第62話 Rー3 黒木①
「もしかしてあの姿が本当の黒木なんじゃないか?」
花田の問いに九条は目をぱちくりさせる。
「つまりだ。今の九条はプリテンドでAIなんだろ。だったら今の姿がAIとしての本当の姿なんじゃないのか?」
「ほぉ~」
九条は感嘆の声を出した。
「意外と頭いいじゃん。そうだよ。あれがAIの姿さ」
少女姿の黒木と狼男はホテルのロビーで鍵を受け取り、エスカレーターに向かう。
花田たちもエスカレーターに一緒に乗り、同じ階で降りる。
「あ、フラン。少し待って」
廊下で九条が花田を呼び止める。花田は最初誰のことか思ったがすぐにフランは今の自分の名だと思い出した。
黒木たちが部屋に入ったのを確認すると少し時間を置いたのちにその部屋番を確認した。すぐにエスカレーター前に戻り、九条は、
「フランはここを見張ってて。私はロビーで隣の部屋を借りてくるわ」
「わかった」
しばらくして九条が戻り、隣部屋に入った。
九条は端末を操作してスピーカーを出した。
「なんだそれ?」
「ゲームではね。基本完全防音なの。だから壁に耳を当てても何も聞こえない。けどこれを使えば隣の声が聞こえるのよ」
「なんだその違法装置は」
九条はスピーカー上部にあるツマミを弄るとノイズ音が発生した。
「ここを、こう、かな」
『……なるほど。全く掴めんか。向こうも独立して動いている可能性があると。で、あいつらはまだ見つからないと』
――男の声だ。狼男の方だろう。
『はい。手掛りが全く』
『由々しき事態だ』
――二人は誰かを探しているのか? 優のことか?
『敵については?』
『そちらについては女子高生であること、そして日本の公安が血眼で探しているとのことです』
――女子高生? こっちが優のことか? ならさっきのは?
『こちらも人工補助脳の件で動けん。その件は任すぞ』
『はい。お任せ下さい。当てはあります』
『ほう、どういうことだ』
『資料にある花田悟という警官が唯一女子高生の顔を見た者です。公安は彼を使って女子高生を探している模様です』
花田は自分の名前が出て驚いた。
『気を付けろ。上はあいつらを囲った奴らと同一の可能性を示唆している』
『彼女らは人間ではないと?』
『お前と同じプリテンドの可能性があるかもな。上は
『わかりました』
『ただしあいつらのように大きく動くな』
『御意』
その後、足音が。そしてドアが開く音が。音は小さなノイズ音だけになった。
「……以上かな」
九条がスピーカーの電源を切った。
「黒木たちは何の話をしていたんだ? それと、あいつらって?」
「さあ、何のことやら。最初の方は聞きそびれたのでなんとも。それより自分の身を案じた方がいいんじゃない?」
「なんか隠してないか?」
その質問に九条は笑みを向けただけであった。
「お前、いやお前たちプリテンドではないだろうな?」
それは先程李氏が言っていたことだ。
「それは否定させてもらうわ。人間よ私。仲間にもプリテンドは一人もいないから」
九条は真っ直ぐした目を花田に向ける。
「わかった。それでどうする追うか?」
「いや、それは胡桃たちが追ってるから私たちの仕事はこれでお仕舞い」
○ ○ ○
目が覚めるとガラスケースが目に入った。どうやらきちんと現実に戻ってこれたようだ。
ガラスケースが持ち上がった。葵が頭部に胸、右腕のコードを取る。
「起き上がっても結構ですよ」
と、言われて花田はベッドから立ち上がった。そして一度大きく伸びをする。
「気分はどう?」
後ろからの声に振り向くとソファーから起き上がった九条がいた。
「明晰夢から覚めた気分だな」
「ふ~ん。頭にデバイス埋め込みたくなった?」
「なるわけないだろ」
○ ○ ○
セカンドワールドで狼男と黒木の後を尾行していた胡桃が帰還して一同はリビング代わりに使っている部屋に移動していた。部屋はコジャレた喫茶店のようであった。テーブルと椅子がいくつも置かれている。
そして部屋の一角に鏡花と優の二人がいた。二人は優雅にアフタヌーンティーを飲んでいた。
「なんでここに?」
「何を馬鹿な質問を。ここは私の持ちビルだよ」
○ ○ ○
「やはりあの狼男は李氏でした」
胡桃が皆に報告する。
「それで、その後二人はどうしたの?」
九条が聞いた。
「すぐに両名ログアウトです」
「ふむ。九条君から聞いた話から察するに彼らは優を血眼になって探しているね」
鏡花が顎に手を思案する。
「それだけではないだろ。李氏が言っていたあいつらって誰だよ」
「さあ、さっぱりだ」
李氏と黒木は優の話の前に言っていたあいつらはまだ見つからないの件だ。
「李氏の目的は何だ? いや、李氏も含め本社シェヘラザード社は何を企んでいる?」
「君は何だと思う?」
質問を質問で返されイラっときたが、
「テロか?」
「どうして?」
「どうしてってそりゃあ、人工補助脳やデバイスを使って日本人を意のままに操るようなに企んでいるならテロだろ」
少しずつ腹が立ってきているのか語尾が強くなる。
「確かに事実だとしたら由々しき事態だね。でも、彼らは失敗した」
「お前たちが邪魔をしたからだろう?」
花田は鏡花を睨んだ。
「おや、随分な過大評価だね。我々が最初かな?」
鏡花は睨まれようが臆することなくじっと花田を見返す。
「その言い方。最初は誰かが邪魔したってことか? 李氏が言っていたあいつらっていうのは最初の工作員か? それでそいつらを捕まえたったことか?」
「ほお。そう推測するか」
鏡花は感嘆の声を出した。
「いい加減しろ」
花田は大声を上げ、テーブルを叩いた。ソーサーやカップが音を立てる。
大抵の人間ならすくんで当然なのだが、ここにいる全員誰もすくむ様子もなく平然としている。
「お前たちはどこまで知っている。教えろ!」
「その前にまず聞こう。君は我々の味方かい?」
「俺は、……警官だ。だから、日本国民の味方だ」
「我々も日本国民だが?」
「警察は善良なる日本国民の味方だ」
「我々は善良ではないと?」
鏡花はすぐに言葉を返す。
「もうご託はいい。お前たちは犯罪者だ」
「ならなぜ捕まえない?」
「……」
その問いに花田は迷いがあり答えられなかった。
「警視庁は本件から離れたからね。今は公安案件だ。しかもその公安が怪しいときた。そして君はこのまま我々を逮捕してはいけないと感じているんだろう?」
どこか試すように鏡花は問う。
「ああ、そうだ。だから教えろ。この日本で何が起こっている?」
花田のその言葉に一同は口端を伸ばした。
「しかし、おいそれと情報を開示できないな?」
「お前!」
「まあ、待ちなよ。最後まで聞きなって」
九条が鎮めようと声を掛ける。
「条件として囮捜査に協力してもらおう」
「囮捜査?」
そう言えば李氏が花田をマークするような発言があった。
「味方でないにしろ。同じ敵を持つ同志であるならそれを証明してもらおう」
「それが証明できたならお前らは知っていることを話すってことだな」
「勿論言い掛かりもなしだ。安心したまえ。君が信用足る人物であるなら話すよ」
○ ○ ○
花田と九条はビルを後にして警察庁の捜査本部のある部屋に戻った。本部には深山たち全員が集まっていた。
「そっちはどうだ?」
花田は椅子に座り、深山に尋ねた。
「李氏が日本に着てからのスケジュールを。今は李氏の行動がスケジュール通りかを調べているところです。まあ、十中八九穴はあるでしょう。そちらは? 報告ではセカンドワールド内での田宮信子について調べていたそうですが」
その問いに九条が手を上げ、
「はいはーい。どうやらセカンドワールド内の知人から信子に関する怪しい話は聞けませんでしたね。一応、その知人も念入りに調べたんですがプリテンドの可能性は低そうでした」
その件は花田たちでなく前もって鏡花たちが調べていたことだ。
「そうですか。では次に現実での田宮信子の行動を追ってみてください」
「りょーかーい」
九条が軽く応える。
○ ○ ○
帰り際、花田は深山に声を掛けられた。
「花田さん、ちょっとよろしいでしょうか」
「ああ、構わんが」
「少し待って下さい」
深山はキーを操作したふりをする。部屋にメンバーがいなくなるとキーを操作するふりを止めた。
「貴方はプリテンドにお会いなってどうでしたか?」
「どうとは?」
「彼らは人間でしたか? それともやはり機械でしたか?」
「ん?」
「ごめんなさい……えっと、そのつまりは、……そう、プリテンドは人間に見えましたか?」
「そりゃあ姿は人間だし」
深山は額を押え、
「そうでなく、会ってみて人間のようでしたか? 機械でしたか?」
その様子から黒木もプリテンドってことはあまり知らなさそうだ。
「もし会ったら人か機械かわかりにくいかな」
花田は首を傾げて答えた。
深山は盛大に息を吐いた。そして前髪をかきあげ、
「それは困りましたね」
「電気羊ってなんだと聞いてみるとか?」
「それで判明すると?」
胡散臭げな眼で花田に問いてくる。
「冗談だ。でもまあ、中には分かりやすいのもいるだろ」
「なぜそう言えるので?」
「いや、何て言うか。その、会った奴みんな攻撃的だったからかな」
そう言って花田は空笑いする。
「そうだ、公安はプリテンドについてどこまで知ってるんだ?」
「え?」
「俺が知る前から知ってたんだろ?」
「それはどうしてですか?」
「否定しないってことは肯定だな」
「……いつから、そう感じていたのですか?」
「怪しい、いやおかしいと感じたのは公安が出てきてからだ。それと俺が初めてプリテンドのことを話したときも疑わなかったしな」
嘘だった。鏡花たちから公安はプリテンドのことを知っていると聞かされていたからだ。しかし、花田は前から公安の動きが怪しいと勘繰っていたのは事実である。
「ええ。私たちは、……ああ、ここで言う私たちは外事課総合情報統括委員会ではなく公安の方です。一年前のVRMMOの事件をご存知で。アイリス社のです」
「知っている。未帰還者が出たというやつな。しかもアイリス社がペーパーカンパニーならぬゴーストカンパニーだったよな」
「半年ぐらいでしょうか」
深山は花田に背を向ける。続けて、
「中国産の人工補助脳やデバイスに不審な点が見つかったのは」
「国民には発表しなかったのは?」
「まだ確証はありませんでしたし。ただでさえゴーストカンパニーで世間を震わせたのに、人工補助脳やデバイスに問題がある可能性となれば混乱は目に見えていたことです」
「中国に気を使ったとかではなくて?」
深山は息を吐き、
「それについては完全に否定はできません。上のことはよく分かりませんが。……なくはないでしょうね」
「それでプリテンドについて公安はどこまで知っているんだ?」
「私たちは初めてプリテンドのことを知ったのは目黒デモの前ですね」
目黒デモ、それは田宮信子射殺事件と同日に起こったデモだ。
「まさかあのデモはプリテンドが生み出したのか?」
「結果的にはそうなりますが。正確にはデモがきっかけとなった事件です。それでその時に私たちはプリテンドの存在を知ったのです」
「きっかけになった事件ってあれだな。デモの二ヶ月前にあったあの……」
その事件は花田も捜査したのでよく知っている。事件そのものは解決はした。警察としてはやるべきことはやった。だが、その事件は社会に大きな波紋を生んだ。それに都知事や政府が対応したがそれでも国民、いや一部の人が納得いかず騒ぎ始めた。野党もそれを利用し与党を何度も国会で追求した。与党はなんとかのらりくらりとかわすも鎮火することもなく燃え続けた。そこに油ならぬガソリンが投下されデモとなった。
「事件のどこにプリテンドが関わっていたんですか? もしかして、あの被害者が?」
そこで九条が部屋に戻ってきた。
「……どうしたの? 二人とも神妙な顔をして」
「いえ、何でも。お疲れ様です」
深山はバッグを持ちそそくさと部屋を出た。
「お前、絶対わざとだろ」
花田が半眼で九条を睨む。
「なんのことかな? 私は忘れ物を取りに戻っただけだよ~」
九条は茶目っ気にしらをきる。
○ ○ ○
帰宅中、花田は背後に人の気配を感じた。
――黒木か。
花田は角を曲がると早足で路地を通る。そして何度も角を曲がり、ちょうどいい陰に身を潜める。
それから相手が出てきた。
「なんだお前か」
「うっ」
尾行の主は公安所属金本の後輩だった。そういえば名前は聞いていなかったなと花田は気づいた。
「公安なのに尾行が下手だな」
花田は呆れたように言う。
「そっちが敏感過ぎなんですよ」
「それでなんで俺をつけてた?」
捜査員はばつ悪そうな顔をして小型インカムで誰かと相談をする。きっと金本だろう。少し待っていると、
「わかりました説明します」
と、声を出して花田に近づき内緒事のように手を頬に当てて、
「実は黒木が貴方を探っているという情報を得たのです」
「
「ですから、今はそうでも。これからの可能性が高いから私が尾けているんです」
「はいはい、ご苦労さん」
花田はそう言ってその場を離れた。
――黒木が俺を狙い始めたか。これは本当に囮捜査かな。
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