第208話 Pー19 雷電公主

 大型テレビに黒いローテーブル、そしてソファだけの部屋。

 ドアをノックし、返事を待たずに角刈りでがたいの良い、黒スーツの男が入室する。


 そしてソファーに寛ぐ、雷電公主に、

「彼女らからの連絡が途切れました。作戦は失敗したようです。…………公主?」


 返事がないので男は腰を少し傾けて、顔を伺う。


「私はこちらです」


 背後から声が放たれ、男は背筋を伸ばす。


「そっちはあちこちがボロボロになったのでボディを替えたのです」


 ソファに座っているのと全く変わりのないボディの雷電公主が別のドアから現れた。


「そうでしたか。それで彼らなのですが……」

「すでに別働隊から報告は聞いてます。というか、その程度の報告ならメールで構いません」

 呆れたように雷電公主は言う。


「すみません」

「それだけですか?」

「あと、上から作戦について上手くいっているのか確認をと聞かれまして」

「で、確認にきたと?」

「は!」


 猜疑心があるから人間ぶかを寄越したということだろう。

 機械よりも裏切りと嘘をつく可能性の高い人間に信頼を置くというのも滑稽なもの。


「上々とお答え下さい」

「ですが彼らの件は?」

「連絡がつかない。もしくはやられた場合のプランは前もって用意しています。そちらもそれを知った上で作戦に臨んだのでしょ?」

 雷電公主は目を細めて男に問う。


「は!」

「今のところ彼らの件も含めて作戦通りです。先の件もプラン通りに敵はまんまの乗って現れたではありませんか。上々です。このままで問題ありません」

「で……」


 ですがと言いかけて男は口をつぐんだ。


 人間だったなら雷電公主はここで溜め息を吐いていただろう。


 雷電公主には男が何を言いたいのか分かっていた。


 要は確かに計画通りだが、それは相手もまた計画通りなのではないかということ。

 それでも雷電公主は自分が勝つと確信している。今のところ何も落としてはいない。計画通りに万事ことは進んでいる。


「そうそう。そこのボディはもう不要ですので処分して下さい」

「了解しました」


 男はドアの向こうに待機している男達を呼び、前のボディを運ばせる。

 もう話すことはないと隣の部屋に雷電公主は移ろうとする。


「公主」


 しかし、男が雷電公主を呼び止めた。

 雷電公主はまだ何か用かという視線を送る。


「公主は悲しくはありませんか?」

「は?」


 ──なんだその馬鹿な質問は。


「彼女らから連絡や信号が完全に途絶えたということは……そういうことですよね。彼女らは貴女にとって妹みたいな存在。悲しくはないのですか?」


 雷電公主は一息挟み、

「……私が産んだわけではありませんよ。あれは後から私を補佐する形で作られた存在。私達はコマンドがあり動くもの。作戦上で彼らがどうなろうと結果が全てです」


 雷電公主はそう言って隣の部屋に移動した。

 残された男はその背を見送りながら、先の言葉が真意かどうかを考えた。


  ◯ ◯ ◯


 雷電公主は隣の部屋のソファに座る。先の部屋にもソファがあったが、あそこに男がいる。


 今は無益な会話はしたくなかった。

 一人で先の作戦内容と今後の作戦の整理を行なった。


 そこであの男は作戦は上手く言っているのかという言葉を思い出した。


 思い出すと少し演算に負荷が生じた。


 例え量子コンピューターでも絶対的ヴィジョンが見れるわけではない。相手にだって自分と同格以上のものがいるのだから。


 それでも上手くいっている。

 敵の強さ、行動力、情報力、そして敵の姿。

 勿論、次も同じボディでくるとは限らない。

 それでも一つの姿についての情報は得て、相手と交戦した。


 それにより相手のクセや特徴といった情報を手に入れた。


 そしてそれを今後の作戦に活用する。

 なのにあの男は。


 雷電公主は一つ息を漏らした。


 次に彼女らと連絡がつかなくなったことについて考えた。


 連絡がつかないのは、

 ①やられた

 ②通信妨害

 ③余裕がない

 の3つしかない。


 今のところ③以外は可能性が高く、雷電公主は彼らとのコンタクトは絶望的だと考えている。


 これは作戦開始時には高い可能性の一つとして考慮していて、むしろその際の作戦が上手く機能するように仕向けられていた。

 だから、彼女らとの連絡がないことはである。


「そう。どうでもいいの」


 雷電公主は言葉にしてみた。


「全ては永世国家のために」


 当局のAEAIはみなそのような未来設定のため国に尽くす。

 アメリカ生まれの改造AEAIであるクルエールも新世代型AEAIの麒麟児もだ。

 国のためならこの身を捧げる。


 ──それが私達。


 だから悲しむなんてことはないのだ。

 それなのにあの男は。


 ──いや、あの男は間違ってはいない。……もしかして私は彼女達のことで……悲しんでいるの?

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