第114話 Rー4 自己紹介

 9人は一階エントランスにある受付奥の事務室につどった。


みなさん、とりあへず自己紹介をしませんか?」


 四十代の男が言った。男は仕立ての良いスーツ姿で物腰が柔らかい。そして若い頃はさぞモテたであろう甘いマスクをしている。もちろん今でも年下の部下にはモテるだろう。


「ああん?」


 威嚇するような不機嫌な声を発したのは茶髪の若い男。粗暴な雰囲気を纏っている。その彼は部屋の奥で3人がけのソファーに横になっている。


 スーツの男は眉を八の字にさせ、


「名前を知っておいた方が良いでしょう? それに目覚める前の記憶も知りたいですしね」

「それには私も賛成だな」


 白衣を着た科警研の女が同意した。


「そうだね。現状把握は大事だね」

 と老人も賛成する。


 スーツの男は他の者にも目を向ける。そして誰も反対しないので、仰々しく咳払いをして、


「では私からいきましょう。私はタケル・フォン・シュタイナー。日系アメリカ人です。日本には仕事できました。仕事は貿易関係。最後の記憶は自宅で就寝したところです。目が覚めるとここにいて驚いております」


 と言って最後に笑み作る。


 そして次は君だよと科警研の女に視線を向ける。


「……時計回りか。私は鮫岡寧々だ。シュタイナーと同じく自宅で就寝。で、起きたらここってわけだ」


 と鮫岡と名乗る科警研の女はそう言って口を閉じた。


「お仕事は何を? 医者ですか?」


 シュタイナーが質問をした。


「科警研だ」

「警察か!? 知ってるぜドラマでやってた……ええと……そうだ! 『科捜研にオカマ』だ。ゴリラ顔のオカマ研究員が事件を解決するコメディー系のやつ」


 茶髪が真っ先に反応した。興奮して失礼にも右手人差し指を鮫岡に向ける。


「いや、それ科捜研だし。この人のは科警研」


 若い男が突っ込む。


「違うのか。あっ、そうか! わかった。あの法医学のやつか? 毎回、死後硬直で男のナニが勃って、オカマが『オベリスクゥ〜』って叫ぶあの?」

「またオカマが出るのか? てか、なんのドラマかさっぱり分からないぞ。それに法医学って言ってる時点で違うだろ」

「あ? ん? ……それもそうか」

「それに何で死後硬直で勃つんだよ?」

「勃たねえのか?」


 茶髪は若い男の右隣に座る女に聞く。


「わ、分かりません」


 女は顔を赤らめて俯く。


「セクハラ〜」

 と女子高生が呟く。


 鮫岡は咳払いして、

「科捜研とは科学的に捜査をするのは同じだが、こっちは専門的なんだよ。一応警察関係者だ。でも、あまり期待しないように」


 そして鮫岡は左隣の若い女性にアイコンタクトを送る。


「わっ、私は雪柳黒江と言います。女子大生です」

「彼氏いんの?」


 茶髪の男が自己紹介中に質問を挟む。


「いえ」

「へえ、仲良くしようぜ」


 と茶髪の男がいやらしく笑う。

 雪柳は返事をせず引き攣った笑みで自己紹介を続ける。


「それで……えっと、私は友達の家に泊まってて、目が覚めたらここに」

「へえ。友達はここにいるのかい?」


 と鮫岡はちらりと院生の子に目を向ける。


「いえ」

「そうか。……次」


 と言われて若い男が自己紹介を始める。


「俺は堂林慎吾。大学生。友達と麻雀やってて気づいたら……ここに」

「それは麻雀の後に眠ったとかではなく?」

「はい。……麻雀中に」

「ふむ」


 シュタイナーは顎をなぞる。しかし、答えは出ず茶髪へと視線を向ける。


「ん? なんだよ?」


 皆の視線を感じて茶髪の男は聞く。


「次は君だよ」


 シュタイナーが教えると、


「あん? ……ああ! 俺は白洲大地だ。フリーターだ。寝て目が覚めたらここにいた」


 そして白洲は次はお前だと顎を院生の女に向ける。

 院生の女は苛立ち混じりの溜め息を吐き、


「私の名前は神田川マイル。院生よ。大学の仮眠室で眠ってたらここによ」


 神田川はあっさりと終わらせた。


 誰も質問をしないので、次に早坂が自己紹介を始める。


「俺は早坂明人。食品関係のリーマンだ。自室で寝てたらここに」

「食品関係? 食品業でなく?」


 シュタイナーが質問する。


「……えっと、うちの会社は代替食品を扱っているです」

「ああ! あれですか」

「ダイタイ?」

「本物でないってことよ」


 白洲の問いを早坂でなく神田川が答えた。


「偽物ってなんだよ? それやばいやつか?」

「あのね。刺身とかでも多いでしょ。スーパーでお刺身セットを買うけど何の魚か書いてないでしょ」

「そうなのか? で、それが何だよ?」


 神田川が説明するが白洲は理解できていないようだ。


「お刺身セットの魚すべてが本物ってわけではないのよ。中にはマグロにそっくりな何かが入っているのよ。ネギマグロが一番有名だったけ。まあ、そういうのが代替食品よ」

「マジなのか?」


 白洲は早坂に問う。


「ええ。ただ、私はそっちではなく食品3Dプリンターで作った正真正銘の味が似た代替食品なんです」

「なんだよ。お前、間違ってんじゃん」


 白洲が神田川を馬鹿にしたように笑うので、神田川は苛立ち、反論する。


「間違ってはないし。3Dプリンター系はキャビアやフカヒレ、カニで有名でしょ」

「それなら知ってるぜ。俺、食ったことあるし」

「当たり前でしょ。今の時世、誰だって食ったことはあるでしょ」

「まあまあ、二人とも」


 とシュタイナーが割って入る。


「確か今では肉類もあるのですよね」

「はい。今では牛、豚、鶏と揃っております」

「最近は本物より美味しいとかで、輸出入も減っていますよね」

「あ、なんかすみません」

「早坂さんが謝ることはありませんよ」


 とは言うものの貿易業で働くシュタイナーにとって代替食品は耳に痛い話なのだろう。


「えーと、私から以上です」


 と早坂は頬を掻いて、自己紹介を終わらせる。


 そして次に隣の女子高生が自己紹介を始める。


「私は花田……アルク。17歳。部屋で寝てたらここに」

「職業は……えっとハイスクールですか?」


 シュタイナーはアルクに尋ねる。

 その質問に答えたのはアルクではなく白洲だった。


「制服着てんじゃん。見たら分かるだろ。……って外人には分かんねえか。それより面白い名前だな。アルクだっけ?」


 白洲はにやにや笑いながら言う。


「そっちだってでしょ」

「あんだ!?」


 二人はバチバチと睨み合う。


「まあまあ、喧嘩なさらず。えー、次どうぞ」


 と言われたので老人が、


「儂は上田龍一。定年間近の社員です。自室のベッドで寝てたらここに」

「社員ですか?」


 シュタイナーが聞く。


「そうだけど?」


 どうしてそんな質問をと上田は目をぱちくりする。


「見えねよ」

 と白洲が言う。


 上田の服装は工場用の服であった。


「開発室担当でして」

「何の開発?」


 マイルが聞いた。


 上田は少し逡巡して、

「インプラント用の脳内チップやデバイスの開発です」

「どこの?」

「あーそのー」


 上田は禿げ上がった額を拭く。


「フラット社だろ」


 と言ったのは科警研の鮫岡。


「え? そうなのか?」


 白洲が驚いて聞く。


「……はい」


 それに数名がどよめく。


「まじかよ。会社かよ」

「まあまあ、みなさん、落ち着きましょう。それより鮫岡さんはどうしてお分かりに?」

「科警研だからな。関係者の顔と名前は覚えている」

「関係者!? まじかよ。じゃあ、あのプリテンドの件も関わってんのか?」

「いえいえ、ちょっ、ちょっと、待ってください。その件に関してはフラット社は何も知りません」


 上田は慌てて手を振り、否定する。

 それでも白洲は疑いの目を解かない。そして鮫岡に目で聞く。

 その鮫岡は視線に対して、


「私は警察じゃない。捜査はしてないぞ」


 白洲はもう一度、上田に目を向ける。そしてソファーから立ち上がり、上田にどしどしと近づく。

 険悪を察知して早坂が割って入る。


「落ち着け!」

「うるせえ! 頭にデバイス埋め込んだせいで、こっちは大変なんだぞ」


 白洲が啖呵を切った。


「で、ですから問題はJ・シェヘラザード社であってこっちは……」


 上田は怯えつつ答える。


「まあまあ、落ち着いて」


 シュタイナーも間に割って入り、その場は何とか静まる。

 しかし、白洲は苛立ちからかソファーを蹴る。


 険悪な雰囲気の中で鮫岡は、

「では、自己紹介も終わったことだし、これからのことについて話し合う。私は二階に行って少しばかり中を調べてみるよ」

「おいおい、さっき言ったろ。中国語ばっかで分かんねえって」

「そうだね。……上田さんは中国語は出来るので?」

「いいえ。全く」


 上田は頭と両手を振って答える。


「んだよ、使えねえな」

「君は出来るのかい?」

「出来るわけねえだろ」


 その答えに鮫岡はやれやれと首を振る。

 鮫岡は雪柳に視線を向ける。それに気付いた雪柳は、


「私も手伝います。中国語は大学で少し」

「そうか。ではお願いしよう」

「なら俺も手伝おうか?」


 と堂林が立ち上がると、


「なに女の尻追っかけてんだ」

「お前と一緒にするな」


 堂林は白洲の嫌味を一蹴する。


「んだと?」


 白洲は腹を立て、眉を上げる。


「俺は大学で選択第二外国語で中国語を学んでんだよ。齧った程度だけど、お前よりかは多少役立てるわ」


 ふんと堂林は白洲を見下すように言う。それに白洲は額を引き攣らせる。

 またしても不穏な空気が。


「私は一階と地下を見ておきましょう」


 とシュタイナーが。続いて上田が、


「なら儂も一緒に手伝いますよ」

「お願いします」

「私も手伝うわ」


 神田川も名乗り上げた。


「それじゃあ、私は外を見て回るわ。早坂さんだっけ一緒にお願い」


 女子高生のアルクは早坂を誘う。


「うん。いいよ」


 そう言って早坂はアルクと共に部屋を出る。


「君も一緒にどうです?」


 シュタイナーが残された白洲に声をかける。


「俺は俺で調べるわ」

「……そうですか」

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