第209話 Pー20 説明

 花田虹橋はなだアルクは目を覚まし、スマホで時刻を確認した。


 7時53分。


 約束の時間まで、まだ時間はある。

 自室を出て、一階へと下りる。

 そしてトーストに食パンを入れて焼く。


 3分間の待ち時間、アルクは今日の質問予定を心の中で確認するが、固めようするとすぐに霧散してしまう。


 何を聞くのかを考えても。

 相手の返しが分からない以上。

 そこからの質問が浮かび上がらない。

 さらにこちらの質問に答えるくれるのか、それとも一部だけ返答されるのかもしれない。

 そういったことを考えるとどうしても上手く纏まらない。


 ──私は未来を知らない。


 だからどうなるかも分からないし、準備も出来ない。

 トーストから音が鳴り、アルクはまず冷蔵庫からバターを取り出して、蓋を裏返し、その上にトーストから取り出した食パンをのせる。そしてバターを狐色の食パンに満遍なく塗りたくる。


「塗りすぎだろ?」


 背後から父の悟に言葉をかけられた。


「気配消さないでよ。怖い」

「気配消すってなんだよ。逆に教えて欲しいわ」


 悟はコップに水を入れて飲み始める。

 その際、アルクはリビングへと向かう。

 アルクに尋ねたかったことがあった悟は急いで水を飲み込み、器官へと詰まらせてむせる。


「ま、……待て、アルク」

「何?」


 訝しげにアルクは振り返る。


「朝早いのは寝れなかったからか?」

「え? 違うけど」

「そうなのか?」

「そうよ」


 アルクはリビングへ向かう。

 悟はきっと誘拐事件で心に深い傷を負い、それが原因で眠れなかったんだろう考えたのだろう。

 そしてそれをアルクは言葉にされなくても感じ取れていた。

 家族としての想いやりなのだろうが、年頃のアルクには少し重かった。

 リビングのソファに座ると次は母が入室した。


「あら早いのね。寝てないの?」

「寝た!」

 食パンを齧る前にアルクは言った。


  ◯ ◯ ◯


 服に着替えると悟が、

「どこか行くのか?」

 と聞く。


「友達と約束」

「誰?」


 突っぱねたかったが、誘拐事件の件もあり、ここで揉めるのも嫌なので名前を答えようとしたが、あいつは藤代優ではないんだと気づいた。


「どうした?」

「あ、いや、えっと、優。藤代優」


 とりあへず優の名前を言う。体は優なのだから間違ってはいない。中身は違うが。


「本当?」

 母が心配そうに聞く。


「嘘じゃないよ。本当」

「待ち合わせは」

 次は悟が聞く。


「駅前」

「送ろうか?」

「いい」

「帰りは?」

「夕方には帰ってくるから」

 アルクは鞄を持ち、玄関へと向かう。

「変な奴に声を掛けられてもついて行くなよ」

「子供じゃないんだから、そんなこと分かってるよ」


 靴を履き、玄関ドアを開く。


「何かあったら連絡しろよ」

「分かってる! もう! あれから1も経ったんだよ。それに犯人グループも潰れて、私が捕まることもないんだから」

「そうだな」


 アルクは外に出て、玄関ドアを閉める。


  ◯ ◯ ◯


「うわ! すごい顔。何? 喧嘩でもした?」


 優と会って早々そんなことを言われた。


「うるさい。てか、アンタ名前は?」

「優だよ。藤代優」

「中身のアンタ!」

「プレイヤーネーム? それともリアルネーム?」

「どっちも教えろ!」

「怖いなー」


 早く言えとアルクは睨んだ。


「プレイヤーネームはアリス。リアルネームは井上風花」

「アリス……井上風花。覚えた」

「よく覚えたね。えらいねー」

「あん?」

「ジョーク! 怖いなー」


  ◯ ◯ ◯


 アリスが先導してアルクを鏡花達が拠点としている新虎のビルへと案内した。


「……ここが」


 アルクはビルを見上げて呟いた。


「案外普通のビルで拍子抜け?」

「別に」


 ビルの中に入ると自動で電灯が点き、まるで誘導しているかのような錯覚をアルクは覚えた。


 階段で2階へ上がり、廊下を進んで奥のドアへとたどり着く。


 アリスがノックすると内側からドアが開かれ、

「どうぞ」

 とスーツ姿の女性が二人を部屋へと招く。


 その女性は品があり、一流企業のキャリアウーマンのようにも見える。


「やあ。ちゃんと来たね。さ、座りたまえ」

 アリスとアルクは二人掛けソファに座る。

 先程とは違う別の女性が二人の前にコーヒー置く。

「どうもです」

「あ、どうも」

 アリスとアルクは礼を言う。


 コーヒー出した女性は会釈をして離れる。


「1ヶ月間よく我慢できたね」

「というかすぐって言っておいて1ヶ月っておかしくないですか?」

「仕方ないよ。君のご両親の過保護パワーがすごくてさ」


 それを言われると痛い。


 誘拐事件後、登下校には必ずメールかメッセージを送れとうるさいし、遊びに行くことも禁止された。

 1ヶ月が経ち、ましにはなったが、今日もまた出かけるのにうるさかった。


「で、説明を。アンタ達は何者? どうして優の体にアリスが入っているの? ん? アリス? アリスって、あのアリス?」


 途中でアルクはアリスについて心当たりを思い出した。


「不思議な国……」

「違うでしょ」

「鏡の国の……」

「ボケんなや! 違うでしょ。ええと、ほら、あの、そう! リゾートイベントの時、ユウと一緒にいた子!」

「おお! 知ってたんだ」


 アリスはパチパチと拍手する。


「で、そのアリスがどうして優の中に?」

 アルクはアリスを指差して鏡花に問う。


「うん。話そう。そうだね、まずは……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る