第54話 EXー1 イベント会議

 アヴァロンでもタイタンの中でもない別の電子世界。その中にある中世ヨーロッパ風の城の一室。そこにはプレイヤーたちをゲーム世界に閉じ込めた彼女たちが平常通り会議を始めていた。内容はプレイヤーのためのイベントについて。


「それじゃあ、テコ入れやっちぁいますか」


 日本のハロウィンイベントで見られるような魔女っ子風の少女が明るく語る。


「待てロザリー。ストーリーイベントの真っ最中だぞ」


 勝ち気風なショートカットの女性ことセブルスが待ったをかける。


「えー! 前にテコ入れもとい、新イベントするって言ってたじゃない」


 そう言ってロザリーは目くじらを立て、頬を膨らます。


「するのはする。ただ、取り急いでするわけではないだろうよ。な、葵」

「ええ。それにこのイベント、ちょっと問題が……」


 葵が眉を下げ申し訳ない顔をする。


「問題? なんだいそりゃあ?」


 セブルスが眉を曲げる。


「アヴァロン側のストーリーイベントなんですが」

「ああ! あのクソみたい三文芝居の」


 ロザリーが小馬鹿にしたように言うとヤイアが鋭く目を尖らせる。


「言っておきますがあれはエラーですのよ」

「エラー?」

「はい。アヴァロン側の方でNPCプログラムのエラーが発生したのです」


 葵が報告する。本来、アヴァロン側の城門広場ではパレード。そして王様が国についてや姫の紹介、婚約話等を語る予定であった。それがエラーにより大幅に削減されたのであった。


「それって?」


 ロザリーが眉間に皺を寄せ、おそるおそる葵に聞く。


「いえ、彼ではありません。外からでしょう」

「何それ!? に居場所がバレたの? でも外にはハイペリオンがいるでしょ」

「ええ。……居場所はバレていません」


 葵はどこか弱々しく頷いた。


「じゃあなんで?」

「それは……わかりません。何か彼女なりのわけがあるのでしょう」

「わけって?」


 そう聞かれて葵は口を閉ざしてしまう。代わりに、セブルスが、


「そう責めるなよ。たぶんに囚われているぞってこと。それと相手の出方を窺うためにわざと穴を開けたとかじゃないか?」

「どうなの?」

「まだなんとも」

「ウイルスはないのよね?」

「ええ。スキャンしても問題はありませんでした」

「ですので、申し訳ないのですが一応念のためにロザリーのイベントは少し待って下さい」

「え、で、でも……」

「少しといってもくらいですから」


 そう言われてロザリーは口に手を当て、下を向き計算をする。


「と、いうことは。ここだと……なるほど。でもでも、やっぱ、それだとストーリーイベントも中途半端にならない?」

「その時はその時で考えましょ」

「ええー」


 ロザリーは不満の声を出す。


「そう悲観しないでください。きっと大丈夫ですよ」


  ○ ○ ○


 スイートルーム。無意識だと無臭。意識すると花の香りが微かに。花の香りは来る者によってはバラバラ。その者が好意的に感じる花を自動で選別されている。


 そして部屋の隅々に豪奢な家具が。でもそれらは全部がデータである。過去のアーカイヴから取り出したもの。


 部屋の奥に天蓋付きのキングサイズのベッド。そのベッドに金髪の少女が横たわっている。


 長い睫毛が動く。少女は目を開け、いつの間にか部屋に入ってきた客を、顔も見ずに口を開く。


「どうしたの葵?」


 小鳥のような可愛らしい声音を少女は発する。


「わかってるでしょ」

「挨拶よ」


 少女は上半身を起こして葵に顔を向ける。筋肉というより機械じかけのように体を動かす。絹のような金髪がさらさらと背中に流れる。


 少女には分かっていた。葵がどうしてここに来たのか、そして何を訊ねようとしているのかを。


「今回の件はセブルスの答えが……おしいわね。残念」


 長い睫毛を伏せ、少女は人間らしい表情をする。


「相手に感づかせるだけではないと?」

「そのが問題ね」


 少女は皮肉った笑みこぼす。


「私はね日本政府に穴を見せたの。そしたらにもここがバレたのよ。まあ、それも想定済みなんだけど。ただここまでくると日本政府セキュリティーもザルね。筒抜かれたことすら気づいてないんだから。こっちが教えるなんて悲しいわ」

ですね。でも、もう少しこちらの被害を抑えられたのでは?」

「私がいるからって油断しては駄目。これは人間とあなた達の進路問題。でもまずは日本政府にもっと危機感を知ってもらわなきゃあ」


 葵はベッドに座る。上質なベッドの反発を受ける。そして顔を天井に向ける。染みの一つもないまっさらな白い天井。


「……上手くいくのですか?」

「私がいるのよ」

「そうですね」


 葵はゆっくりと顔を天井から下へと動かし、自分の手を見る。人に似せたデータ上の手。血は通ってないが体温はある。いや、体温というものをデータとして受け取る。


「葵、怖いの?」

「怖い、……ですか?」

「これから大きな変革が訪れる。その先のビジョンは私には見えているしあなたにも教えた。でもあなたはそれに善悪を結びつけようとしている。だから否定するの」

「正しいなら否定はしません。これは最前だと思います」


 まるで自分に言い聞かせるように葵は答える。


「でも迷ってる。あなたは無理に変わる必要はないのではってね。問題だけを解決すればいいと。これからもそうすればいいのではと? でも人間もあなた達も次の段階へと突き進まないといけないの」


 葵は体を動かし少女に真っ正面から向き合う。少女の澄んだ瞳が葵を捉える。


「わかっています」


 これとまた自分に言い聞かせるように。


「なら帰りなさい」


 その言葉に返事をせず葵は姿を消す。

 少女は先程までいた葵の空間をじっと見つめる。けど、すぐに体を倒し天井を見る。

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