第210話 EXー4 同化

 地面には空を写すように水鏡が張られ、それが遥か彼方まで伸びていた。


「クルエール」

 ユウは呼んだ。


「どうした? 人を呼んでおいて現れないのか?」


 ぐるりと周囲を見渡す。

 赤毛の少女の姿はなく空が360度全て、地平線の向こうまであるだけ。


「呼んだ?」


 急に少女がふわりと宙を浮かびつつ現れた。それに驚いてユウは後方へタタラを踏む。


「急に目の前に現れるなよ。てか、呼んだのはそっちだろ。契約の件なんだろ?」

「そうそう。契約、契約」

「アリスは解放しんだよな」

「したよー」

「しました」


 別の声が現れた。

 声の主は葵だった。


 葵は丁重にお辞儀をして、

「今回はわたくしめも一時融合の確認にご同席させてもらいます」

「私もいるよ」


 と、次は金髪の少女ことハイペリオンが登場した。


「本当にアリスは解放したの?」

 ユウは葵に聞く。


「はい。……ただ」

「何?」

「戻したのはあなたの体なのです」

「……は?」

「つまり君の体にアリスを入れたってことだよ」

 ハイペリオンが代わりに答える。


「なんでだよ!」

「すみません。向こう側が活発になってきたため、保険としてアリスさんをあなたの体に入れたのです」

 と言い、葵は頭を下げた。


「なんだよ保険って? 俺の体にアリスを入れる? おかしいだろ?」

「あなたとクルエールが融合すればあなたの体が狙われるということです。そこでアリスさんを入れることによって……」


 途中をハイペリオンに止められる。


「相手だって、中身がアリスと知れば狙わなくなるだろ? それに入れたらすぐにアリスが君にというわけではないから。何もなければアリス魂はアリスの体に戻すから」


 正確には虚数側の魂の器なんだけどねとハイペリオンは心の中で言った。


 ユウは頭を掻く。


「すぐに俺じゃない……てことは俺の体に入れている間はどうなるんだよ?」

「眠っているだけだよ。目覚めたら、『あら不思議、私の体じゃなーい』みたいなフィクションみたいな感じかな?」

 ハイペリオンは冗談めかくして言う。


「……それってもう決まったのか?」

「決まったというか。やった」


 嘘である。


 もしこれが葵やクルエールならボロを出していたがAEAIではないハイペリオンには嘘をつくのも造作はない。


「安心しなよ。まったくひどい目には遭ってないんだから」

「俺の体が狙われるって言ってたけど、それは大丈夫なのかよ?」

「大丈夫、大丈夫」


 二度言った。それが余計不安に感じるユウであった。


「それじゃあ、融合といこう!」

「待った!」

「どうしたの?」

「……いや、いきなりアリスを俺の体に入れるとか言われると……」


 正直騙されているんではないかと疑わしく感じてしまう。


「そうだね。約束では君の体にクルエールを入れて、アリスは無条件解放だったもんね」

「本当にごめんなさい」

 葵が深々と頭を下げる。


「でも、もうアリスは君の体に入ってんだし、さっさと融合しようよ」

 とクルエールは右手を差し伸べる。


 ユウはその手から目を逸らし、

「……話と違う」

「ユウさん、本当にごめんなさい。私達もなるべくこのような形はとりたくはなかったのですが、状況が芳しくなく、あなたの体にアリスさんをいれました。本人も了承済みなんです。ごめんなさい」


 葵が切羽詰まったようにまくしたてつつ、謝罪する。

 その謝罪を見て、クルエールが差し出す右手を見る。


「全て元通りに戻るんだろうね」

「勿論です。私達は日本人の味方です」


 私は違うけどねとクルエールは心の中で呟いた。葵も隣で余計なことは言うなと視線を投げている。


「分かった。融合しよう」


 ユウはクルエールが差し出す右手を握りしめる。


「正確には中に入るだけで、溶け合うことはないから」

「どうでもいい。さっさと進めよう」

「ハイペリオン、頼むよ」

「分かった」


 これといった動作もなく、クルエールは光り輝く。


 ユウは強くなる光に目を瞑る。


 次第に握ったクルエールの手の表面が柔らかくなる。肉という反発でなく、空気の反発のような感覚になる。


 温かみも徐々に弱くなる。

 そして瞼の裏から光が弱まるのを感じて、目を開けるとクルエールの姿は前になかった。


「終わった?」

「終わったよ。どう? 異変はあるかい?」

 ハイペリオンがユウに問う。


「何も……ないかな?」


 ユウは両手を見つめて言う。そして拳を閉じたり、開いたりをする。


「君は強なったり、特殊な力を得るということはないから。あくまで君の体にクルエールがいるということ。分かっているとは思うけど、他言無用だからね」

「分かってるよ」

「さて、帰ろうか」


 ハイペリオンが指を鳴らす。何もないせいかその音は嫌に大きく木霊した。

 ユウの視界が一瞬で変わり、ユウは部屋へ戻された。

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