらもせっせと雪をかく。


  ○ ○ ○


 設営地点まで辿り着いた時は夕方の5時だった。途中、昼休憩を含んで三回休憩があった。


「……疲れた。ホント、まじ疲れたし」


 肉体的疲労はゲーム内には存在しない。しかし、精神的疲労はあり、それがまるで肉体的疲労があるような錯覚を生み出す。実際、アリスは倦怠感に苛まれ、体を動かすのが億劫であった。


 そのアリスは設営地点から少し離れたところで三角座りをして休憩を取っていた。設営地点ではレオが指揮をしてテントが建てられていた。


「テントなんて必要あるの?」

「それは雪のためだろう」


 と、アリスと一緒に休憩をしていたキョウカが言う。


「雪?」

「ここの山は雪山で。積もった雪はこちらが除雪してもすぐに積もるからだろ。そして麓からモンスターのいる山頂までは丸一日かかると予想されているからだろう」

「それに尖兵隊を送らないといけませんしね」


 と、続いてクルミが答える。


  ○ ○ ○


「私たち、もう帰っていいの?」


 アリスは今し方、テント建て終えたレオに聞く。


「いや、今日はここでキャンプだ」

「まじで? 飯は?」

「女子力を見せな」


 レオはアリスの肩を叩く。


「キャンプに女子力は関係ないわ!」


  ○ ○ ○


 ゲームでは特別食事を摂る必要性はない。摂らなくて生きてはいける。しかし、人間としての生活習慣ゆえか食事を摂ることを重要視しているプレイヤーは多い。単に口が恋しい、味覚刺激が欲しいという理由もある。


「リアルだったら血だらけね」


 アリスはジャガイモの皮をナイフで剥きながら苛立し気に言う。皮を剥こうとするとナイフが滑って指を切ったり、刺したりをする。ジャガイモの皮を剥いたことがないわけではない。ただ、ナイフを使用したことがないのだ。普段はピーラーで皮を剥いている。扱い慣れてないのか指を何度も切る。


「アリス! ゆっくりでいいので丁寧剥きましょう」


 アリスの皮剥きは皮というより身を削っている。ボール大のジャガイモが無惨にもピンポン玉サイズに変わっている。


「それにこういうのはリアルに戻ると大変ですよ。ついゲームと同じ感覚でやってしまい大怪我をしてしまいます」

「うっ! それは嫌だな」


 間違ってゲームと同じようにやってしまったリアルの血みどろになった手を想像してしまう。


「やっぱり、女子力足らないな」


 様子を見に来たレオにディスられる。レオはアリスが剥いたピンポン玉サイズのジャガイモを見て、ため息を吐く。


「今どきナイフでジャガイモ剥くかー! ピーラーでしょ! ピーラー!」

「でも周りはちゃんとやってるぞ」

「うぐ!」


 確かにアリスを除き調理班は皆みごとにナイフを使っている。


「まあ、頑張れよ」


 そう言ってレオは調理場から去って行く。


「ねえ、ハバネロってあった?」


 レオの背を睨みながら隣のクルミに聞く。


  ○ ○ ○


 アリスたち調理班が作ったのはキャンプ定番のカレーライスだった。カレー独特の香りがプレイヤーの鼻を刺激して食欲をそそらせる。アリスはレオの分のカレーライスをよそい持って行く。


「珍しいな。お前がよそってくれなんて。もしかしてイタズラでもしてるんじゃあないだろうな?」

「そんなわけないじゃん。さっきから女子力ってうるさい兄貴に私が作ったカレー食べさせて見返してやりたいだけよ」


 と、アリスは平気で嘘をつく。もちろん仕返しにとレオのカレーには仕掛けがる。

 それから自分の分をよそいキョウカたちのテーブルについた。


 アリスはレオがカレーを食べるのをじっと注視する。

 レオがスプーンで掬い、そして口にへと運んだ。


 ――よっしゃー!


 心の中で大きくガッツポーズしてアリスは喜ぶ。

 だが、レオは辛いと言ったり口を抑えて悶絶したりしない。平然としている。


「あれれ?」

「……ハバネロ本当に入れたんだ」


 クルミが呆れたかのように尋ねる。


「うん。結構多くね」

「あのね、アリス。実は自動補正というのがあるのよ」

「自動補正?」

「プレイヤーに危険な刺激はオートで除去されるの」

「それって……」

「ハバネロをたくさん入れても意味はないの」

「クッソー!」




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