第167話 Pー5 調査と山田

 通学路の丁字路。ここでアルクはユウを待ち構えていた。


 昨夜のあの後、アルクは散々悩んだ挙句、ユウに鎌をかけることにした。

 そして夜のうちに鎌をかける質問をいくつも考え、さらに相手の対応も脳内シミュレーションした。


 ──よし!


 アルクは握り拳を作り、通学路でユウを待つ。


「あれ? アルク、おはよう」


 ──きた!


「お、おはよう。奇遇」


 勿論、嘘である。それを隠してアルクは平素を装い挨拶する。

 今日もユウはパンツスタイルでなくスカートだった。


「スカート……なんだ」

「うん。変……かな?」

「ううん。似合ってるよ」

「アルクも冬服に?」

「寒くなったからね」


  ◯ ◯ ◯


「山田達?」

「そう。山田から『アヴァロン』に誘われたじゃん。覚えてる?」

「ええーと、ううん……うん。覚えてる。確か勧誘報酬だったっけ? それで頼まれたんだよね」

 ユウは時間をかけて思い出した。


 ──それは覚えていると。


「その後は?」

「へ? その後?」

「登録してログインした後」

「あー、それは……どうだっけ? ……忘れた」


 ──知らないということは、つまり囚われてログアウト不可からの記憶はない? ならこのユウは別の……。


「へえ、そうなんだ」

「そういえばアルクも『アヴァロン』やってたんだっけ?」

「うん」

「危なかったよね。あれ、未帰還者とか出てたんでしょ?」

「そうね」

「三千人だっけ? 怖いよね」


 ──そういえばあのゲーム。ゲーム世界での囚われた人数と実際に発表された未帰還者の人数が違う。


「『タイタン』もだし。メーカーもゴーストカンパニーだっけ? びっくりだよね」


  ◯ ◯ ◯


「アルク!」


 次の授業は選択科目の音楽で、アルクは音楽室へ移動しているとき、階段の踊り場で山田に声をかけられた。


 ──そういえば。こいつも囚われていたんだっけ?


「ねえ、ちょっと教えて欲しいんだけど?」

「何?」

「アンタ、ロザリーに、その、ゲーム世界に囚われていた頃の記憶ある?」

「……」

「ないならいいや」


 バツの悪い顔をして山田は去ろうとする。


「直球過ぎでしょ?」

 と言葉をかけてこの場から去ろうとする山田をアルクは止める。


「覚えてるの?」

 山田の目を見開いている。


「鬼ごっこでアンタがタイタン側にいた時はビックリしたわ」

「まじ!?」


 山田は興奮してアルクの両肩を掴む。


「声でかい。静かにしろよ。変に思われるだろ?」

「そ、そうね。めんご。つい嬉しくて」

「嬉しい?」

「そりゃあ、あの時のこと覚えてるなんて他人に言えないでしょ。だって、囚われてる間はんだから。それがゲーム世界に囚われていて、謎のデスゲームやってたなんて言うと気が狂ったと思われるじゃない」

「そうよね」

「それでユウも記憶が?」


 その問いにアルクは首を振る。


「ううん。ユウは何も覚えてないってさ」

「やっぱりそれって、まだ囚われているからかしら?」

「まだかどうかは分からないんじゃない?」

「どういうこと?」

「山田はいつ記憶が戻った?」

「私は先月の末」

「そんな前に!?」

「アルクは?」

「私は昨日よ」

「えっ? そうなの?」

「記憶が戻るきっかけは分からないけど、たぶん解放されたら、すぐってわけでもなさそうね」


  ◯ ◯ ◯


 放課後、アルクと山田はハンバーガーチェーン店にいた。

 席は2階の窓際カウンター席。


「それは?」

 トールサイズのコップを持ってやってきたアルクに山田は問う。


「チョコシェイク」

「トールサイズじゃん」

「クーポンで全サイズ150円だから」

「そ、そう。寒くなったのによく飲めるわね」

「別にいいじゃん。てか、アンタはポテトだけでいいの?」

 と言ってアルクは椅子に座り、チョコシェイクを飲む。


 冷たくぬるりとした甘味にアルクは脳を緩められた気分になる。


「それで話なんだけど」

「ん? 何?」

「まずこれ見て」

 と山田は自身のスマホを渡す。


「何?」


 画面には掲示板の内容が表示されている。


「これって!?」


 掲示板の内容はゲーム世界に囚われていたという内容だった。


「うん。他にも記憶が戻った人がいるらしい」

「でも本当にこんなに?」


 嘘に乗かって、あることないこと発言している人物もいるのではないか。


「本物よ。……ねえ、ユウは本当に記憶がないの?」

「たぶんね。あれはユウじゃないよ」

「スカート穿いてたしね。……意外とイケてたよね」

「うん。ありだ」

「そう言えば、アンタは昨日、記憶が戻ったんでしょ?」

「うん」

「アンタの方が先に現実に解放されてたよね。で、後から私が現実に戻って、アンタより先に記憶が戻ったと。おかしくない?」

「まあ、普通におかしいわね」

「山田はいつ解放されたの? そんなに強かったっけ?」


 アヴァロンもプレイしていたんだ。二足の草鞋で強くなれるとは思えない。


「解放じゃない。負けて消滅したの」

「え!?」

「鬼ごっこイベントの次にイベントがあってね。それで」

 と言い、山田は肩を竦める。


「消滅させられたら死ぬんじゃ?」

「死なないらしいわね。まっ、死んだら問題なんじゃない?」

「そうね。現実の私達は何の変哲もなく生活していて、自分が死んだからその現実の自分も死ぬとなると周りはびっくりするね」


 そこでアルクはふとあることに気付き、

「アンタは山田だよね?」

「ゾンビとでも言いたいわけ?」

「いや、ゲームのアンタが消滅したから、別の誰かがその体を乗っ取ったみたいな?」

「はあ〜、何よそれ。非現実的な。ありえない。というかゲーム内の話をしているのに自分じゃないって、おかしいでしょ」

「そうだね」


 山田は囚われていた頃のゲーム内の話ができるなら、それは本物の山田なのだろう。


「でも、殺されたと思ったら実は生きてて驚いた?」

「まあね。記憶が戻った時は、あれれ? だったわよ。ちなみに、この掲示板に人達も、消滅させられたけど生きてたから驚いて不安になった人達よ。で、あれは夢だったのかを確認したくて書き込んでいるの」


 アルクは掲示板の書き込み主を見る。どれも匿名となっているので分からないが、書き込み内容は確かにあの頃の不安を払拭ふっしょくしたい再確認のようだ。


「で、よく見つけたわね」

「この掲示板はネットで特定の人しか見つけられない仕様になっている……の」

「特定の人?」

「普通に検索しても見つからない。でもゲーム内で起こったことを特殊な検索エンジンでワード検索すると入れるようになってるの」

「何その特殊検索エンジンって?」


 アルクは胡散臭い目をしてシェイクを飲む。


「ここよ」

 と山田は自身の頭を突っつく。


「!?」

「そう! VRMMOよ!」

「アンタ! あんな目にあって、よくVRMMOなんて利用できるわね」


 アルクは眉を寄せた。それもそのはず。山田は自分達を閉じ込めた原因であるVRMMOを利用したのだから。


「私だってすぐに無理よ。しばらくは怖くて使えなかったし。でも、は使ってたのを思い出したのよ。……なんか変よね。もう一人の自分記憶って。しかも、もう一人の自分は本物だし」


 そういうとアルクもまた同じであった。現実でアルクとして生活していた自分はVRMMOを利用していたことがある。そして記憶が戻った今のアルクはアイリス社事件で極力VRMMOを避けていたし、できれば頭の中のデバイスも除去したかった。


「それでさ。VRMMO内の検索エンジンで調べたのよ」

「で、ここに辿り着いたと」

「正確にはある人にこの掲示板に入るパスコードをもらってね」

「ふうん」

 とアルクはチョコシェイクを飲みつつ、掲示板の内容を読む。


「それでね。実はこれから集会があるの」

「ん? 集会?」

 アルクは訝しげに聞く。


「そうそう。これから直接皆で会おうってやつ」

「オフ会?」

「ん〜どうだろ? 誰が来るとかそういうのはないの。あくまで場を設けた主催者がいて、話をしたり聞いたり的な?」

「もしかして一度、参加したとか?」

「先週もあってね。で、今日が二回目なの」

「ん〜」

「危ないとこじゃないわ。昭和風の喫茶店で読書会みたいな感じよ」

「なら参加してみようかな」

「よし」


  ◯ ◯ ◯


「どこが昭和風の喫茶店よ。どちらかというと地下にあるバーじゃない」

 アルクは山田に小声で言う。


「まあまあ」


 山田に案内されたのは先程いたハンバーガーチェーン店から少し路地に入ったマリスビーというお店であった。


 店は地下にあって、ドアを開けるとバーが。そして店員に山田がスマホ画面を提示すると店員はタブレットを手にする。


「パスコードを」


 と言われると山田はアルファベットと数字の羅列を述べる。


 店員は山田が述べたアルファベットと数字の羅列を入力し、

ですね。承っております」

 と言って、二人を奥のドアへ案内する。


「飛び入り参加OKなの?」

 アルクは山田に小声で聞く。


「大丈夫だから」


 ドアの向こうは廊下で、左右の壁にはドアがあり部屋があるようだ。アルクの山田は廊下奥の部屋に案内された。

 店員がドアをノックをし、中からの返事を聞かずに開ける。


 二人が中に入ると、部屋の奥にいた優男風の男性が、

「お好きな席へどうぞ」

 と声を張って二人に言う。


「あの人が主催者」

 と山田がアルクに耳打ちする。


 部屋は教室くらいの広さで、照明は薄く、奥にステージがある。全体的に小劇場みたいな感じであった。違う点はテーブルと椅子があること。


 人数は十五人ほど。年齢層10代から30代。

 アルク達が近くのテーブル席に座ると店員がジュースの入ったコップをテーブルに置いた。


 色から察するにオレンジジュースだろうか。

 山田はコップに口を付け、ジュースを飲む。


「何味?」

「うーん。オレンジ……パイン? あーモモっぽい?」

「ミックスジュース?」

「たぶん」

「私のも飲む?」

「ミックス嫌いだった?」

「さっきチョコシェイク飲んだから」

「トイレ行っとく?」

「今はいい」


 それから人が次々と部屋に入室し、椅子に座は始める。


 そして時間が経ち、

「では全員集まりましたので始めましょうか」

 と優男が宣言した。

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