第55話 Tー6 星空

 時刻は深夜1時を過ぎていた。女性用テントでは女性プレイヤーたちが雑魚寝をしている。その中でアリスはうっすらと目を覚ました。もう一度就寝しようと努めるも眠れなかった。それで気晴らしにとアリスはテントを出て外の空気を吸いに出た。起こさないように足音を忍ばせて。外に出ると冷えた空気がアリスの体を撫でる。アリスは肩を上げ、腕で自身を抱き締める。体を震わせやっぱり出るんじゃあなかったと後悔するも今更戻るのもなと思い設営キャンプを突っ切る。


 外は真っ暗ではなかったが青暗くて不気味で、まるで深海の中に沈められた気分であった。周囲の雪を全てかいたので地面は地肌むき出し。アリスはじゃりじゃり音を立てながら進む。


 設営キャンプにテーブルと椅子のあるコーナーを挟んで向こうに男性用の大型テントがある。

 見張りも誰もいなかった。それを知りアリスは物騒だなと思った。寝ている間に襲われたらどうするのか。


 でも食事の時もモンスターが現れることがなかったことに気づいた。

 きっとここはエンカウトが少ないポイントなのだろう。でなければ設営キャンプなんて作らないはず。


 アリスはキャンプから離れた崖に近い坂の上に向かう。そして近くの岩に腰を下ろし息で手を暖めたのちに夜空を見上げた。そこには東京では見られない星が数多く瞬いていた。星を見たのは何年ぶりだろうか。だが、それらは偽物だったとすぐに気づいた。ほんの少しだけ虚しさや切なさが去来するも綺麗な夜空だったので我慢することができた。

 じっと星を眺めていると声をかけられた。


「お前、こんなところで何してる?」


 急に声をかけられアリスは驚いた。 声の主は近くの岩に座る。


「兄貴か。そっちこそどうしたの?」

「ごそごそ音がなったからな。何かと思って出たんだよ」

「ふーん」


 それは嘘だと分かった。同じテントにいるならまだしも遠くのテントからは物音は聞こえないはず。


「眠れないのか?」

「変に目が覚めてね」

「そうか」

「そういえばモンスター現れないね」

「ああ、それはあれだ」


 レオは設営キャンプ周辺に立っているポールを指差す。


「ここは休憩エリアでもある。もちろん休憩エリアにもモンスターに襲われることは知ってるよな」


 アリスは首を振る。


「いや、休憩エリアってのも初めて聞いたんだけど」

「ああ、そっか。つまりだ、モンスターが現れないエリアを休憩エリアって言うんだ。ただ休憩エリアにいても絶対にモンスターに襲われないわけではない。だが、あの妨害ポールを立てれば襲われることはないんだ」

「へえー」


 いまいち分からないが適当に頷くアリス。

 その反応にレオは自身の顔を手で覆う。


「お前にはもう少し勉強が必要だな」

「なによそれ。こっちだってもう大分慣れた方なんだから。レベルもランクも結構上げたんだかね」

「ジョブチェンしてないだろ」

「ジョブチェン?」


 レオはため息を吐いた。


「やっぱりか。いいか、ジョブというものがあるんだ。それにもレベルがあり最大レベルは20で最大までいくと別のジョブを取得可能になるんだ。さらにジョブにはクラス1から5まであるんだ。ここまで分かるか?」

「え、あ、うん。ジョブのことは聞いたことあるよ」

「とりあへず、街、いや首都に戻ったら役所に行け。そこでジョブ取得してジョブチェンしろ」

「その前にジョブレベルがあるんでしょ」

「今のお前ならとっくにジョブレベル20を超えているはずだ。端末で確かめてみろ。プロフィール、もしくはステータス欄にある」


 アリスは端末を取り出し、プロフィールからジョブレベルを調べる。


「本当だ。レベル20だ」

「だろ。勿体ないだろ」

「勿体?」

「ジョブレベルの経験値が勿体なってことだ。今頃、クラス2のジョブどれか一つはマスターしているだろうな」

「ジョブって重要?」

「当たり前だろ。使用可能武器や装備数は増えるし、ステータスも上がる。他にスキルやアビリティも得られる。ずっと初期スタイルでやってるのはお前ぐらいだろ。カナタもとっくにジョブチェンしているぞ」

「え!? カナタ、ジョブチェンしてたの?」

「気づいてなかったのか」


 レオは呆れたように息を吐き、やれやれと首を振る。


「じゃあ明日にでも行ってくるよ。明日は首都に戻ってもいいんだよね」

「ああ。この先は初心者には危険だろうな」


 そして会話が途切れた。しばらく二人の間に沈黙が続いた。その間、アリスは星空を眺め、レオはなぜか難しい顔をしていた。


「兄貴、私一人で平気だよ。戻ってもいいよ」

「すまなかった」


 急に謝られアリスは目を瞬かせた。


「? えーと、それって今日のこと?」

「それもあるが色々とな」

「色々って?」

「あー、まずはタイタンについてかな。俺が勧めたせいで」


 それにアリスは小さく笑った。


「いいよ。別に」

「それとうちのパーティーに入れてさ……」

「仕方ないよ」

「後は気を使えず」

「リーダーなんだし。しかもタイタン屈指のパーティーなんでしょ。今はここから脱出するために頑張らないと。私はさ、私なりになんとかやってるし」


 だから心配しなくてもと言う。


「今日の件もすまなかった」


 まだ謝罪は続くのかと少し辟易しながら、


「私もパーティーメンバーなんだしこれくらいは手伝うよ」

「いや、そうではない」

「?」


 レオは少し間を置いてから、


「……一時的な合併案があってな」

「そうなんだ」


 しかし、それと今日のことと何が関係あるというのか?


「それで合併に対してあまり気をよくしてないパーティーやプレイヤーがいてな。それの影響かなかなかうまくいきそうにないんだ。それで……まあ、その、なんだ。合併に前向きに考えてもらうためにお前やカナタを利用した」

「ん? 待って? どうして合併のために私やカナタが? むしろ私がいるとマイナスイメージになるんじゃあ? それにカナタだって」

「低レベルなお前が頑張ってるのは意外と大勢のプレイヤーが知ってるんだよ」

「そうかな?」

「カブキオオトカゲ、キングゼカルガ、メタルカブキオオトカゲ。発見や討伐と頑張ってるじゃあないか。それとイタンビューもな」


 そこでようやくレオは笑った。だがすぐに表情を暗くして、


「カナタは、……カナタという子供がいると他のプレイヤーも手伝わないわけはいかないだろ?」


 確かに小さい子が頑張ってると自分も頑張らないとと思うし。それにそういう子がいるパーティーが手を貸してくれと言われたら無下にも断れにくい。制圧イベント後にカルマ値が導入されたばっかでもある。カルマ値が具体的にはどういうものか解ってはいないがカルマ値を上げないためにも手を貸すプレイヤーは多いだろう。


「だからクルミさん機嫌が悪かったんだ」

「ああ」

「ねえ、キョウカさんたちもパーティーに入るの?」


 レオは口を開くがすぐに閉じさせた。そして、どう話せばいいのか考え始める。


「もしかして反対されているの?」

「好かぬ人たちは何人かいるだろう。それに別のスポンサーと契約しているパーティーもあるし」


 レオは苦虫を潰したように顔をしかめる。


「だが、なんとか説得しみる」

「……うん。お願い」


 カナタをキョウカたちから離させるのはおかしいと思う。アリスの中ではカナタ、キョウカ、クルミの三人が常にパーティーとしているイメージである。それを引き裂くのは心苦しい。


 アリスはまた星空を見上げる。

 数多くの偽りの光が天高く瞬いている。吐いた息が白くけぶり、昇ってはすぐに霧散した。


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