第168話 Pー6 開催

 話し合いも議論もなく、ただ語りたい人がステージに立ち、ゲーム内に囚われていた当時のことを語るというテーマのトークシステムであった。中には聞き手に質問をする人がいる。それに聞き手であるこちら側は手を挙げ、質問に答える人がいる。


 それにアルクは内心ドキドキしていた。なぜなら大勢の前で話をするというのは苦手であった。もし自分の番が来たらどうしようかと。


「ねえ、本当に私は聞くだけで大丈夫なんだよね? 当てられて告白させられるとかないよね?」

「大丈夫。言いたい人だけだから。それに聞くだけの人が多いしね」


 そしてある20代の女性がステージに立ち、ゲーム内での出来事を語り始める。始めは緊張して上手く話せなかっが、次第に熱が入り、あれこれと強く語り始めた。


 彼女はアヴァロンのプレイヤーで中堅プレイヤーであった。制圧戦イベントでペナルティとして消滅させられた。消滅は死であると絶望をしたが、実は消滅は死ぬことでなく解放と同じ意味であった。それを知ることもなく彼女は消滅させられた。


 そしてある日、ゲーム内に囚われていた時の記憶が戻り、彼女は混乱したという。

 彼女の記憶が戻ったのは5月中頃。そして制圧戦は4月末あたりだった。二週間以上の開きがある。


 ならば、なぜしばらくは記憶が戻っていなかったのか? それともゲーム世界では時間は緩やかで戻ってきた日が5月中頃だったのか。


 しかし、現実世界での生活は本物であり、その意志は自分のものだったはず。

 それはアルクも同意した。記憶が戻る前の現実での自分は確かに自分自身。一つ一つの行動は自分の意志で決めたもの。


「だから私は不安になったのです」

 彼女は声高らかに言う。


「自分がゲーム内で経験したものは本物か。それとも幻か。しばらくは誰にも相談できず悩み苦しみました。でも、少しずつ調べ始めて、私はここへと辿り着いたのです」


  ◯ ◯ ◯


 あれから何人かの告白が終わり、アルクは少々飽きてきた。何か情報が得られるのかと思ったが、特にこれといってなく、どれもこれも同じような発言が多い。


られた。

 イベントで負けた。

 ポイントが稼げなかった。

 それで消滅させられた。

 でも、普通に生活していて、ある日、目が覚めた。

 られて目が覚めたのか、それともあれは思い出した夢だったのか。

 4月20日からの現実の記憶は続いている。では、4月20日からのもう一つのゲーム内の記憶は何なのか。

 本物はどちらで偽物はどれか。

 両方とも本物にしか思えず、混乱した。

 不安でたまらなく、かと言って誰にも相談が出来ず、モヤモヤしていた。

 そして掲示板に辿り着いた』

 が、ほとんどだ。


 右隣りの山田を見ると、彼女も少しぼんやりと俯いていた。視線はステージではなく、少し前のテーブル席に座る男の後頭部。


 アルクは反対の左へと目を向ける。


 少し離れて、別のテーブル席があり、二十代後半の女性三人が座っている。

 その三人もぼんやりとしていた。


 そして告白をしていた男が全てを言い終わり、ステージから去ると主催者の優男が、

「では、次に発言したい方は?」

 と言うと、山田が手を挙げた。


 視線はステージではなく、前に座る男の後頭部。


「山田? どうしたの?」

 アルクは小声で聞く。


 しかし、山田は答えず、手を挙げ、じっとしている。


「では、そちらの女子高生の方」


 と主催者が山田を当てると、山田は顔をステージへと向ける。そしてのっそりと立ち上がった。


 どこか様子がおかしいとアルクは感じた。

 そして周囲を見渡す。

 集まった人間、皆は虚ろだった。


 ──もしかして、さっきのジュースに薬が入ってた?


 山田はステージへと上がり、語り始める。

 なぜか語り口だけは普通だった。

 おかしいのは虚ろな目と丸まった背。


  ◯ ◯ ◯


 全てを語り戻ってきた山田にアルクは、

「アンタ、どうしたの?」

 と聞くも山田は椅子に座り、ぼんやりして何も答えない。


 やはりジュースに薬が入っていたのだろうか。

 しかし、何のために。そしてその薬は何なのか。


 覚醒剤ならダウナー系だろうか。けどそれなら、ステージに上がり、はきはきと順序よく語れるだろうか。


 山田の後、何人かが語り、告白会は終わった。

 照明が明るくなり、集まった人達は伸びをしたり、肩を揉んだりとする。


「どうしたのアルク?」

 周囲を見て眉根を寄せているアルクに山田は尋ねる。


「えっ、あっ、……アンタ、大丈夫?」

「何言ってるの?」

「だってアンタ、急に手を挙げて、ステージにさ……」

「? ステージ? 何言ってるの?」


 ──えっ? 覚えてない?


「早く帰るわよ」

「あっ、うん」


  ◯ ◯ ◯


 廊下に出てアルクはトイレを見つけ、


「ちょっと私、お手洗い」

「分かった。先に外に出ておくから」

 と山田は先へと歩く。


 できれば初めてきた所なのだから、連れションとまではいかないが、メイク直しか何かの理由で待っていて欲しかった。


 アルクはトイレに入り、用を済ませて、手を洗う。ふと、つい鏡に映る自分を見つめてしまう。

 今、鏡に映っているのは記憶と符号する自分自身。


 茶髪で、髪は少しウェーブがあり長く、顔は少し幼く、体は人並み。今は制服に身を包んでいる。

 鏡や写真、動画でしか見れない自分の姿。


 他人と自分。どちらをよく目にするかというとそれは他人。

 でも鏡に映る姿は自分自身だと認識している。


 手を動かせば鏡の自分も左右逆の手を動かす。

 中身はどうかとと問うなら中身も勿論自分自身。


 鏡には映っていない。けれど本物。

 でもそれを証明することはできるのか。

 己が己であるという保証は?


 ──馬鹿! 気をしっかり持て!


 アルクは両手で頬を叩く。手はひんやりしていて冷たかった。

 廊下に出るとアルクは女性とぶつかりそうになった。

 なんとか接触は避けたが、バランスを崩して尻餅をついた。


「大丈夫ですか?」


 女性は尻餅をついたアルクに手を差し伸べる。


「あっ、はい。すみません」


 差し伸べられた手を取り、アルクは起き上がろうとした。


「おっ、とと!」


 向こうの引く力が強く、起き上がさせられたというより、引っ張り立たされたという感じだった。


「大丈夫?」

 もう一度、女性が聞く。


「はい」

 と答えてすぐアルクはドキリとした。


 女性の顔が間近にあったのだ。

 たたらを踏んで後退りする。


「すみません」

 とアルクは頭を下げる。


 そしてもう一度、女性の顔を見ると美しい顔つきであることに気付いた。


 卵型の頭で肌はきめ細かく、白に少し桃色を混ぜた肌色。眉は綺麗な流線を描き、睫毛の下に目は猫目のように大きく。瞳は琥珀色。鼻筋はすっきりとしていて、赤い唇が微笑みで今は横に伸びている。髪はアップにして、白い首元がどこか色ぽっさを持っている。


 服装は縦のラインのある白のセーターに、赤のキュロットスカート。脚は横に蝶の模様があるレースストッキング。

 胸が大きいのかセーターのラインが曲線を描いている。


「何か?」

「すっ、すみません」


 どうやら目の前の女性の美しさに当てられていたようだ。


「貴女も先程参加していらしゃった方で?」


 女性が尋ねる。その声音も鈴を鳴らしたかのような心を掴むもの。


「……はい。今日が初めてで」

「だからですか。初めて見るお顔だと思って」


 女性が目を細め、笑顔を向ける。


「貴女もロザリーにゲーム世界に囚われたのですか?」

 アルクは尋ねた。


「ええ、本当に。大変でしたわ。理不尽なゲームに参加させられて、で一杯でした」


 と女性は胸に手を当て、沈痛な面持ちをする。それから何故か流し目でアルクを見る。


 アルクは目を逸らして、

「私も初日は不安と混乱ですぐに宿を取って、寝ましたね。ああ、これは夢だ。朝になったら元に戻ってるって」

 と言って、アルクは空笑する。


「でも、そうはなりませんでしたね」

「そうですね。……と、では私はこれで」

 そう言ってアルクはその場から足早で去った。


 ──うっわー。すごい美人。生であんな美人、初めて見たよ。心臓バクバクしてるよ。


 アルクは廊下からバーへ。そしてバーを出て外に向かおうとする。


 ──そういえば、どうしてバーでやらなかったのかな?


 今いるバーも広い。ここでオフ会をしても問題はなかった。


 ──それにどうして奥に部屋があんなに沢山あるんだろうか?


 そんな疑問を胸にアルクは外へと足を動かす。


 外を出て、アルクは山田を見つけた。山田は近くの電柱の近くにいて、左足首を動かし、ローファーの裏で地面を叩いている。


「遅い」

「ごめん。ちょっと美人さんに捕まって」

「何? ナンパ?」

「違う!」

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